10話 火の精霊書
本日は晴天なり。雲ひとつない青空、風もなく火の大精霊祭にぴったりな朝だった。
風があると火はコントロールし辛くなる。雨が降れば当然より火を維持するのは難しい。
そんな爽やかな朝にハルカは軽い、とは言えない朝食を食べていた。こちらまで胸が苦しくなりそうなので若干視線を外しつつ、横で野菜ジュースを飲みながら食事が終わるのを待つ。
「クイナさん、食事摂らないんですか?」
「・・・朝は食べない主義なんだよ」
そもそも食物をそんなに取らなくてもよい体質なのだ。
しかも以前、朝に無理やりご飯を食べて具合が悪くなったことがあり、それ以来基本食べないよう心掛けている。
「さて、お腹も膨れたことだし。ようやく、本来の目的いきますか」
空になったお皿がいち、にー、さん・・・ギリギリ2桁にはいっていないようだ。
毎度思うが、食費大変だろうなぁ・・・
まだまだお祭りも色々見所もありそうだが、ここで無駄な時間を過ごす暇はない。
火の精霊書を読んだら、すぐ出立する予定の為、宿に戻ることもない。身の回りの荷物も全てまとめ、宿を引き払う。
「四大精霊の精霊書見るの初めてだから楽しみだな」
「他の精霊書って見れるものなんですか?」
カシズはもちろん、ハルカも他の四大精霊の精霊書を読んだことはないようだ。
高度な術は悪意を持つ人間に使われれば、それこそ国や都市に脅威となり最悪な事態にもなりかねない。高度な魔術書や精霊書は誰もが見れるものではないのだ。
「厳重に管理されてるからそう簡単に見れるものではないよ。今回の一般公開はほんの一部のみのはず。水晶精霊使いですら階級に分けて読める範囲を定められているはずだし・・・クイナは他の見たことある?」
「・・・水の精霊書だけ」
特殊な事情があり、運よく見ることが出来たのだが・・・元々水資質が高いので、少しばかり古い歴史を知ることができたのと、より強力なアレンジをいくつか習得したくらいで特に飛躍的なレベルアップなどはなかった。
「レッドに上げておいてよかったよ。火の術は色々学んでおきたいし」
「街を出たらとりあえず色々試しておきたいね」
術者が2人いれば色々と試せることも増える。・・・カシズのレベルだとノーカウントです。
「よし、時間5分前」
人混みを掻い潜り、神殿右手の受付にたどり着いた。
昨日受け取ったカードを提出し、少し広めの入口で待機する。3人とも階級が異なるので案内されるところは別だろう。特にカシズは一番低いホワイトだ。一般公開されているレベルとそこまで変わらないだろう。
「クイナ・ロードさん、ご案内いたします」
時間前ではあったが、早めに案内してもらえるのはありがたい。
「じゃ、先入ってる。けど、たぶん出てくるのは最後だと思うから」
「いってらっしゃーい」
案内役の神官の後について、神殿奥へと向かった。
目の前を歩くのは年若い神官だった。大精霊祭の期間はこうして来客者の案内をしているのだろう。手慣れた感じで奥の部屋まで案内してくれる。
奥まで進むとひとつの扉の前で立ち止まり、開錠してくれた。椅子と机しかない狭い部屋。その机の上に赤い装丁の本が置かれていた。
「クリアレンスの方は完全なる写本をご案内しております。魔道協会のルールに背くようなご使用はなさらぬよう願い申し上げます」
簡単な注意事項を受ける。まぁ、ルールなんて所詮本人の意思に任された良心によるものだ。やろうと思えば強力な魔術や精霊術で町ひとつを滅ぼすなんて正直簡単なことである・・・やらないけど。
「お戻りになる際は机の上にあるベルを鳴らしてください。お迎えにあがります」
「わかりました。あ、君。ここの大神官様って今神殿にいらっしゃるのかな? お会いしたいんだけど」
「大神官様は南の城の神殿にいらっしゃいます為、この街で面会することは叶いません。お戻りには数週間はかかるかと」
どちらにしても次の町に向かう途中に南の城があるのだから、立ち寄ることにしよう。
「南の城で構わないから、クイナ・ロードの名で面会を申し込んでおいてほしい」
「・・・かしこまりました。手配しておきます」
こういう時クリアレンスの階級は便利だ。王族とまではいかないものの、色々融通を利かせてもらえるので助かる。
「他に御用はございますか?」
「大丈夫です。終わったらベルを鳴らしますね」
お礼を伝えると神官は外から扉に鍵を掛け、立ち去って行った。
さて、火の精霊書には何が書かれているのか・・・
どれくらいの時間が経っただろうか・・・集中していたら時間の感覚が失われていた。
