プロローグ 残された一人の少年
「そして、フッ、消えた」
(ユージュアル・サスペクツ)
理科準備室に差し込む日差しはとても暗い。
理科教師の小林泰史の面持ちにも陰りがある。
小林は胸にある不安を取り除こうと、外を見る。
広がる山並み、緑に茂る草木の世界、夕闇に隠れていく木造建ての旧校舎が目に入る。
この旧校舎は歴史ある建築物であり、見る者の時間を遡らせるノスタルジックな装いがあった。
しかしながら、そんな旧校舎も、今になってはブルーシートに覆われて、そのような想いに心を寄せることはできなかった。
※※※
昨晩、梨ノ山中学校の旧校舎で不審火があった。
不審火は教室二室を焼き、一室の空き教室から4人の遺体が発見された。
検視の結果、白雪 幸、木上 咲織、左山 暮彦、道長 士朗と判明した。
彼らが旧校舎に入ることができたのは文化祭の出し物に使う映画で必要なシーンを撮るためだった。
梨ノ山中学校の文化祭、2年の出し物は演劇であった。
学校は夏休みの時間を使うことで、貴重な授業時間を潰されないように、カリキュラムを組み立ていた。
しかし、9月初旬、真っ暗で蒸し暑い体育館で劇をするため、多くの生徒が脱水症となってバタバタと倒れる事件が起こった。
そこで、2年の出し物は演劇から映画と代わり、クーラーの効いた教室で視聴してもらうことにした。
これはタブレットPC教育の一貫でもあり、動画を作ることの楽しさを狙いとした勉強の一つでもあった。
夏休みが終わり、多くのクラスが映画を完成させる中、2年2組だけは映画が取れていなかった。
それは脚本家の秋本 秀夫が夏休みの間、脚本を書いていたからであり、好きな映画をモチーフとした劇をしたかったからだ。
“ 夕暮れのサスペクツ ”
一人の中学生が警察に尋問されて、殺人事件の真相を知る映画だ。その中学生は他の四人の中学生と一緒に悪さをする中、ソゼという男に出会う。彼らはソゼの命令通りに動く中、彼の支配から逃れようとその正体を探っていく。しかし、その正体をつきとめる前に、次々と殺されてしまうサスペンスタッチの映画となっている。
元ネタはユージュアル・サスペクツ、ユージュアルの代わりに夕暮れと付けたのは名前の語呂がユージュアルと似ているために、夕暮れのサスペクツとタイトルをつけた。
2年2組の主要メンバーは映画を作るために、旧校舎を借りて撮影することになっていた。
旧校舎は学校側も使われていない校舎であり、取り壊しが決まっていた建物であった。だが、歴史的建造物である旧校舎は保全の声が高まり、今まで壊されずに保管されていた。
この映画で夜の旧校舎の場面が欲しく、予め担任から旧校舎の鍵を貸してもらった。本来ならば、担任と一緒に撮影しないといけなかったが、その日、予定のあった担任は生徒たちに映画の準備をしてもらうために、前もって渡していた。
しかし、彼ら四人は撮影日の前の日に旧校舎に入り、なんらかの事件に巻き込まれ、焼死した。
彼らの手足は縄のようなものでがんじがらめに縛られていて、可燃性液体が撒き散らされた上で焼かれた。
火元の原因とみられているのは部屋の中央にあったライターであった。そのライターは焼きただれており、指紋等を採取することができなかった。
この事件で不思議な問題があるとすれば携帯電話である。携帯電話がなぜか生徒のポケットではなく、部屋の中央で散らばるように捨てられていた。
梨ノ山文化祭が開催するかしないかは決まっていないが中止は濃厚である。
2年2組の四人は誰かに殺されたのか、それとも心中をしたのか、未だにわかっていない。
※※※
2年2組の担任、鮎川 ひとえは職員会議で不祥事を起こした責任を取るように糾弾された。鮎川もそれを受け入れ、校長に退職届を出す予定となっていた。
