第七話:気づけばそれは自然な光景
第七話
二月十五日、ただの平日だ。
安子は僕よりさきに学園へ行ってしまった為、一人で玄関を出る。
階段を下りて、足が止まった。
「祐城おはよう」
「おはよう、リリィさん」
リリィさんは何やら後ろ手に持っているようだ。
「ゆ、祐城」
「何?」
「これ、バレンタインのチョコレート。一日遅れだけど、受け取ってよ」
「…うん、もらう」
受け取ったそれは真っ赤な箱に入ったとても小さなチョコレートだった。
「ぎ、義務チョコだから」
「義務チョコ!?」
何その新種。
「そ、世話になったから必ず渡さなきゃいけないチョコレートなんだから。他意なんてないんだからね?」
「う、うん…」
何を一生懸命説明しているんだろう。
「ホワイトデーは三倍返しなんだからね」
「わかってるよ」
昨日出来た友達とは濃い時間を過ごしたからか、昔ながらの友達からチョコをもらった錯覚に陥った。
僕が転校してきてそれなりの期間が過ぎ、気付けば四年生中の三年生になっていた。
「…ゆんちゃん」
「ぼく達は卒業しても一緒だから!ね、泣かないで」
「かーっ、ぺっ」
「くちゃくちゃくちゃ…けっ」
本年度卒業するって言う先輩と卒業しない女子生徒がいちゃいちゃしているところで昼飯食べるとかどんな罰ゲームだよ。
「二人とも待たせた…?ってどうしたのよ。顔が怖いわよ」
「春だからね。花粉症みたいなアレルギーでイライラしているんだ」
「春だからさ。桜の木の下に素晴らしい何かを埋めてやりたいと思う今日この頃」
「意味がわからないんだけど?」
僕とリリィさん、葉奈は一緒のクラスだ。基本的に三人でいつも動いている。別に友達がいないってわけじゃないさ。
「って、ああ、あの二人見てたのね」
それはいつかの先輩だ。こちらに気づく事も無く二人の世界に入っている。
「あー、やっぱりあの時記憶が飛んじゃうぐらい料理すればよかった」
「悠君先生、今日のおかず美味しいですね。料理は好きですか?」
ひょいっと、横からお箸が伸びてきて無防備な僕のお弁当が襲われてしまった。既に口の中に入っている為、取り返すのは不可能のようだ…いや、襲いかかって…何でもない。
「ええ、そうなんですよ。もう二人分朝から作っていると楽しくて楽しくて時短に成功し、ついついガッツポーズを…」
「う、うん、わたしよりちょっと…ほんのちょっとだけ料理がうまい程度だけれど…美味しいわね」
「そうだねー、リリィさんには敵わないよ」
リリィさんに料理をさせてはいけない。調理実習を一緒に担当したが…素で生卵を電子レンジに放り込む過激派だ。彼女の担当は、食器の準備といただきますの掛け声がベストだと思われる。
ものぐさだった男子が率先して動き、やる気をみなぎらせるリリィさんに話を振って足止めをし、連係プレイで調理実習を乗り切っている。
「んー…奥様腕を上げられました?」
まさか、僕にもまだ成長ののりしろが残っているなんて知らなかった。人間、必死になれば壁を壊すチャンスはやってくるのだと言う事を思い知らされた。
「あらまぁ奥様、うれしいわぁ…って、ちょっと何ばんばん僕のおかず食べてるのさっ。ほうれんそうのおひたししか残ってないじゃないか」
そう言っているとご飯の方にも魔の手が…。
「あ、ちょっ…何ご飯のほうにまでお手付きしてるんだよぉ」
「ふふ、俺は知っている…ふりかけのないただの白米と見せかけて味覚のレジスタンスが潜んでいるって事をよ」
そういって掘り下げられた。抉られた個所から宝物が顔を出す。
「おっと、今日は鮭フレークかい」
「ただの鮭フレークじゃないよ?ちゃんと味も付けてる鮭フレークさ」
「この手間好きめ…うん、うまい」
安子はそのままがいいと言うので味は付けていない。僕のには軽くマヨネーズをかけている。
「あんた、凄いわね」
「褒めても何も出ないよ」
