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たとえそれが偽りでも  作者: 粉末っぽい素粒子
4/4

第二偽話 いつかきっと

 なんで……なんでいるの……?


 いや、そんなの今はどうでもい。

 お姉ちゃんが目の前に今いる。大事なのはその事実だけだ。


 目の前の「お姉ちゃん」は私に気がついて私の方を見る。あれ、何でだろう。「お姉ちゃん」の目尻は既に涙に濡れていた。


 でも、酷いかもしれないけど、今はそれは見て見ぬふりをしよう。

 目の前にいるのはお姉ちゃんだ。私の大好きな人。ずっと、ずぅーっと会いたかった最愛の人。


「お姉ちゃん…………!」


 私はお姉ちゃんに駆け寄る。なんで生きているのかなんて今はどうでもいい。目の前にお姉ちゃんがいる。大切なのはその事実だけだ。


「きゃっ……」


 たまらず私はお姉ちゃんに飛びつき抱きしめる。あぁ…そうだ。この温かさ。私のお姉ちゃんに間違いない。でも、どこか違和感があって、空虚感のある温かさだ。だけど_____


「お姉ちゃん……! 会いたかった……会いたかったよっ……お姉ちゃん! わたしっ……私あれから……ずっとっ……ずっとお姉ちゃんのことっ……!」


 私は泣きじゃくりながらこの3年間の事を話した。そして、お姉ちゃんとの思い出も全部全部思いつく限り話した。

 お姉ちゃんに会えたんだ。そんな事いちいち気にしている余裕なんてなかった。


 きっと、今の私の顔は涙でぐしゃぐしゃになって恥ずかしい事になってるのかな。


 少しお姉ちゃんは戸惑った後、私を軽く押し退ける。


「あっ……」


 とっさのことで床に尻餅をついてしまう。


 拒絶……されたの……?


 どこか混乱していた私は押し退けられた事によってふと我にかえる。


 あれ……?


 お姉ちゃんを見ると確実な違和感があった。



 それは――――


 何故かお姉ちゃんの体型は3年前のあの時とあまり変わっていない。

 いや、〝成長していない〟


 心臓が止まりかけた。


「お、ねえちゃん……? ねぇ……なんで……なんで3年前から変わってないの……?」


 私は少したじろぎながら言う。私は馬鹿なんじゃないだろうかと自分でも思う。人違いの可能性だってあるのに。だけど、目の前にいるのが本物のお姉ちゃんだとしたら3年前から成長していない。いつも一緒にいたからわかる。このお姉ちゃんは3年前のお姉ちゃんそのもの。

 そうだ、私がさっきお姉ちゃんだって思ったのも年前と同じだからだ。


「一つだけ……いい?」


 お姉ちゃんが問いかけてくる。


「何……かな……?」

「あなたの話してくれた事は私は覚えてる。お母さん達や旅行の話も。ただ……ね?」

「ただ……?」

「――――――――」


 お姉ちゃんが申し訳なさそうに紡いだ言葉。

 それを聞いた私は自分の血が引けていくのを感じた。

 混乱してたのがもっと混乱する。


「嘘……だよね? 嘘って言ってよ! そんな……そんなのあっていいはずがない! だって、だって……! そんな……あっ、そっか! そうだよね! 冗談、冗談……だよねっ? そんな冗談面白くないよっ!?」


 私は驚愕(きょうがく)と混乱の顔つきで、まるで自己暗示のように喋る。

 お姉ちゃんは下を向きながらただ一言。


「ごめんね……」


 ごめん_____それは一体、何に対しての謝罪なの……?

 いや、分かってる。ただ、私が認めたくないだけ。だって……だって認められるはずがないんだ!

 だってさ! 私達はずっと一緒だったんだよ!? お母さん達から心配されるくらい、あんなに仲が良かったんだよ!? それで、3年間にお姉ちゃんが私のせいでドラゴンに殺されてっ! 私はその罪を背負いながら、お姉ちゃんとの思い出だけが頼りでここまでやってきたのに……それなのに……それなのにっ……!


