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02 友情確認テスト、スマホタワー


 ぬめぬめとした液体が汗腺かんせんからあふれだす。

 気持ちの悪い汗がゾクゾクと素肌に溢れてくる。


 小林は汗っかきではなかったが、蒸し暑い残暑という季節と、理科準備室にクーラーがないことから汗をかいていた。


 ――35度ぐらいあるんじゃないか、これ?


 周囲を見渡し、窓が締め切っていることに気づく。


 ――櫛川がバテるかもしれないな。


「少し風通し良くする」

 小林は席を立ち、さっと窓を開ける。

 気持ちのいい風が理科準備室に入り込み、カーテンが大きく揺れた。

「さて、話してくれ」

 小林は席に座り、仕切りなおす。

「はい」

 櫛川は頷くと、話を始めた。


「伏原君はクラスのいじめられっ子で、誰の助けを借りることができないでいました」

 小林は目を丸くする。

「あの伏原がいじめられていたのか?」

「ええ」

「誰に?」

「そのポスターにある四人です」

 小林は片付けるのを忘れていたポスターを見つける。

「白雪、木上、左山、道長の四人か?」

「はい、彼らが伏原君をいじめていました」

 ポスターに写る伏原は端っこで小さくなっている。

 彼は自信満々に胸を張る四人とは対照的に、おびえるような表情をしていた。

「初耳だ。どう見てもいじめられる感じがしなかった」

「彼らはとても陰険な行為をしていましたから」

「例えばどんなことを?」

「左山くんがライターを持っていることは知っていますか?」

「いや」

「彼はそのライターを使って、伏原君の身体にヤケドを負わしていました」

「ちょっと待った。左山がライターを持っていたなんて……」

「よく2年の男子トイレで水詰まりが起きてませんでしたか? あと、タバコのニオイとかしていませんでしたか?」

「えっと、それは――」

「自慢していました。オレがやったって」

「そうか。もう遅いかもしれないけど、話してくれてありがとう」

「いえ」

 櫛川は小さくそう言った。


「左山達が伏原をいじめていたのはわかったが、どうして、彼をいじめていたんだ?」

「いじめの原因はわかりません。ただ、目が怖くて」

「目が怖い?」

「いじめをする人間って、弱い人間を狙います。強い人間は狙いません。仕返しが怖いから」

「でも、伏原はどちらかというと強い人間だと思うが」

「いじめの弱さと強さが決めるものって、なんだと思いますか?」

「うーん」

「自分が弱い側に立っていないと思い込み、弱い人間を攻撃することです」

 櫛川は力説と言わんばかりに、大きな声で説明する。

「人間は攻撃されたら自然とその人間を攻撃してもいい免罪符が手に入ります。いじめはその免罪符に気づかず、無意識に起こる現象だと私は思います。しかし、世の中にはその免罪符に気づいて、対象者を決める人間がいます」

「それが左山だと言うのか?」

 しばらく考えて、櫛川は――

「はい」

 と言った。

「伏原君は強い人間です。けれど、伏原君も左山さんのグループに負けて、彼らの言うことを聞くことになりました。2年2組はそのいじめを遠目で見ていて、誰も助けに入らなくて」

