第六話:元幼馴染は現妹
第六話
兄と妹だから仲がいい等と言う人はそうそういないだろう。
我が家もしかりだ。
そもそも血が繋がっていない。まだ、家族と呼べる絆は無いはずだ。
「で、何で僕の家の押し入れに入っていたんだい?」
安子は僕を指差した。彼女の目の前には包丁が置かれている為、両手をこっちがあげている。実に友好的な態度だ…背筋がぞくぞくするね。
「…お兄ちゃん」
「うん」
そして次に自分を指差す。
「…祐城安子。祐城悠の義理の妹。悠の母親である祐城美由紀と再婚した大九郎の実の娘。引っ込み思案な性格。兄である悠にひそかな想いを抱いている」
「密か…は言わないほうがいいかな。台無しだから」
ヒソ○だったらどういう想いだよと突っ込んでいたところだよ。
「…好きな食べ物はハンバーグ。嫌い物は辛いもの、苦いものと言った子供舌である」
「自己紹介をありがとう…で、何で僕の家の押し入れに入っていたんだい?」
安子はしばらくの間考えて手を叩いた。どうやら簡単に説明できない状態のようだ…おおかた、仲良くするために一緒に住みなさいとかそんな感じの事を言われたのだろう。
「…お母さんからメールが来たの」
「ママンから?」
差し出された携帯を見る。どうやらメールを見せるつもりらしい。きっとあの母親の事だ。堅苦しい内容で『お兄さんのところで一緒に暮らしなさい』等と言った代物だろう。
『だいきゅん?みゆみゆだよ~(はぁと)ゆーくんひとりぐらしはじめちゃったからちょうちょういちゃつこ~ね(きゃっ、はずかち~)らぶ、だぞっ』
「ぐっは、何これ僕死にたい」
恋は人を変えてしまうと言っていた。母に、何があったかは分からないし…知りたくもない。
「…こっちもみて」
『ごめんね、安ちゃん。送り手を間違えました。さっきのメールは消しておいてください』
そういって安子は首を振った。
「……反吐が出る」
完全に屑を見るような目だった。
この瞬間、この子の居場所は僕と同じで…親のところではないと思えた。
「僕も出そうだよ。何となく、わかった。あの和室は自由にしていいから」
「…ありがとう悠ちゃん」
「今は兄貴だよ」
「…うん、ありがとうお兄ちゃん」
安子と僕は元お隣さんだ。いわゆる幼馴染、毎朝顔を合わせて挨拶ぐらいはしていた…とはいっても、遊んだ事はおろか、話した事も殆どなかったりする。いや、だって話しかけたら呪うぞこらぁ…みたいな視線がマジで怖かった。
「おはよう!」
僕の爽やかな笑みに対して病んだ感じで
「……………おは………」
ようがないのだ。つまり、陽がないっ、ようがないから…いや、何でもない。
僕の後を彼女がついてきて、それっきり。背後霊みたいな存在だった。サッカーする時も、野球する時も、水泳のときも常に近くに居た。そのおかげか、彼女の存在を尋ねる人は全く居なくなってしまった。
「それで、今日は何が食べたい?一人暮らしをするために料理はスパルタンに教えてもらったよ」
今テレビで噂の料理の別人とか炎の闘魂料理人にコテンパン料理を教えてもらったりした。おかげでこれまで少してこずっていた筋のある不良(材料)も柔らかく仕込む事が出来るまでに上達したのだ。
「…お兄ちゃんが食べたい」
「そっか、ハンバーグだね」
冗談はスルーの方向で。
「…本気なのに」
「本気は、更にスルーの方向で」
本気と書いて、マジと読む。MKファイブなお年頃…。
「…買い物?」
「そうだね、まずは買い物をしないと。ああ、そういえばリリィさん家に菓子折りも買って来なきゃ」
まさかすぐ下に居るとは思わなかったからなぁ。でも、思い返してみれば朝に遭っているんだから家が近いと言うぐらいは想像していてもよかったかな。
「…あたしも、行く」
「わかった」
準備をして鍵を閉める。
「うん、今度は間違いなく閉めたね。ここに住むなら安子に合いかぎを渡さなくちゃいけないね」
「…持ってる。朝すれ違う時にお兄ちゃんのポケットからすった」
すられた事にも驚きだけど、朝知り合いとすれ違えば一発でわかると思うんだ。
「恐ろしい子」
誇らしげに人差し指を曲げる妹に戦慄してしまう。
「…残念ながらお兄ちゃんのハートはまだ盗んでいないけどね。わたしのハートはお兄ちゃんに盗まれているけど」
「え、安子にお兄ちゃんなんていたの…嘘だよ、そうだね、僕がお兄ちゃんだ」
行間無視して包丁突きたてるのやめてください。わかり辛い上に怖いからっ。
とりとめのない話をしながら商店街を回る。
「あらー、可愛らしいカップルねぇ。どう?大根買わない?」
「…いい値で買わせていただきます」
「やめて!大根に全力出すの!」
途中、八百屋のおばさんから間違った認識の言葉をもらった。
「そりゃあ誰だって『わたしたちはカップルです!』なんて紙を見せびらかせていたらそうなるよ!なっちゃうよ!」
これ、男でやっても成立しちゃうんだぜ?しかも『あんちゃん、俺はその選択いいと思うよ』とかわけわかんねー返事もらったし…うう、やるんじゃなかった。引っ越したからいいものの、それ以降は買い物なんていけなくなったよ。
「…お兄ちゃん、ここはノリのいい商店街」
「それは認めるよ」
悪乗りの方向でね。
「そんじゃ、野菜を買っていっておくれ。ノリのいい商店街だから客もノリが良くないといけないよ。さっきの大根はサービスだ」
おばちゃんの口車…ではなく巧みな話術にのせられて我が家の今日の食卓は菜食中心となりそうだった。
「根菜のソテーの隣に申し訳程度ミートボールが二つのっかるぐらいかな」
「えっ」
「そんな恨みがましそうな顔をしても駄目だよ。無理なもんは無理だ」
家に帰り料理を始める。水色のエプロンをつけて、調理に取り掛かる。
「…ふぅ」
正直言って安子ちゃんが妹だなんて未だに信じられない…というよりも、信じたくないと言ったほうが正しいか。チョコレートだって、毎年もらっていた相手だ…幼馴染と言って間違いない相手なのに遊んだことはほとんどない、話したこともほとんどない(でも距離だけはやたら近かった)のに渡してくれた相手。
「…お兄ちゃん、チョコレート」
「え?あ、ああ…ありがとう」
渡されたチョコレートは包装紙に包まれておらず直接だった。
「食べて」
「う、うん」
言われるままに食べる。甘くておいしい唯のチョコレートだ。
「ああ、お兄ちゃんがわたしの体液が混ざっているものを食べてくれてる…」
「ごくんっ…え、嘘、飲んじゃったよっ」
うそ、マジでヤンデレじゃないかっ。
しばらく考えた後で安子ちゃんはぽんと手を叩いた。
「…あたいのお古のメリケンサックが入ってるチョコ食べちゃった…のほうが良かった?」
「今更そっちのヤンデレを努力しようとしているのは無理があるよね」
「…チョコレートを砕くときにヤンキーの人はメリケンサックで砕くのかなぁと思って」
「それで、マジで何かチョコレートに入れたの?」
嫌な意味でドキドキしてしまう。
「…うん」
「嘘…」
「…愛情を、少し」
照れくさそうに鼻先を掻く妹、噂には聞いていたがここまで破壊力があるとは思いもしなかった。