主人公だからしょうがない
「そ、それは……大丈夫なのですか? 早く手当てをした方が」
「あー大丈夫大丈夫。アイツ頑丈だからさ」
背中に大剣を携えた屈強な剣士、ラインズ様は私の心配を吹き飛ばすような豪快な笑い声をあげる。しかしその暢気な声とは裏腹に、彼――パーティのリーダー「ああああ」様の体は血塗れだ。
それでもああああ様は痛みに顔を顰めることもなく、平然とした顔で街を歩いている。
私がヒーラーとしてこのパーティに加入して数日。
皆さん気さくで実力も確か。とても良い方たちなのだが……なんというか、ああああ様を筆頭に、皆少々変わっているのだ。
「あのう。やはり病院へ行かれた方が……骨が折れているやもしれませんし、もし内臓でも傷ついていたら大変です」
「大丈夫大丈夫。見ろよ、宿屋だ」
「い、いや。でも……ならばせめて私の魔法で」
「あはは、ホイムちゃんは心配性だねぇ。大丈夫だよこのくらい。ここは街の中だし」
百発百中の弓使い、クロス様がにこやかな笑みと共にそう言い放つ。
彼らはどれだけ傷ついても頑なに病院へ行こうとはしない。不思議なことに、宿屋でたった一晩休むだけで次の日には体に傷一つ残っていないのだ。最初は何か特殊なスキルでも身につけているのかと思ったが、どうやら本当に宿屋で休んでいるだけらしい。
それならそれで経済的ではあるが、しかし今回に限っては、どうしてもああああ様に病院へ行っていただきたいのだ。
先ほどの戦いは死んでもおかしくないほどの熾烈な戦いだった。ああああ様は戦いのさなか、人食いフラワーの触手による攻撃をまともに、しかも首に受けてしまったのだ。常人なら首が飛んで確実に死んでいたはずだが、どういうわけかああああ様の首は体にくっついたまま、戦線を離脱することもなく戦い続けた。
そんな戦いの直後なのだ。立っているのもやっとなはずなのに。なのに。
「……あのう、どうしてああああ様は壁を上っているのでしょう」
ヤモリのようにひょいひょいと壁を上るああああ様を見上げながら、私は呆然と呟く。
「やはり頭を打ってしまったのでは……」
「何言ってんだ、あいつが頭打ったくらいでどうにかなっちまう訳ないだろ。高いとこから街の全体を見渡してんだよ」
「それは分かりますけど、なにも壁を上らなくても」
「ああやって行くのが近道だからだ」
「ち、近道……ですか」
向こうに階段はある。壁を上る労力を考えれば、少々遠回りでも階段を使った方が良いのではないか。
このように、ああああ様は割と奇行が多い。
移動の際はいつも走っているし、誰かれ構わず話しかけるし、休憩なしで大陸を横断することもあるし、三日三晩歩き続けるなんてしょっちゅう。
トレーニング、ということなのかもしれないが……。
「おーい、ホイム。なにボーっとしてんだ? 先行くぞ」
「早く来なよ。はぐれたら大変だよ」
「ああ、すみません。少し考え事……を……って」
私はその光景に目を見張る。
看板も暖簾もかかっていない普通の民家に、彼らはなんの遠慮もなく入っていくのだ。
その不埒な行為に、私は思わず声を荒げる。
「一体なにをやっているのです!」
「は? 何って?」
彼らは家の中のタンスを開けたり、ツボを割ったりしながら、きょとんとした表情を玄関にいる私に向ける。ああああ様にいたっては、タンスの中の女性用下着にまで手を伸ばしている始末だ。
「なっ……人の家に勝手に入るだけでなく、金品まで漁るなんて! まるで泥棒です。恥ずかしいとは思わないのですか!」
「泥棒……? でも、ほら」
クロス様は本棚に隠されていた家主の日記らしきものを開きながら、部屋の端を指さす。
……まさか、この家の住人だろうか。若い女性がソファに座って暢気にお茶なんか飲んでいる。
血塗れの男たちが家へ勝手に入ってタンスを漁っているというのに素知らぬ顔だ。
「な……ど、どうして……?」