「鮎川先生からそんなこと一つも――」

「多分、鮎川先生はいじめだとわかっていなかったと思います。中学生特有の悪ふざけだと見ていたと思います」

「そうなのか……」

 小林は腕組みし、櫛川の話を吟味していく。

 櫛川の話が今ひとつ、納得できずにいた。

「いじめがあったのはわかったけど、それがこの不審火事件と何の関係があるというんだ? まさか、伏原が火を付けたのか?」

「いえ、火を付けたのは……」

 櫛川の言葉が止まる。

「言えないのか?」

「……どう言えばいいのか、わかりません。ただ、この火事は彼らが起こしたものだと考えます」

 小林は首を傾げる。

「どういうことなんだ?」

「それはこれから話します」

 櫛川は姿勢を伏せ、小林の視線をそらすように、昨晩の不審火事件について話しだした。


「事件の当日、鮎川先生から鍵を借りると、左山くんが道長くんに灯油を持ってくるように指示しました」

「どうしてそんな危険なモノを持ってくるように言ったんだ?」

「秋本くんが使いたいからと言ったからです」

「秋本が?」

「はい、秋本くんは灯油に掛けられた伏原くんの姿が見たいって言って。映画で焼け殺される画が欲しいからって」

「えげつないこと、思いつくな」

「ええ、けれど、秋本くんはもっとえげつないことを考えていました」

「まさか、それって」

「はい」

 櫛川は重い声を出す。

「彼ら四人を焼死させようと考えていました」


 小林は上半身をそらし、天井を見る。

 しかし、視線が定まらない。

「――シャレにならんな」

「ええ、私もそう思います」

「そういえば今日、秋本も伏原と同じ休みだったよな」

 小林は視線を上にしながら、櫛川に尋ねる。

「はい」

「もし、これがホントなら2年2組が殺し合いをしたってことになるぞ」

「そういうことになります」

 櫛川は口を閉じる。小林の反応が見たいようだった。


 小林は今ひとつ、櫛川の話を信じられず、思っていることを口に出した。

「……作り話じゃないよな」

「作り話ではありません」

「しかしだ。夜の旧校舎に忍び込んだといっても黙って殺されるはずがない。幾らこの中学校が田舎で警備とかそういうのが甘いと言っても――」

「秋本くんは用意周到でした」

「用意周到?」

「ええ、伏原君が持っていたスタンガンを使って、旧校舎に忍び込んだ四人を次々と気絶させました」

「四人いっぺんに来るはずだろう?」

「秋本くんはスケジュールを決める立場であり、時間を調整することができました。15分置きに、一人一人空き部屋に呼び、そこへとやってきたコをスタンガンで気絶させ、縄で縛り上げて、口にはさるぐつわを巻きつけました」

「遅刻したらできないな」

「秋本くんは後から来るみんなを驚かすために予めウソの時間を教えました」

「なるほど。それなら遅刻しようと考えないな」

 櫛川の話は理路整然していた。

 論理的であり、矛盾もない。

 ただし、この話自体がホントかどうかを確証できる証拠は何処にもない。

「秋本くんの狙い通り、一人一人を拘束することができました。秋本くんは手足を奪われた彼らに灯油をまき散らしました」

「道長が持ってきた灯油をか?」

「はい」

「灯油を持ってこなかったらどうするつもりだったんだ?」

「道長くんを最初に呼び、灯油を運んでもらいました。灯油がなければ、リハーサルをすればいいので」

「ずる賢いな」

「わたしもずる賢いと思います」

 櫛川は何処か他人事そうにそう話した。


「それで秋本くんは左山くんを椅子に縛りつけて、手を自由にしました」

「いったいどんなことをするために?」

「ケータイ電話を使った友情確認テストをするために」

「友情確認テスト?」

「はい。秋本くんは彼らの友情を確認したかったみたいです」

 櫛川は手を動かしながら、小林にその内容を説明する。

「気絶した一人一人の携帯電話を抜き取って、それから灯油を掛けて気絶を覚ます。さるぐつわを解いて、携帯電話の暗証番号を聞き出してから、ある設定をします」

「どんな設定を?」

「バイブ機能」

「は?」

 小林は素の声を出す。

「バイブ機能をオフからオンにします」

「バイブ機能をオフからオンにすることが友情確認?」

「私もわかりませんでしたが、秋本くんがあることをするための準備に必要だと話していました」

「どんな準備をするんだ?」

「スマホタワー」

「は?」

 またも小林は先生という立場を忘れて、素の声を出してしまう。

「スマホをのせて、タワーに見立てること」

「そんなのがタワーになるはずが」

「そのタワーに灯油をかけ、頂上に左山くんのライターを乗せます。勿論、ライターは火がついたまま」

 小林の頭には東京タワーをイメージされる。

 土台がスマートフォン、電波塔がライターか。

 ――土台がグラグラ揺れればすぐに崩れて、塔が地面に突き刺さる。しかし、テッペンにある電波塔は炎になっているので、倒れたら一気に火の海となってしまう。

 そんな危険なタワーを想像する。

「誰かの電話が鳴れば、スマホが揺れてライターが倒れます。そしてライターの火は灯油の上に走りぬけ、灯油まみれになった四人を焼き焦がします。――これがスマホタワーです」

