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いじめ(?)

アヤマチ ――やり直せないあの日――

作者: 青木ユイ

 簡単なことだった。単なるからかいのつもりだった。そんな後悔は無駄だ。だってもう、あの子はここにはいないから。




「うわー、綾瀬菌だー!」


 掃除の時間、綾瀬さんの机を運んでいた男子がそう言って、机を運ぶのを中断した。


「ちょっと岡田。くだらないこと言ってないで掃除しなさいよ。ったく、6年にもなって……」


 しっかりものの和奏わかなが注意するけど、岡田は聞かない。綾瀬さんの机を触ろうとしない。

別に、綾瀬さんになんの汚点もなかった。ただ、岡田がたまたま運んでいた机が綾瀬さんのだったってだけ。理由なんて、まったくなかった。

 そこに綾瀬さんはいなかったから、綾瀬さんがショックで泣いて先生を巻き込んだ大事になることもない。だいいち、綾瀬さんはこんなことで泣かないとあたしたちは思っていた。

 ――――綾瀬なずな。大人しい性格で、自分から言葉を発することはあまりない。でも、泣くようなタイプじゃないってことは分かってた。思いやりがある女の子だと、あたしは今でもずっと思っている。



 綾瀬さんとあたしが話をしたのはたった一回きりだった。

 去年の始業式の日、あたしはお腹が痛くて校門のところでうずくまっていた。そのとき、綾瀬さんが声をかけてくれたんだ。あたしは彼女に連れられてトイレに入った。

 しばらくして出てくると、綾瀬さんはすごく嬉しそうにしていたんだ。あたしが笑顔でお礼を言うと、花が咲いたみたいに笑ってくれたんだよね。あのときはすっごく嬉しかったなあ。



 でも、岡田のあの言動から、全てが始まった。

 あれからからかいのターゲットになるのはたいてい綾瀬さんになった。

 ひどい話だよね。綾瀬さんと仲良しだった大川さんも、おとなしい性格だから巻き込まれたくなかったのか、彼女から離れていったんだ。

 もともと仲の良い子が大川さんくらいしかいなかったせいか、綾瀬さんはすぐに孤立した。それが、余計に男子の思うつぼとなったんだ。


 一人でいることが多いということは、それだけ狙われやすいということ。周りに人がいなければ、岡田達だってやりやすいはずだ。

 綾瀬さんは、たびたびからかいの言葉をかけられたり、自分の給食だけ用意されていなかったりなどの嫌がらせを受けていた。




「ねえ、アヤセサンってどの子?」


 あたしにそう声がかかったのは、綾瀬さんが嫌がらせを受け始めて少し経ったある日のことだった。全然知らない、他のクラスの女の子。


「あの子だけど……」


 掃除をしている綾瀬さんを指差した。最近、彼女は元気がないように見える。


「あーやっぱり? ねーほんと爆笑~」


 その子はくすくす笑うと、偶然廊下を通りかかった友人を呼びとめて一緒に笑っていた。


「あ、やっぱあの子なんだ。ホント地味だよね~」


「あの、どういうことですか?」


 あたしは気になって尋ねた。

 その子たちは丁寧にわたしに事情を教えてくれたので、安心して聞くことができた。まあ、内容は最悪だったわけなんだけど……。


「あたしたち、アヤセサンと同じ塾なんだけどさ、あのこしょっちゅう後ろから男子に押されたりしてんの。それでよろけてんの見るのが超面白くてさ~。んでね、あいつぼっちでしょ? だからこないだあたしが声かけてやったらめっちゃびくびくしててさ~! んで、いじめよっかなって思ってんの」


 最後の言葉に、私は耳を疑った。今、いじめるって言った?


「いじめ……?」


「やだなあもう。そんなたいそうなことじゃないって。ちょっとからかうだけ」


 きゃははっと楽しそうに笑いながら、その子は綾瀬さんを呼んだ。


「ねーねーアヤセサーン! あたしたちと遊ぼうよー!」


 女の子たちはしきりに綾瀬さんに手を振っている。綾瀬さんは肩を震わせて、こちらを向くことなく掃除をしている。女の子が手を振っているシーンだけを切り取ってみれば、アイドルに熱心に手を振る女子だとも思われそうな光景だが、あの子たちの目には悪意が宿っていた。そんな気がした。