呆然と呟く私に、ラインズ様は豪快に笑いながら言う。
「いいんだよ。ああああは特別だからな」
「特別? それはどういう――」
その時だった。
ガッという鈍い音が響いた後、ああああ様が突然床へ倒れたのだ。
「ああああ様ッ!?」
受け身も取らず顔から床へ突っ込んでいったああああ様の元へすぐさま走り寄り、私は彼を介抱しようと手を伸ばす。
しかしもう、何もかも遅すぎた。
「い、息が……ありません……」
自分の声が震えているのが分かる。
あれほどの傷だ。確かにこうなってもおかしくなかった。
ああ、どうしてこんなことに。ヒーラーの私がいたのに、ああああ様を救えなかった。やはり強引にでも回復させておくべきだったのだ。
「何があったんだ」
薬草をポケットに突っ込みながら、ラインズ様がゆっくりとこちらへ近付いてくる。
「ああああ様が……天に召されてしまわれたのです。すみません、私が至らなかったばかりに……」
涙を堪えながら、私は一生懸命ラインズ様にそう伝える。
ラインズ様は、武骨だがお優しい方。きっと私を責めはしないだろうが、それでもやはりああああ様が倒れたのは私の責任だ。
落ち込む私の肩に、クロス様が優しく手を置く。
「何言ってるの。ああああがタンスの角に小指をぶつけたのは、別にホイムちゃんのせいじゃないよ」
「……タ、タンスの角……?」
「あーあ。HP残り2だったからな」
「ひっと……?」
ラインズ様とクロス様の何気ない会話に、私は首を傾げることしかできない。
「じゃ、まぁ行くか」
ラインズ様はそう言うと、ああああ様をひょいと担いで家を出る。
「ど、どこへ行くのですか!?」
「ん? 教会に決まってんだろ」
嘆く素振りも悲しむ素振りも見せず、ラインズ様は平然とそう言ってみせる。
彼の言葉に、私は思わず悲鳴にも似た声を上げる。
「そんな……あんまりです! 確かに息は止まっているかもしれませんが、病院へ行けばもしかしたら」
「君だってさっき言ってたでしょ。完全に死んでるよこれは」
ラインズ様に担がれたああああ様をつつきながら、クロス様は呆れたように言う。
……確かに彼の言う通り、ああああ様はきっと死んでる。
でも、だからといって、どうしてお二人はああああ様の死をこうも容易く受け入れることができるのか。
「ずっと旅を共にした仲間をそんなに簡単に葬儀に出すなんて……」
ラインズ様もクロス様も、ああああ様が天に召されたことになんの感情も抱いていないみたいだ。
パーティの絆など、所詮そんなものなのだろうか……。
そう肩を落としたのも束の間、お二人は思いもよらぬ言葉を平然と言い放った。
「は? いやいや、別に葬式するために教会行くんじゃないぜ」
「生き返らすんだよ」
彼らの言葉に、私は思わず目を見張る。
「何を馬鹿なことを……『命絶えたものを癒すことはできない』。我々ヒーラーが最初に習う言葉です。死んだ者が生き返らないのは世の理――」
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「ああああも結構抜けてるとこあるよね。気を付けなよ」
「まったく、余計な出費しちまったぜ」
世の理とはなんだったのか。
旅をしていると、時々自分の世界がいかに小さなものだったか思い知らされる。
元気いっぱいに教会を走り回ってはツボを割りまくるああああ様を眺めながら、私は思わずため息を吐いた。
お二人が言った通り、ああああ様は本当に蘇った。……少し高級な宿屋に泊まれる程度の寄付金で。
「……一体どうなっているのでしょう」
私の呟きに、ラインズ様とクロス様は笑顔で答える。
「だから言ったろ。こいつは特別なんだよ」
「なんせ主人公だからな」
「しゅ、しゅじ……?」
その言葉の意味は分からない。
だが、あの無口なパーティリーダーが私たちとは違う……特別な存在であることは間違いないようだ。