 そう、お姉ちゃんが紡いだ言葉。それはあまりにも残酷な一言。




「あなたは一体誰――」





 目の前が暗くなって、そのまま意識は消え失せた。






 目がさめると私はベッドに横になっていたことが分かった。


 いきなり倒れたからお姉ちゃんが運んでくれたのかな……?


 体を起こして周りを見て見るとここが宿屋だということがわかる。たぶん王都の宿屋。

 ただ、肝心なお姉ちゃんの姿はない。


 とりあえず状況を整理してみよう。

 3年間から成長していない死んだはずのお姉ちゃんが私の目の前にいた。ただ、お姉ちゃんはお母さん達の記憶はあるから私に関しての記憶がないだけ。


 せっかくまた会えたのにっ……! 〝私のこと〟だけを覚えてないなんてっ……そんなのあんまりだよ……!



 しばらく泣いて落ち着いたら、あることを思った。


 お姉ちゃん成長していない事と私に関する記憶だけがないのは何か理由があるんじゃないか?


 この空白の3年間、いったいお姉ちゃんは何をしていたんだろうか?


 考えても分からないけど、無駄な抵抗だとは分かってても考えてしまう。


 ガチャ 


 そんな事を考えてるとお姉ちゃんが扉を開いて入ってきた。


「体調、大丈夫……? そこのお店でパン買ってきたから食べない?」


 お姉ちゃんだ。お姉ちゃんからしたら私は赤の他人なんだろうなぁ……それなのに優しくしてくれるなんて、流石お姉ちゃんだよ。


「ねぇ……本当に……本当に私のこと……覚えてないの?」


 確認してみる。信じたくないものは何度でも確認しちゃうよ。


「ごめん……でも、きっとあなたと私は過ごしたことがあるんだと思う。それは確信してる。だから_____」


 ギリッ 私は奥歯を強く噛む。


「そんなっ……そんな嘘言わなくていいっ! 確信してるって何!? そんなの全部デタラメじゃん! ふざけないでよっ お姉ちゃんと私の思い出はそんな……そんなふうに適当に口にしてほしくない! 私……私はっ……そんな言葉を望んでなんかっ……!」


 こんな事でいちいち声を張り上げて……私、やっぱりバカだ。


 目尻にまた涙がこみ上げてきた。


 あぁ ダメだ。


 バタンッ 私は耐えきれなくなって部屋から飛び出る。


「――――――!!」


 お姉ちゃんが何か言っているのが聞こえた。

 でもごめんね、聞こえなかったよ。それに、今は一人にしてほしいから。


 宿屋から飛び出て、そのまま私は走り続ける。いつの間にか時刻は夜になっていたらしい。外気が皮膚にまとわりついて少し寒い。でも、火照っている私の体にはちょうどいいくらいかな。

 行き先? そんなの決まっている。



 10分以上は走ったかな? ようやくその場所についた。そう、あの展望台。思い出の中の景色は昼だ。視野いっぱいに山や草原が見えて、川が流れてて、それがただただ綺麗で。


 階段を駆け上る。今度は昔の思い出なんて思い出す余裕はなかった。


 扉を勢いよく開いて、私は絶句した。


 「ここにくれば……! ここにくれば少しは心が洗われると思ったのにっ! そう思って来たのにっ……!!」


 現実は違った。思い出の中と違って今は夜。目の前は暗闇に包まれていて、景色なんて何も見えなくて。それがまるで今の私達を暗示してるようで。私達の思い出が無くなっちゃったようで――――――