「褒めてあげたからさっきのおかずの事は不問よね」
素知らぬ顔で自分のお弁当箱を突き始める。
「犯罪って突発的な行動より計画的な方が悪いと思うんだ」
ものすごく少ない食事を終えて(葉奈、リリィさん共に大食い)屋上を後にする。空腹のまま午後の授業を終えて放課後となった。
「あー、外の空気吸いに行こうとしたらアベック居て反吐がでそう」
「反吐って…もうちょっと綺麗ないい方した方がいいと思うけどなぁ。葉奈、女子に幻滅されちゃうよ?」
「別にかまわないがね。ま、悠君が言うのなら言いなおすよ…著しく他人を不快にさせる空間を一組の男女が出していた。私はその空間に対して言葉にし難い嫌悪感を抱いた…これで満足かい?」
「リリィさんそろそろ帰ろうか―」
「え、そうね」
慌てて追いかけてきた葉奈と三人で廊下に出る。
「…お兄ちゃん」
「おやまぁ、安子ちゃんじゃあないか。元気かい?」
「…元気。こんにちは、葉奈先輩と泥棒猫」
その視線はリリィさんに向けられていた。
「え?う、嘘、猫ですって?」
そして、辺りを見渡す猫が嫌いなクラスメート。
「…天然?」
「天然時々ツンデレ」
「うっかりドジっ娘、熱血っ娘」
「何よそれ」
理解していないリリィさん。彼女はこれでも、頭がいい。ただほんのちょっと、料理が下手な女子生徒だ。料理の仕方を変にアレンジする、それが失敗への早道…リリィさんの花道だ。
「あのさ、祐城」
「…何?」
「妹の方じゃないわ。兄の方よ」
「下の名前で言えばいいじゃないか。俺みたいにね」
ウィンクするな。ほら、脳内が腐の連中が『うほっ』『これはいいたとえですね。メモメモ』とか言ってるじゃんか。男のフリなんてやめて女の子になればいいのに…。
「だ、男子の下の名前呼ぶなんて恥ずかしいじゃない」
頬を染める金髪ツインテール娘に唖然とする僕ら。
「…お兄ちゃん、純情も付け加えよう」
「これは純情とは言わない」
「そうだね、俺としては『ゆ、悠って言ってもいいけど私の事リリィ、って呼び捨てにしなさいよね』ぐらいは言って欲しいかな」
「僕の方は遠慮するよ…それで、何か用かな」
「あ、っと…」
しばらくの間考えているようだったが、首を振った。
「ううん、何でもない」
「そう?」
気分屋でもあるからなぁ…まぁ、大切な事ならまたあとで言ってくれるだろう。
無視しておこうと思ったら肩に手を置かれた。
「ここで悠君が下手に出ないと駄目だよ」
「えぇ?なして」
にやりと笑って葉奈は続ける。
「…彼女、ツンデレだから」
「ツンデレ?何よそれ」
首をかしげるリリィさんに葉奈と安子が首を振っていた。
「ほら、早く下手に出るんだ。ぶひぃぃぃどうかこの意地汚い豚めに教えてくださいとなぁ」
いい笑顔だ。葉奈が男だったら鞭でひっぱ叩いてやっていたところだ。
「…早くやってよ豚さん。リリィ先輩に尻を向けてもっと叩いてください!って言ってよ」
神をも恐れぬ暴虐の限りを尽くす妹にはため息しか出ない。
「…しょうがないなぁ。リリィさん、さっき言いかけていた事を教えてくれるかな?教えてくれたら何でもするから」
ここまでの好条件なら多分、教えてくれるだろう。
「え、ゆ、祐城がそう言うなら…あ、明日の…」
そこですごく顔がにやけた二人に目が行ったようだった。
「ほら、デレた。みた?安子ちゃん」
「…あの喜びようったらないですよねぇ。ぱぁっとまるで太陽がもう一つ出来たみたいでした」
「う、うっさいわねっ。何でもないわよっ。ふんっ、一人でかえるもん!」
結局、下手に出ようが出まいが、未来は変わらないと言う事だろうか。
終わりは二月十四日に投稿しようかと思っています。終わり方は特に決めていませんが、ちゃんとラブコメやれていればいいかなと。あと、読んでくれた人がちょっとでも読んでよかったと思ってくれればもうそれでいい!