9話 “闇”の噂
宿屋の1階にある大衆食堂にて本日の夕食を済ませ、食後のティータイムをとっていた。
「ハルカさん、まだ食べるんですか・・・」
人の倍は食べているであろうハルカは更に、とデザートのタルトまで用意していた。
「ハルカの大食いはいつものことだから気にしない方がいいよ」
既にハルカの胃袋状態を把握している僕からしてみれば気にしたら負け、というのはわかっているが、カシズにとっては驚きのようである。
「でも、さっきだって屋台であんなに買い食いしてたのに・・・お腹大丈夫ですか?」
「あれはおやつだよ。おやつは別腹~♪」
別行動をしている間、2人は一緒に露店巡りをしていたようだ。
おいしいデザートを前にしてご機嫌なのか、ハルカは鼻歌交じりでタルトを食べ始めた。
お土産、と言われ1皿もらったが・・・うん、なかなかおいしい。
「そういえば、クイナ。なんかやった? 道行く人の噂がちらほら・・・」
「うっ・・・賞品目当てでちょっと・・・」
ハルカ達の耳に入る程、噂されているのは想定外。顔は隠したとはいえ、若干いたたまれない・・・
言い訳するように、コンテストに出ることになった経緯とちょーーっとばかり派手に術を使ったことを説明する。
「そりゃ、派手だわ」
「・・・見たかったです」
ハルカは2皿目のタルトに手を出しながら呆れたような視線を向け、対照的にカシズは尊敬なのか憧れなのか無駄にキラキラした瞳を向けてきた。
「えーっと、あとは図書館で調べものしてた」
「珍しいね。あの辺の書物はとっくに読み漁っているかと思ったよ」
とりあえずコンテストの話は置いておいて・・・本来の話題へ筋を戻す。
「前にも読みに来たことあるけど、どうしても気になることがあって。ハルカは闇の精霊書について耳にしたことない?」
周りに聞こえてはいないだろうが、できるだけ声を潜めて聞いてみる。
「あるかもわからない火の精霊書の対になっている本でしょ。それ以上のことはわからない」
「そう。ルビーの大神殿があるこの街でも詳細は不明。それなのに・・・」
タルトをフォークに突き刺し、最後の一口を放り込む。
「・・・写本の噂が出ている」
「まじか!?」
本物か偽物かは定かではない。どこぞの町の領主様が手に入れただの、今までにない闇属性の術式が書いてあっただの少し前に噂を耳にした。
「それだったら魔導協会の連中や神官たち、下手したら王族が調査に出てるんじゃないのか?」
そう、伝説級の本・・・一部とはいえ写本が見つかったとなれば国家を挙げてでも調査をすべき案件だ。
「その噂が事実ならハルカの言う通り、どこぞの大物が動いているはず。なんだけど、そういった気配が全くない。それなのに噂だけはどこかから流れてくる、それが不思議でしょうがない」
一介の水晶精霊使いである僕の耳にも入ってくるくらいだ。教会や城の連中が知りませんでした、なんてことはないだろう。
「ちょうど火の精霊書の公開もあったし、この街で調べてみようかと思ったんだよ」
だが結果は特になし。新たな情報もなければ、何かが動いている気配もない。
「・・・四大精霊の精霊書って火、水、地、風の4冊じゃないんですか?」
ここまで黙っていたカシズが遠慮がちに尋ねてきた。
さすがにこのくらいの知識はあるようだ。
「うん、現在完璧な形で存在しているのはその4冊。東西南北の大神殿でそれぞれ保管されているんだけど、精霊を見ていたらわかるでしょ? その4属性以外に光、闇、氷、木の属性もある訳で、それぞれ対なる書物が存在していると言われてるんだよ」
―光と地を司る、白く煌めくダイヤモンド
―風と木を司る、緑の癒しエメラルド
―水と氷を司る、蒼き深淵サファイア
―火と闇を司る、紅く燃えるルビー
「それぞれ伝承だけど・・・光の精霊書は手にした人間が罪を犯し、それを罰した水晶王が封印したとか。氷の精霊書は永久凍土の中に眠っているとかとか。ただ、木の精霊書だけは昔存在していたのは事実で、何かしらが原因で消失。一部写本があちこちに散らばっているみたいで各地のお偉いさんが必死になって探して回収してるらしいよ」
