11話 漂う魔の気配
グランティノ・シティを出発して数日・・・間もなく目的の南の城の城下町へ到着する。
奇しくもハルカと懐かしい2人旅となり、ここ最近の情報交換や火の精霊書の知識を元にいくつかの術を試しながらここまでやってきた。
今度機会があれば実践でも使ってみよう。
「あーー、時間があればクイナにもう少し特訓付き合ってもらいたかったのに」
連日休憩の度に人気がいない場所で軽くドンパチをやっていたが、目的地に着いてしまえばそれも終了。さすがに足を止める訳にはいかない。
「楽しかったけど、お互い先の目的もあるしね」
「そうだけどさ。それに体術、剣術の方はともかく精霊術はちっとも本気じゃないし。ガーネットの力を借りても全然効かないじゃん」
負けっぱなしというのが悔しいようだが、元々の魔力の違いもあるし。何より僕より強力な精霊術を使う人間なんてそうそういない。相手が悪いというものだ。
「ほら、僕、水晶精霊使いで最強だし」
「くぅ・・・クリアレンスの壁は高い」
「ハルカならきっとたどり着けるよ、頑張って」
出会うのも困難な上、審査も通りにくいAランクを多数持っていなければクリアレンスにはならないので、実のところ結構難易度が高い。
とはいえハルカには早く追いついてもらいたいものだ。
「・・・ハルカ、なんか嫌な気配しない?」
街に足を踏み入れた途端、微かに気持ち悪いような気配を感じた。
街中は変わった様子もなければ、人々も気にせず当たり前の日常を送っている。
「そう? 特に何も感じなかったけど」
気のせい、と思えば気にならない程度ではあるが、一瞬感じた悪寒はむしろ瘴気に近いものだった。
神経を研ぎ澄ませ、辺りの空気を探ってみるとやはり何か違和感がある。
「気のせいじゃなさそうだよ」
こんなにも普通の街なのに薄っすら漂う悪意ある気配。何かが起きている・・・
「クイナがそういうなら、何かあるのかもね」
「ハルカの相方との待ち合わせは?」
「城の傭兵募集に申し込んで、詰所あたりで待っているって言っていたけど」
選択史は3つ。1つ目は大神官の元へ行く、2つ目はハルカの相方と合流する、3つ目は城の軍の知り合いの元へ向かう。
2と3はほぼ目的地が一緒だから、行動するならこちらを先に済ませるべきか・・・
「とりあえず、城の方に向かおう」
嫌な予感がする・・・目的地の城へ向かって急ぎ足で駆け出した。
ハルカも何も言わずにその後をついてくる。
街の入口から一直線に城門に向かった。街の人が走り抜ける僕たちを不思議そうに眺めていたが、そんなこと気にとめている場合でもなかった。
「現在一般の方の立ち入りは禁止となっております」
「水晶精霊使いのクイナ・ロードです。ジュリアス少尉、もしくは軍所属の方にお目通りしたいのですが」
懐にしまってあった水晶を見せ、面会を申し出た。
「・・・申し訳ございません。現在軍の方への連絡・面会はお受けすることが出来ない状況となっております」
これでもランクも高く、知名度もそこそこある。それでも断られるなんて何かが起きているとしか言いようがない。
「私は先日募集されていた傭兵に連れがいて、その者に合流したいのですが・・・」
「傭兵の方々は現在城にはいらっしゃいません。行先はどなたにもお教えすることができません」
ちっ・・・そっちもダメか。これだけガードが固いとなると城側から確認するのは難しそうだ。
「ハルカ、神殿に行こう」
大神官がいるであろう神殿であれば正式な紹介状もある。城よりも話が通る可能性が高い。
目的地を変更し、再び街中を掛けだす。
「・・・何か起きてる?」
「おそらく。闇の精霊書の噂に関係するのか、それとも他の何かか・・・」
けれども街の人々はそんなことに一切気が付いていないようで、目の前には平和そのものの風景が広がっている。
「・・・結界?」
到着した神殿には感じるというレベルではない、しっかりとした防魔壁が展開されていた。
「さすがにこれだけのが張られてたら言われなくてもわかるよ」
ハルカも気づいたようである。少し魔力があるものであれば何かしらわかるくらいだ。
神殿の守りの為にと思えば気にしない人もいるかもしれないが、さすがにここまでの様子からしたら普通であるとは考えにくい。
「・・・クイナ・ロードと申します。大神官様へ面会をお願いします」
