04 事件は夕闇に染まる
小林の胸ポケットにあった携帯電話が震える。
「チョット待ってくれ」
小林は部屋の隅へ行き、電話を始めた。
「はい、小林です。あ、教頭先生」
小林は受話器に手を置き、櫛川に聞こえないように小さな声で話す。
櫛川は小林の様子を観察し、何を話しているのか想像する。
小林は何度か頷くと急に止まった。
「――秋本が死んだ?」
理科準備室に湿気混じりの風が吹く。
「はい、はい、はい、はい」
小林は教頭からの連絡に「はい」としか言えなくなる。
何度か櫛川の様子をうかがいながら、受話器の向こう側にいる教頭に返事する。
「わかりました。こちらも急いで戻ります」
携帯電話を胸ポケットへと戻す。
大きな嘆息、激しいまばたきが目立っていた。
小林は櫛川のそばへと近づく。
「櫛川」
そして、頭を下げた。
「先生を許してくれ」
櫛川は理解できなかった。
先ほどまで自分を追い詰めていた人間が後頭部の裏側を見せるように謝罪したのだ。
「何があったんですか?」
櫛川は唐突に態度を変えた小林に疑問を投げかける。
「秋本は歩道橋から飛び降りて、下の乗用車にはねられて死んだ。――自殺だ」
「自殺……」
櫛川は血の気が引きそうな事実を聞かされて、ふっと倒れそうになる。
「なんでも秋本は不審火を起こした真犯人だとトークアプリで送ったらしい。彼が死ぬ前にみんなの携帯電話に『自分がやりました、ごめんなさい』と、配信して、それを知ったクラスメイトが職員室までやってきたんだ」
櫛川はスマホを取り出し、トークアプリを起動させる。
『自分がやりました、ごめんなさい』
秋本のアバターがそんなセリフを吐いていた。
「櫛川、キミが秋本にどんな想いがあったのかは知らないが、彼はこの世から去ってしまった。キミの作り話はホントと信じれば、ボクは教頭や校長に連絡し、警察が彼を捜索をして、彼を保護することができたのかもしれない」
「いいえ、私こそ作り話みたいな話をしてしまい、先生を困惑させてしまいました」
「いいや、違う。ボクは――」
「小林先生は自分なりに事件を解決しようとしました。わたしはそれに対して何の怒りを覚えません。ただ、私にもっと勇気があれば、秋本君は助かっていたと思います」
「そうだな……、そうかもしれないな」
小林は理科準備室の窓から外を見る。
夕暮れの日差しは鈍い輝きと共に、ブルーシートを真っ暗に染めていた。