その後、鮎川の代わりに2年2組の担任になるのが副担任の小林であった。
職員会議終了後、小林は職員室へと戻り、鮎川と会った。鮎川は力のない表情をし、担任の引き継ぎの相談をした。
「これで必要な資料は小林先生にすべてお渡ししました」
「ありがとうございます」
小林は軽く会釈した。
「ボクにできることはありませんか?」
「そうですね。――花をお願いできませんか?」
「花ですか?」
「小林先生は園芸部の顧問でしょう? あのコ達の好きな花を机の上に置いてくれませんか? きっと彼らは喜びます」
「彼らの好きな花は知りませんが」
「道徳の時間で好きな花のアンケートを取りました。小林先生からお借りした園芸部の写真を見せながら話したので、きっとみんな書いてあると思います」
「ああ」と、小林は力なく頷いた。
鮎川は山積みのアンケート用紙を小林に渡す。
小林はパラパラと山積みのアンケート用紙から数枚抜き取る。
「ありがとうございます。後でこの用紙はお返します」
「もうわたしの机はありませんから、自分の机にでも置いてください」
小林は軽く会釈し、山積みのアンケート用紙を机の上に置く。
小林は鮎川に見送られ、園芸部へと向かうのであった。
※※※
理科準備室に花が並ぶ。
――やわらかな匂い、鼻孔の奥をくすぐられ、思わずくしゃみをしそうだ。
小林はこの匂いが好きで園芸部の顧問をやっていた。
園芸部からもらった花を花瓶へ飾る。
――白雪はカサブランカ、理由は純粋そうなだから。
――木上はラベンダー、理由はよく眠れそう。
――左山はヒマワリ、理由は太陽が似合う。
――道長はアサガオ、理由は特にない。
アンケート用紙を見ながら、4人の机に飾る花を花瓶に入れる。
「これでよし」
小林はテーブルの上に並ぶ花を見て、晴れやかな表情をした。
小林は2年2組の教室まで花瓶を運ぼうとするが、意外と重たいことに気づく。
――誰か手伝ってくれる生徒がいないものか。
現在、午後4時30分。
いつもは運動部がクラブ活動しているグラウンドも静かであった。
文化祭前ということもあるが、不審火事件が起きたこともあり、大半の生徒は自宅に帰っていた。
――花瓶を一つ一つ持っていくのは時間がかかる。誰かの手を借りたいな。
そこで、小林は鮎川から渡された名簿の中からクラブに所属している2年2組の生徒を探すことにした。
小林はアンケート用紙と一緒に鮎川から渡された資料からクラス名簿を探す。その資料に目を通す中、あるポスターを見つけた。
“夕暮れのサスペクツ”
文化祭で使う予定だった映画のポスターだ。横線が並ぶ身長の目盛り背景が特徴的で、その背景の前に五人の少年少女がいた。
小林はそのポスターにいる人物が誰なのか判別していく。
――白雪 幸、木上 咲織、左山 暮彦、道長 士朗。
――後の一人は伏原?
伏原 遊来。
クラスの中心的人物の一人、幼さが残っているがイケメンの部類に入る。成績はよろしくないが、運動ができる男子生徒である。しかしながら、彼は身長がないことをバカにされて、様々な運動部とケンカして、部活禁止の処遇を言い渡された人物でもあった。
小林はこの写真を見て、不自然な点に気づく。
――どうして、伏原が無事なんだ? 白雪達は死んだのに。
不思議に思った小林は放送部の部室に駆け込み、伏原を呼んでもらうことにした。
「2年2組の伏原遊来君。伏原遊来君。今すぐ、理科準備室へ急いでください」
放送が終わると、小林はタオルで汗拭きながら理科準備室へ戻る。
この事件の真相を知っていると期待し、彼を待っていた。
次回は、6月30日月曜日、午後4時ごろ更新します。