「っ………なんでっ……なんでよっ……せっかく……お姉ちゃんと……お姉ちゃんとまた会えたのにっ……それなのにっ………! こんなの……あんまりだよっ……!」


 嗚咽(おえつ)。この暗闇の展望台の中。私は独りで泣きじゃくる。


 お姉ちゃんが今、生きている。それだけでも喜ぶべきなのかな。でも私は我儘(わがまま)なんだ。


 私を今まで支えてきた思い出の数々。それは今、全て私の大好きなお姉ちゃんによって否定されてしまった。いや、否定はされてないよかな。でも同じようなものだよ。

 なんにせよ。私はまた独りになるんだろうな。今いるお姉ちゃんは私とは赤の他人だから。気に留めてくれても、他人としてだから。


 3年前にお姉ちゃんを失ったと思ったら今度は思い出まで無くなっちゃうんだね……あんまりすぎるよ……



 心に何か違和感があった。私の中の大切なナニカが完全に壊れたのかな? 自分で分かっちゃうよ。


 もう、どうでもいいや。


 今の私にはもう何も残ってないから。


 私の目は暗闇と同じように光は消え失せている。


 護身用のナイフ。いつも(ふところ)に忍ばせておいてあるもの。これ、確かお姉ちゃんに私が10歳の時に貰ったんだっけ。危ないからもっと大人になってから使いなさいって言われてお守りになってたけど――――もう使っていいよね? お姉ちゃん?


 (さや)からナイフを抜く。あんなに綺麗な刃だったはずなのに……あははっ……暗闇のせいでよく見えないや。


 刃先を首に当てる。ヒヤッとして冷たいなぁ って当たり前だよね。金属だし。


 少し力を入れると プツッ 皮膚の切れる音がした。思ってたよりも痛い。

 ナイフに赤い液体が流れる。その赤い液体はそのまま首筋へと流れていく。あったかいなぁ。

 そう思った。

 お姉ちゃんもあったかかったなぁ。もし、お姉ちゃんに記憶が全部あって……また3年前みたいに一緒に……

 でも、それはただの夢だ。だから私は今、ここで。恐怖なんて一切ない。そうだ。あとはこの手に力をもっと込めるだけ。それだけだから――――


 カタンッ ナイフが私の手の中から落ちた。


「えっ……なんで……?」


 手から力を抜いたつもりはなかった。それなのにナイフは地面に落ちている。


「え……?」


 私の暗い瞳から涙が出て、頬をつたっていた。


 お姉ちゃんがいる。だけどそのお姉ちゃんとの思い出は否定されてしまっている。私がこれまで生きてこれた理由も同時に。だから死ねると思った。本当に思ってたんだ。

 だけど、またお姉ちゃんと過ごしたい。あの楽しい日々にまた戻りたい。そう考えてしまった。絶対にもう無理なのに。3年前と同じ体型をしてて、記憶もなくて、その時点でもうお姉ちゃんは普通じゃない。

 だからもう無理なのに。それなのに。いったいなんで私は、私はなんで_____


 あぁ、死ぬのが怖いんじゃない。お姉ちゃんに会えなくなるのが怖いんだ。


 可能性がなくても。()けてみたいと思った。いや、まだ可能性がないとは言えないかもしれないけど、それでも限りなく不可能に近いのに、賭けてみたいと思った。いや、賭けるだけじゃない。


 死んだお姉ちゃんを(もてあそ)んで、私達の思い出まで奪い去った犯人を見つけて、お姉ちゃんの記憶を戻させる。あわよくばぶっ殺す。そうだ。そうしよう。果てしなく夢物語になりそうだけどね。


 バンッ! 展望台のドアが開く。

 お姉ちゃんだ。息が荒くなってる。


「お姉ちゃん……」


 お姉ちゃんは私に近づいてきた。


「はぁ……はぁ……っ…ごめんね……私があなたとの事を覚えていれば……でも、さっき言ったことは本当。私の覚えている私の幼少期は確かに私しかいなかった。だけど_____何か欠けている気がする。それが何か分からなくて。決して忘れちゃいけないもののような気がして。怖くて。私は泣いてた」


 あぁ だからお姉ちゃんの目尻に涙が溜まっていたのか。


「でも、あなたを見た時に……あなたが私に抱きついてくれた時に……あなたが欠けたものなんじゃないかって思った。もしかしたらこれは全然違うのかもしれない。あなたと私の戯言(ざれごと)なのかもしれない。それでも。私はあなたを知っていたいと思った。他にも理由はあるけど、だからあんな事を言ったんだ」


 そう……だよね。私は馬鹿だ。何悲劇のヒロインぶってるんだ。

 やっぱり私は我儘(わがまま)だった。自分の事しか考えてなかった。私はさっき、お姉ちゃんとの記憶が否定された事で死のうとしてた。だったらお姉ちゃんだって不安になって、怖くてどうしようもないはずなんだ。私みたいに覚えてる状態から否定されてなくても、お姉ちゃんみたいに何かあったことは覚えてるのに無くなってるほうが空虚感があって恐ろしいはずだよ。