入口の兵士を捕まえ、面会の申し出と共に紹介状を手渡した。
「確認して参ります。少しお待ちください」
別の兵士に入口の警備を頼むと、紹介状を渡した兵士は神殿内に走り去っていった。
少し待つと先ほどの兵士と共に若い神官が戻ってきて、神殿内へと案内をしてくれた。
「大神官様が奥でお待ちです。こちらへどうぞ」
城と違って面会謝絶ということにはなっていないらしい。当初の目的とは異なるが、これで状況把握はできるだろう。
さすがに神殿内は聖なる結界が施されている為、外で感じた嫌な気配は全くない。
何とも言えない気分の悪さから抜け出すことが出来て少しばかりほっとする。
「・・・クイナ・ロードさんですね。グランティノ・シティ 火の大神殿を任されている神官、ミェスコと申します」
案内された部屋に入ると赤い紋章が入った真っ白なローブに長い髭、老年の神官が立ち上がり挨拶をしてきた。
「クイナです。こちらは連れのハルカ。共に水晶精霊使いです。本来お伺いしたいことは別にあったのですが、それよりもこの街のおかしな状況を先に伺えますか?」
身分証代わりの水晶をミェスコに見せるように取り出す。
「やはりお気づきでしたか・・・」
「瘴気、というには薄いが何やら気持ち悪い気配が街を覆っている。それに合わせて城も厳戒態勢をっているようだ。この神殿の結界もその対策なのでは?」
そもそも50年に1度の火の大精霊祭が行われている真っ只中に長期間、大神官が城下町とはいえ他の町に行っているという時点で何かがおかしいということに気づくべきだったかもしれない。
「決して人が触れてはならぬ書がこの街を蝕み始めています・・・」
「闇の精霊書?」
「・・・そう、噂をされていた闇の精霊書だと誰もが思っていたもの。それは全く違うものだったのです。あれは悪魔の書。人の手に渡り、悪しき魂が宿り、破壊をもたらす書」
どいつの本か知らないが・・・悪魔の書なら以前、何度か遭遇したことがある。高位の悪魔が作り出し、人間を惑わすために存在する。
その効力は悪魔によって異なる為、毎回異なる対応が必要な面倒な本だ・・・
「なるほど、うっかり悪魔の罠に嵌った訳か。しかも軍や神殿までもが苦戦し、街中にまでも影響が出てるってことは、想像以上に強力なもの」
「最初に見つけたのは近くの村の者でした。それを秘密裏に回収し、持ち帰った軍の方が本に捕らわれ、南の城内ではその対応に追われています」
けれどそれを周辺の町やまして他の国に知られる訳にはいかない、そんな政治的事情もあるのだろう。
「本の所持者は城から逃亡し、どこかに隠れ潜んでいます。どうかお二方のお力も貸していただけないでしょうか」
結果、目的としていた闇の精霊書はこの偽物騒ぎってことなのか。
面倒だし、手伝ってあげる必要性もないのだが・・・
「もちろんです。我々の力でよければ協力いたします」
どうしようかな、なんて悩んでいる一瞬の間にハルカが快く引き受けてくれてしまっている。
「ありがとうございます。魔術師や精霊使いの者もすでに動いておりますが、高位のお二人が協力してくれるのであればとても助かります」
「はぁ・・・とりあえず、その本を探すのが先ですね。心あたりは?」
話がトントン拍子で進んでしまっているので、諦め半分で手伝うことにした。
「本の気配はここから東に・・・それと最初に本を見つけたという者いる村も東にあるノーリット村です。そこを拠点に動いている者が多いようです。」
とりあえずもう少し距離を縮めなければどうこうすることは出来なさそうだ。
「城と街の方は神殿の対応で大丈夫なんだよね?」
「これ以上影響は出ないよう、神官一同抑え込みをしております」
「わかった。ハルカ、ノーリット村に行こう」
どんなレベルのものが出てくるかわかるまで決して油断が出来ないアイテムである。下位の術者など手を出せば逆に取り込まれてしまう。
面倒な案件であるが、危険な代物なので早く片付けるにこしたことはない。
「クイナさん、ハルカさん。どうぞよろしくお願いいたします」
そして僕らはミェスコに見送られ、急ぎノーリット村へ向かうことになった。
3章に!といったのですが、闇の精霊書続きの話であることは変わりないのでもうちょっと2章扱いで進めることにしました。この話がひと段落つくまで2章です、すみません!