第八話:ノートを貸す正当な報酬
第八話
晩御飯を終えると安子と一緒にテレビを見ながら学園の宿題を終わらせる。安子と言うイレギュラーがいた為、残念ながらエロ本は先輩の元へ全て送っておいた。きっと、送った彼は喜んでくれたと思う。
「ちょっと、彼女がいるのに何でこんなエロ本があるの!?」
「こ、これは違うんだ。その、大学の資料で…エッチな妖怪を探すための資料に…」
泣いて悦んでいるに違いない。
「っと、いっけね、ノートを学園に忘れて来ちまった」
炬燵に入っていた安子が僕の方へと首を動かした。手にはスケッチノートが握られている。
「…うっかりでボケて」
「…うっかりものの私だけど…受験はばっちり有名大学にうっかりますように!てへ」
「…ここはこの公式を使って…お兄ちゃん、くだらないことやってないで早くどうにかしたほうがいいよ」
「ああ、ノートだね?」
「…いや、頭のほう」
社会の厳しい風に揉まれたところで携帯電話を手に取る。明日提出が基本的なので忘れるとまずい。
夜のあいさつも兼ねてちょっとだけからかってみようかな。
「あ、もしもしリリィたん?」
『…リリィたん?』
ものすごく機嫌が悪そうだった。お腹のすいたライオンの前を尻にネギさして全裸で歩いた気分だ。
「は?たん?どうしたの?」
『何でもない。聞き間違いかしら』
ぶつくさ言っているようなので胸をなでおろしておいた。危ない、さらにからかおうとしてしまう。
「あのさ、悪いんだけれど…古文のノート貸してくれない?」
『いいわよ。準備しておくから取りに来なさい』
声音がいつもと一緒だからどうやら機嫌がよさそうだ。『え?貸してもらいたいの?じゃあ私の言う事聞いてもらうわね』なんて意地悪な事は意外にも言わない人なのだ。
「ちょっと下に行って来る。すぐ帰ってくるよ」
「…うん。まだ子供は要らないから」
「え?何言ってるのさ」
安子にそう告げて階段を下りる。下りた先にはリリィさんが待ってくれていた。
「あ、悪いね。わざわざ出てくれてたんだ」
「気にしなくてもいいわよ。友達だし…」
「友達なんだ…僕はてっきり…」
そういってじーっとリリィさんを見る。
「て、てっきりって…何よ」
顔が赤い!うむ、実にからかいがいのある女の子だ。葉奈にこの手のぼけをかますと押し倒されるから言わないけどさ。
「親友かと思ってたよ。あ、心の友よ~でもいいけど?」
「あっそ…はい、さっさと受け取りなさいよ」
差し出されたノートを掴もうとしたら…素通りしていた。改めてノートを確認すると上に逃げていた。
「…リリィさん、落ちついて聞いてほしいんだけれど…どうやら僕は誰かから物を受け取ろうとすると手が相手の下に行ってしまう奇病みたいなんだ」
「奇病じゃないわよ。私が上にあげたの」
「え?リリィさんって物を渡そうとすると上げちゃう奇病に冒されていたの?」
「そうじゃないわよっ。ノート、渡してもいいけど…じょ、条件があるわ」
ちょっとだけ恥ずかしそうな顔をしていた。こうなるとやばい。リリィさんをこの状態でからかうとキレるのだ。
ここは下手に出ておいた方がいいだろう。
「わかってるよ。ノートを貸してやるかわりにパンチラを強要したり誰もいない男子トイレに呼びだして不埒な事をしようとしているんだね…つまり、僕の体が欲しいと?」
「要らないわよっ。あんたにお弁当を作ってもらいたいだけよっ…」
かなり大声を出してそう言った為、他の住民が出てこないかどうか冷や冷やした。
「って…お弁当?」
「そ、そうよ、お弁当。ノート貸すんだから別にいいでしょ?」
ふんっ、とそっぽを向いて言いきった。
「…で、どうなの?作ってくれるの?」
ノートを借りる手前、いやんとは言えない。からかってみてもいいけれど、今から買うとリリィさんが爆発しそうだ。
「わかった、いいよ。悪いけどお弁当箱貸してもらえるかな?空いている箱が重箱しかないんだ」
「…何で重箱があるのよ。取ってくるからちょっと待ってなさい」
リリィさんが戻ってきたのは数分後だった。
「はい」
「これは重箱だね」
「あ…祐城が重箱とか言うから間違えたじゃないっ」
気持ちはわかるけど、その責任転嫁は間違っていると思うんだ。
そしてまた数分後、今度は可愛らしい若草色(色が可愛らしいだけサイズは僕の弁当箱よりでかい)のお弁当箱を持ってきた。うん、いつも見ているけど僕の弁当箱よりでかいな。
「お願いするわ。ざ、材料費とか欲しいんならあげるけど?」
「いいよいいよ、気にしないで」
「そう?じゃあちゃんと作ってきてよね」
どうやらお弁当箱を他人に見せるのは恥ずかしいようでしきりにこちらをちらちら見ている。
「はは、そんなに恥ずかしがる事じゃないよ」
「…そう、よね。別におかしくないわよね」
「うん」
正当な報酬よね。ずっと作ってもらえるような関係になるかもしれないんだし、とわけのわからない事を呟いているリリィさんに手を振る。
「じゃ、おやすみ」
「お、お休みってあんたノート貸してあげたのにもう寝るの?」
「え?ああ、いや、もう会わないからお休みって言っただけだよ」
「別にあんたにお休みなんて言われても嬉しくないんだからね」
そう言った後にちょっとだけ苦虫をかみつぶしたような顔をしているようだった。
「なんで『あ、ちょっと冷たく言いすぎたかな』みたいな顔してるの?」
「人の心の中を読まないでよっ」
とりあえずノートが手に入ったからよしとしよう。