冒頭には火と精霊の生態や特徴、人間との付き合い方など。前半は精霊に向けた教典のようなことが書かれていた。まだルビーが他の精霊と暮らしていた太古の時代から存在する書物だ。きっと楽しく、仲良く精霊たちはルビーと過ごしていたであろうことが想像できた。
そして、メインである火の精霊術について・・・基本的なものから精霊にしか使えないような強力なものまで書かれていた。
火や炎を使った術はもちろん、溶岩に干渉する術。太陽エネルギーを使った珍しい術もある。効果は光の術と似ているものもあるが、使われる力の源が違う為、術としては全く別物になるのだ。
ちなみに精霊書は書き写したりすることは禁止されている。新たに覚えるべくいくつかの術を脳内で組み立ててみては習得し、覚える為に熟読していた。
僕は8属性の中で火が一番相性悪い・・・けれども、それはあくまで僕基準であり、普通に使おうと思えばレッドの階級であり、火の属性を持つハルカより使いこなせる自信がある。
それに他の属性と組み合わせると新たな効果が発現する術もあるのだ。例えば水と火を組み合わせると大規模な爆発も簡単にできたりする。新たにいくつか複合術も完成しそうだ。
・・・一通り読み終わり、本を閉じた。
瞳を閉じて脳内にまとめた情報をさらう。組み立てた術も再度確認し、漏れがないか徹底的にインプットさせた。
「・・・よし」
問題ないことを確認し、机の上のベルを鳴らす。
チリーン、と涼やかな音が響き渡る・・・
常に待機している訳ではないのだろうに、ベルを鳴らして間もなく案内の神官君がやってきた。
「出口にご案内します」
扉が開かれ、行きとは違った道を案内された。
一方通行になっているのか。訪れる人が多い為の対策だろうか・・・
出口に到着し扉を開けると入口とは反対の東口側に出た。
「先ほど依頼頂きました、大神官様へのご面会連絡は済んでおります。こちらに紹介書を用意いたしましたので、あちらの神殿にお見せください」
「ありがとう」
忙しいはずだろうに、なかなか早く対応してもらえたようだ。素直に感謝を伝え、別れた。
やはり、というべきかすでにハルカとカシズは退出していたようで、外で僕の姿を見つけると手招きしてくる。
「お待たせ」
一緒にこの街を出るという約束をしている訳ではないが・・・当たり前のように2人は外で待っていてくれた。
「露店でおやつ買って食べてたから大丈夫」
そんなに待たせたか・・・とも思ったが、ハルカは単におやつが欲しかっただけだろう。
「色々勉強になりました! まだ火の精霊はホーキサイトしかいないので、使えるものもあまりないんですが。もっと修行して強い精霊を仲間にして術もたくさん使えるようになりたいです」
カシズの話を聞く限り、初歩の初歩的なことしか書いてなかっただろうが・・・
四大精霊書の一部ってところでテンションもあがっているのだろう。
「さて、カシズ君は今度こそウェリアに向かうのかな?」
「はい、お別れは寂しいですが・・・各地を回って、強くなって。またいつか・・・」
「クイナは?」
「南の城に向かうよ」
「じゃ、もう少し私とは一緒だな」
そういえば、ハルカも相方が先に城下町に向かっているって言ってたな・・・
久々に2人旅になるのか。
「少しの間だけど、懐かしいね。よろしく」
「途中で新しい術も試したいし、付き合ってもらえるのはありがたいね」
「あ、その前に妹への土産買うの忘れてた! ちょっと行ってくるから街の西の出口で待ってて!」
許可を得る前にハルカは走り出し、あっという間にその姿は見えなくなった。
「・・・自由だ」
「そう、ですね。でも妹さんにお土産なんて素敵なお兄さんですね・・・」
カシズは呆然としながらも家族へのお土産を買うというハルカを微笑ましく見ていた。
・・・あれ? ちょっと待て。ひとつおかしい単語が聞こえた。
「あのさ、もしかして勘違いしてない?」
「何がですか?」
「ハルカは女性だよ・・・?」
確かにハルカも僕も説明しなかった。いや、普通は性別わざわざ言わないし・・・
女性にしては背も高いし声も低めだ。キリっとした顔立ちは美青年とも思える。
冒険者の服装は女性でもあっても動きやすいよう、男性とそうスタイルはかわらない。
「えぇぇ!!!!」
特に気も使ってないし、男性だろうが女性だろうが人間として付き合っているので僕にとってはどうでもいい話であるが。
「・・・そんな、冗談ですよね?」
「本当だよ。戻ってきたら本人に聞けばいいじゃん」
衝撃を受けているカシズを誘導し、街の出口でハルカを待ち・・・そして、事実確認をしてから別れることになった。
そう、最後の最後にカシズに大きな衝撃を与え、それぞれ新たな旅路に向かうのだった。
とりあえずカシズ君はここでお別れです。次から3章になります~