06 ホームルームが始まる前に
ホームルーム開始の予鈴チャイムが鳴り、生徒たちは自分の席に座り出す。
「ああ、いやだな。鮎川に会うの」
伏原の言葉に、櫛川は言う。
「無断欠席したから?」
伏原は首を横に振る。
「なんか、あのおばちゃん、道徳の時間に好きな花を書いてくれだよ? 偽善者もいいところじゃん」
「好きな花ぐらい誰でもあるでしょう? 私だってガーベラが好きだし」
「そういうのを授業とかやるのが偽善なんだよ。もっと別のことをしてくれって話だ」
「好きな花はないの?」
「サボテン」
「サボテンって花咲くの?」
「知らねえ、適当に書いた」
櫛川は伏原の言葉に呆れていた。
「そうそう、今日から小林先生が来るんだって」
「コバセンってマジ?」
「なんでも、鮎川先生が辞めるからその引き継ぎとしてやるって」
「おばちゃんの話を聞かなくて済むと思ったら、今度はあのコバセンか」
「小林先生はいい人かどうかわからないけど、一応、園芸部やっているから良いヒトだと思うよ。机の上に花瓶を置いたのも小林先生だと思う」
伏原は不審火で亡くなった机の上にあった花瓶を見る。
視線を交互に動かすと、少し眉を下げた。
「櫛川、白雪の好きな花はユリだったよな?」
「知らない」
「あたしの好きな花はユリだよ。カサブランカ、白いユリ、けがれのない花だから似合うでしょう? とか言っていた」
「それが何か?」
「なのに、アイツの席に、ヒマワリなんかが置いてあるんだ?」
伏原は指摘するように、白雪の机の上にはヒマワリがのっていた。
「木上もそうだ。アイツの机にカサブランカなんてものがあるはずがない。道長はアサガオなのは置いておいても、左山がラベンダーだなんておかしい」
「花言葉でも気にしてるの?」
「いや、そういうのじゃない? そういうのじゃないんだが……」
伏原は頬杖をつきながら考える中、櫛川は話しかける。
「ねえ、伏原くん。秋本くんの好きな花は知っている?」
「知らねえ。鮎川ぐらいしか知らないんじゃないか?」
「小林先生も知っているんじゃないかな? 花を用意していたのは小林先生だから」
伏原は席を立ち、机にかけていたカバンを手にした。
「オレ、早退する。コバセンキモいから」
伏原は教室の後ろにあるドアを開け、飛び出すように走り出した。
小林は2年2組の教室から出てきた伏原の姿を目にする。
小林が声をかける前に伏原は廊下を走り抜け、姿を消した。
小林が持ってきた植木鉢にあったオレンジの花も、彼の姿を追っていた。
次の話で最後になります。