 あたしは、これ以上関わりたくなくて早足で帰った。



 次の日、綾瀬さんは学校を休んだ。その次の日、綾瀬さんは学校に来た。

 彼女は疲れているようだった。頬が少し腫れている。もしかしたら、あの子たちに何かされたのかもしれない。昼休み中、塾が同じだというあの女の子と廊下ですれ違ったので、聞いてみることにした。

 その子たちの名前は一香と心というらしく、一香が説明してくれた。あたしが綾瀬さんがどれかと訊かれた時に答えたお礼らしい。


「公園に呼び出してちょっと暴力振るったらさ~、びびって財布出してくんの。だからあたしたち面白くなっちゃって財布奪って顔ひっぱたいてやったんだよね。すんごい音したんだよ、ねえ心」


「一香、あれ絶対やりすぎだったってー。まあ、面白かったけどねー」


 二人は笑いながら去って行った。もし、あの話が本当なら、あたしはなんてことをしてしまったんだろうと思った。




 数日後、綾瀬さんは学校に来なくなった。でも、男子は綾瀬さんの家に押し掛けたりしているらしい。ずっとチャイムを鳴らしたりドアや窓を叩いたりして出てこさせようとしてるって。

 綾瀬さんの家は母子家庭で、お母さんは遅くまで働いているから、注意する人もいない。ご近所さんも、何も言わないのかな……。


 この間、男子たちの後をつけた。もちろん辿り着いたのは綾瀬さんの家。男子たちは、チャイムを鳴らしたりドアを叩いたり「綾瀬」と呼んでみたり。あたしがもしこんな事されたら、耐えられないだろうと思った。でも、ううん、だからこそこのいじめは止められなかった。次の標的(ターゲット)になるのが嫌だったから。


「もうやめてよ!」


 やっと綾瀬さんが出てきて、そう叫んだ。


「やめろ? じゃあ学校来いよ、サボり!」


「そーだぞ、お前サボりなんだから文句言うなよな!」


「サーボーリ! サーボーリ!」


 男子たちのサボりコールが始まる。綾瀬さんは泣きそうになりながら玄関のドアを閉めてしまった。





 いじめとは、こんなにもひどいものなのだろうか。

 あたしは不意にそう感じた。

 綾瀬さんは、あんなにも傷ついている。誰にも手を差し伸べてもらえずにいる。なんで、誰も助けないんだろう。

 でも、あたしは人のことは言えなかった。あの場にいて、あたしは止めに入らなかったのだから。

 きっとみんな同じ気持ちなんだろう。次の標的ターゲットにされたくないから、たすけられずにいる。それを言えば、あたしも同じ。


 綾瀬さんから見たらきっと、岡田も一香も心も大川さんも和奏もあたしもみんな、同じに見えているんだろうな――――。






 次に綾瀬さんの顔を見たのは、遺影の中でだった。写真に写った綾瀬さんは、めいいっぱい楽しんでいるような、そんな笑顔だった。

 あたしたち6年2組は、お葬式に参列した。あの時岡田は、どんな顔をしていたんだろう。綾瀬さんの友だちだった大川さんは、どんな気持ちだっただろう。



 人生は、やりなおせない。

 そんな当たり前のことが、とても悔しく感じた。

 綾瀬さんは、どんな気持ちでいただろう。どんな気持ちで最期を迎えただろう。どうして、死んでしまったんだろう。


 綾瀬さんは、学校の屋上から飛び降りたらしい。たった4階建てだから、死ねるかどうかもあたしは分からなかったけど、でも。彼女は確かに死んだ。ここで、あの子は世界から姿を消したんだ。




 いじめが起こったあの日に戻れたら。あたしは綾瀬さんを助けたかな。

 綾瀬さんが死ぬ前に戻れたら。あたしは綾瀬さんの死を止めることができたかな。


 今だけ、タイムマシンが欲しいよ。

 綾瀬さんはあたしを助けてくれたのに、あたしは綾瀬さんを助けられなかった。

 ごめんね。ごめんね。せめて、これだけ祈らせて。



 ――――綾瀬さんが、天国で幸せにいられますように。安らかに、眠れますように。



 あたしは、綾瀬さんの分まで強く生きるよ。だから、きっともう誰も死なせない。自殺なんて、させないよ。いじめなんて、もう二度と起こさせない。

 綾瀬さんの仇は、あたしがとるから。安心してね。


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