 バカだなぁ。私。


「………っ…いいよ。おっ……お姉ちゃんが帰ってきてくれただけで……私は……私はっ……嬉しいから……っ…!」


 声が震えてて締まりがない。かっこ悪いなぁ。

 笑おうとしてるけど顔が引きつっててぎこちなくなってる。でも、やっぱり強がれないや。



 そっと、お姉ちゃんが抱きしめてくれた。


 今度も空虚感は少しあるけど、しっかりと温かい。心が安らぐ。


 さっきの台詞でも分かったけど、(ひたい)に汗が滲んでて、必死に私を探してくれたことが分かる。


 耳元でお姉ちゃんが私に(ささや)いた。


「私はフェルーサ・R(レイン)・マリナです。フェールーサ家の長女。あなたのお姉ちゃんかな?」

「わ、私はっ! フェルーサ・R・アルノア! お姉ちゃんからはルノって……呼ばれてました」

「ん、ルノね? 分かったよ。

 その……ルノとの思い出がないから「ただいま」は今は言わないね。

 これからまた、よろしくね。ルノ」


 もっと強く抱きしめてくれた。

 3年前と違って少しぎこちないけど。


 って痛っ!?


 お姉ちゃんの首が傷口にあたった。


「なんかぬるっとした……? って血……? ルノ、首から血が出てるよ? あっ、床にナイフも落ちてる……」


 あっ、気がつかれた。そりゃ気がつかれるか。


「まさか……」

「ごめんね……お姉ちゃん。でももうしないから……大丈夫だよ」


 否定はしない。だって事実だもん。


「ごめん……ごめんね……私のせいで……」


 お姉ちゃんが悲壮感に包まれていく。普通は怒る所だと思うんだけどなぁ。


「お姉ちゃんのせいじゃないよ。これは私なりにケジメがつけられてよかったんだし。お姉ちゃんが気に病む必要はないよ」


 これくらいしか私は言えない。なんて語彙力の少なさ……


 でも明らかに私が悪い。だからお姉ちゃんをもうちょっとだけど強く抱きしめる。


「宿に戻ったら……せめて…せめて手当だけはさせてね」

「うん。ありがとね。お姉ちゃん」



 それから私達は手を繋いで宿まで戻った。恋人つなぎっていうのかな?? 指を互い互いに絡ませて握るやつ。まぁいいや。とにかく宿まで一緒に帰って、お姉ちゃんに手当をしてもらった。傷は案外浅くて、傷跡は残らなさそうだ。

 はぁ……死ぬつもりだったんだけどな、私。



 お風呂に行こうと思ったけど泣き疲れたから寝ちゃうことにする。明日の朝にお姉ちゃんと一緒にお風呂屋さんへ行こう。


 宿にはパジャマが用意されていてそれを着る。私が着替えに手こずっているとお姉ちゃんは先に着替え終わったらしく、先にベッドに入った。


 私が少したじろっているとお姉ちゃんが、


「いいよ。ほら、こっちにおいで?」


 微笑みながら言ってくれた。あぁ…あの時と少し似てるな。

 早くベッドに入ろう。

 私はもそもそとベッドに入った。お姉ちゃんが抱きしめてくれる。私もたまらず抱きしめ返す。お姉ちゃんと顔が近い。


 少し……恥ずかしいや。


「お姉ちゃんあったかい」

「そう? なら良かった」


 まるであの頃に少し戻ったみたい。

 あぁ……この幸せな時間に、また身を溺れさせたいなぁ……

 そのためにもお姉ちゃんの記憶を取り戻さないと。絶対に。私が。



 温かいぬくもりを感じていると少しずつ意識が遠のいて行く。

 そしてついに、意識が途絶えた。






 この時、私は気がついていなかった。いや、気がついていたのかもしれないけど、お姉ちゃんの温かさに甘えて気がついていないフリをしていた。それは決して無視してはいけない事だった。そう、お姉ちゃんが「あの時」から何か隠していることに――――

更新遅れてすみません(´;ω;`)

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