 小林は鼻で笑う。

 そして、苦いカオになり、後頭部に両手を置いた。

「中学生って何を考えているかわからないと思うことがある。純粋だが、何処か大人のずる賢さを持ち合わしている」

 温厚そうな様子を見せていた小林だったが、良心の呵責かしゃくに耐えられなかったのか、声を荒げる。

「しかし、なんだ? そのスマホタワーって!? こどもの悪ふざけにしてもやりすぎじゃないか!?」

「秋本くんが考えた友情確認ごっこです。トークアプリに、『今日は絶対、電話もメールするな』とクラスや友だちに送ってから、両手の上にスマホをのせていく。そして、誰からも電話もメールもされず、ライターの火が消えたら友情は守られ、命は助かる。けれど、誰かが電話やメールをしたら、スマホは揺れだし、ライターの火が落ちる」

「手を動かしても焼き殺される。電話しても焼き殺される。できるのは待つことしかできない」

「それが友情確認テスト、スマホタワーです」

 言葉が失われる。

 体全体を包み込む悪寒が背中に張り付いた汗に、そっとゆびさきがなぞられるような感触を覚えた。


 冷静さを失っている小林をかんがみず、櫛川はただただ話をする。

「秋本くんは左山くんに根強い不満を持っていたのか、彼の動画を撮りました。『ぜってぇ電話するんなよ! いいな! メールもトークもするな!! ぜってぇぶっ殺す。ぜってぇ! ぜってぇにな!』って」

「けっこう詳しいな」

「友だちから聞かされていたから残っていました」

「そうか」

「その動画を撮った秋本くんは「一生の宝モノにする」と言いました。その時の秋本くんのカオはスカッとしていたそうです」

「よほど、秋本くんは左山くんに対して恨みがあったんだな」

「秋本くんは左山くんがつきまわされていたのが腹が立っていたのか、いじめグループから脱退したいと話していたそうです。アイツはなんでもないのに、妙になれなれしい……」

「妙に、の後、聞こえなかったんだけど」

「なんでもありません」

 櫛川は首を左右に振る。

 小林も追及することなく、櫛川の話は続いた。

「スマホタワーを完成させた後、秋本くんと伏原くんは旧校舎から出て行きました。その後、秋本くんは誰かとトークアプリを使って、誰か電話しない? と煽りました」

「それはホントなのか?」

 小林はそう尋ねると、櫛川はスマホを取り出し、トークアプリを起動させる。

 そこには秋本のアバターが『誰か電話しない?』『オレがしようか』という続く文章があった。

「この後、秋本くんの言葉はありません」

「わかった。ありがとう」

 櫛川はスマホを片付ける。

「要するに、事件の真相はすべて秋本が仕組んだことで、その動機がいじめグループから出て行きたいというものだったんだな」

「はい。そうです」

「ありがとう」

 小林は視線を伏せ、何かを考える。

「それで、私は帰ってもよろしいでしょうか? もう部活も終わっているかもしれませんから」

 時刻は五時過ぎ、グラウンドで聞こえる運動部の声も小さくなる。

 生徒はもう下校の時間だった。


 櫛川は腰をあげようとすると、小林は声を上げた。

「いや、まだ話がある」

 櫛川のお願いを受け入れず、カノジョを呼び止める。

「話ですか?」

「そうだ」

 席を立とうとしていた櫛川は再び姿勢を正し、小林の話を意識する。

「なあ、櫛川」

 小林は質問する。

「この話、作り話じゃないか?」


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