このくらいなら少し調べればある程度の人なら知ることができる情報。ハルカももちろん知っていたようで、カシズに丁寧に説明してくれる。
「闇の精霊書は・・・?」
黙って首を横に振る。
光も氷も伝承ではあるものの存在していたという話は残っている。闇だけ何一つ言い伝えもないのだ。四大精霊8つの属性のうち7つの属性に精霊書が存在すると言われているのだから、闇だってあるだろう、という推論しか成り立っていないのだ。
「とりあえず、ここでは火の精霊書を見て、大神官に話が聞ければ・・・とは思っているけど、うまく捕まるかどうか。あとはその噂の出どころの町に行くつもり」
「なるほど」
そしてハルカは3つ目のタルトにフォークを刺した。そろそろ見ているだけで胸焼けがしてくる・・・
「意外と闇属性相性がいいんだよね、僕」
もちろん水属性ほど自然につかえるものはないが、水に近い氷はもちろんのこと闇とも相性がいいようで精霊の使役も楽なのだ。
「闇と相性がいいって・・・性格ひん曲がっているから?」
「ちょっと、それは酷くない?」
カシズも顔をそむけているが、一瞬吹き出しそうになっていたのを見逃さなかった。
あとで覚えてろよ・・・
「でも、真面目な話。闇属性は一番コントロールが難しいとされているしさ」
「・・・あー、そうだ。ブラックオニキスに拒否されてたもんね、ハルカ」
以前、一緒に旅をしていた頃ハルカの発掘現場にてAランクの闇属性のひとりブラックオニキスが出現した。レアな奴なので、出会えただけでもラッキーってところなんだが・・・審査でお断りされる、という愉快な出来事があったことを思い出した。
「くっ・・・人の苦い思い出を」
この職業を始めてから精霊に拒否されたことはない。体質的なものもあるが、元々魔力値も高く精霊に好かれやすい。
普通の人は合格・不合格を繰り返し、精霊を集めていくものだとは聞いている。
「まぁ、それだけじゃないけど。知れることなら知りたいんだよね、闇の精霊術」
僕が追っている相手は闇の術に長けている。いずれ相まみえる時の為にも知っておきたい、というのが大きな理由でもある。
「ともかく、だ。こっちにも情報が入ってきたら伝えるようにするよ」
「ありがとう、よろしく。さて・・・ハルカ、さすがにもうそれで終わりだよね」
空になったお皿を指さして尋ねた。もう1個でてきたらさすがに付き合いきれない。
「そうだね・・・今日はこれで終わりにする」
「じゃ、明日もあるし今日はもう休むよ」
体というよりも精神が疲れた・・・人混みは本当に苦手だ。
精霊もうようよいるし、魔力の流れはカオスだし・・・明日も同じ場所に出ていくと思うだけで憂鬱になる。
「じゃ、ここに9時でいいかな? 軽く朝食をとって大神殿に行こう」
「了解。それじゃ、おやすみー」
支払いを済ませ、席を立つとそのまま宿の部屋へ移動した。
「暗い・・・な」
シャワーを浴び、ベッドの上に横になると窓から見える夜空を眺めた。残念ながら月も星も見えない真っ暗な空。
先の見えないどこまでも続く深い闇、それははとても心地が良い。闇は静かに怒りも悲しみも全てを飲み込んでくれるのだ。昏い気持ちすら覆い隠してくれる・・・
人によっては恐ろしいと感じるのかもしれない。星が輝く空を美しいと思うのだろう。それでも、この真っ暗な闇は気持ちを落ち着かせてくれる。
瞳を閉じて意識を空の向こうのその先の闇の中へ意識を置きにいく・・・あまり身を委ねているとそのまま闇に溶け込んでしまうかもしれない。こっち側に還ってくることが出来なくなるかもしれない・・・
全てが終わったら・・・この闇の中で眠りにつきたい、そんな風に思えた。
9話で火の精霊書を見にいくところまで入れる予定でしたが、思ったよりお話がはずんでしまったので・・・次こそちゃんと見学につれていきます。