第三話:想い人へと送る、甘いチョコレート
第三話
放課後になって約一時間経っている。時間は有限、今日と言う日は二度と来ないのだ。努力して買ったエロ本、プライスレス。
「ねぇ、どうして人気の少ないところを通っているの?」
「そりゃあ、リリィさん愚問だよ」
「うん、そうだ」
目の前に緊張した面持ちの男女一組が見えてきた。
「しつれいしやーす」
「ちぃーっす」
「うおっ」
目を丸くしているなかなか可愛らしい女子生徒に葉奈が軽く右手を上げる。
「や、捗ってる?」
何が?というリリィさんの質問には首をすくめておいた。
「そっちの君、さっさと終わらせてくれないかな?俺の親友がそっちの男子に用があるんだ」
「え?」
「まずはおホモ勃ちからお願いしますって言おうと思って」
本心ではないが、流し眼を送っておいた。
「ひぃっ」
「わ、わかりましたっ。だ、だってもてますもんね……」
すーはーすーはーと、女子生徒は深呼吸を何度かして覚悟を決めたようだった。
「わ、私っ和也君の事がずっと前から好きだったんですっ」
「ちなみにその子を振ったら悠君が君をあっちの暗がりに連れて行って突き合おうと考えているんだ」
「うほっ」
どうやら僕達の事が見えていないようで、和也と呼ばれた男子生徒は女子生徒に向かって壊れた人形みたいに何度も首を縦に動かしていた。
「い、いこうのんちゃんっ。これからデートのプランを考えないと」
「う、うんっ」
これこそまさしく青春だろう。
「性春するんじゃないぞー」
「まぁ、元はそっちが有力っぽいけどね」
「あんた達…何がしたいの?」
呆れた感じのリリィさん。僕と葉奈はポーズをとった。
「俺らは愛のキューピッド」
「勇気がない女の子のために存在しているのさ。男?のたれ死ねばいい」
「暗がりで出てきたら脳天にチョップを叩きこみそうな天使ね…」
「じゃ、俺がこっちをやるから悠君よろしく頼むよ」
葉奈はポケットから携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。
「さて、人払いも済んだし会場のセッティングだな。ドライアイスを敷き詰めてあげたいところだけれど火事と間違われるから無理なんだ。チョコレートの準備はできた?」
「え、あ、うん」
大きなハート型のチョコレートだ。ずっと抱きしめている、想いの詰まった代物だ。たぶん、僕が望んでも絶対に手に入れる事は出来ないだろう…ま、ゴディ○にいけば味は約束されたモノが出てくるけどね。
「君の先輩への愛情は…直径三十センチか。ちなみに僕がもらった最大は五十センチのチョコレート、用務員のおばちゃんからさ」
「…す、凄いわね」
「だろう?」
本命だと言われた瞬間からそのチョコレートが重く感じられた。
ま、それはいいとしてだ。
「葉奈、連絡は?」
「済んだ。この場所に十分後来るように言っておいた…来なかったら明日から覚悟しておくようにとお願いもしておいた」
「それは脅迫でしょう!」
いやいや、これはお願いさ。脅迫と取るか、お願いと取るかは…好きなようにすればいい。
「じゃあサラシつけて着替えようか葉奈」
「ああ、いいぜ」
「あ、悪いけど葉奈はあっちの暗がりで着替えて」
「わ、私の前で着替えないでよ」
すぐに終わらせるさと言う事で目をつぶってもらった。下駄も準備して破れた学生帽を頭に被る。
「…何でそんな恰好をしているの?」
「あのへたれが来たら一発かましてやるんじゃい」
「これで俺達はどこからどう見ても番長スタイルじゃい」
窓から『丸地君かっこいー』とか黄色い歓声が聞こえてくる。時折、隣のあいつ誰?とか聞こえてくるけど無視だ。おい、しかも良く見たらクラスメートがいるのにあいつ誰とか酷過ぎでしょう…担任の先生、あんな子この学園にいたかしらとか言うのやめてください。聞こえてますよっ。
連絡をして七分後、件の先輩が現れた。
「き、来ましたよっ」
「ああん?」
「遅かったのぅ」
二人でメンチをきる。完全に先輩はたじろいでいた。
「ひぃっ、不良が…」
「ああん?」
「メインが見えていないとかタマキン握りつぶすぞこら」
立ち止まった先輩とやらの両脇をがっちりホールドする。そしてリリィさんのところへ連れてきた。
「さぁ、リリィさん、こいつに渡してやってつかあさい」
「逃げんようにわしらがしっかり押さえとくけんのぉ」
「…色々と突っ込みたいところはあるけれど…わかったわ」
ハート形のチョコレートを差し出すリリィさん。僕と、葉奈はお互い視線を送る。
「…(何でこんなことになったんだろうね?)」
「…(さぁ?その場のノリじゃね)」
僕らが何を考えていても、リリィさんの想いは変わらないはずだ。彼女は、勇気を出してその言葉をはっきりと告げた。
「わ、私…先輩の事が好きです!付き合ってくださいっ」
「ご、ごめん…」
両脇がっちりホールドしているから先輩は宙に浮いている状態だ。多分、チョコレートも受け取ることは出来ないだろう。
「お、おれにはもう彼女がいるから…ごめんね」
「あ、い、いえ…いいんです。わ、わかっていてやりました…」
うつむきながらチョコレートを握りしめるリリィさん。ずっと握っていたからか…チョコレートは彼女の握力に負けてわれてしまったようだった。
わかってはいたものの、他人が振られるところは(男が振られた?それは知らない)あまり気持ちのいいもんじゃあない。
「今日も始まりました『鉄拳料理教室』。悠君先生、今日は一体どんな食材を使った料理を作るのですか?」
「はい、今日はチョコレートと先輩を使った痛めモノを作ろうかなと思っています。寒いのでピリッとさせるために尻にネギを突っ込みながらコテンパンに料理しようかなとプランを立てています」
「それは楽しみですね」
「さ、食材が元気なうちにキッチンへと向かいましょうか。新鮮なうちにしばきたいので」
「う、うあーっ」
一瞬のすきを突かれて逃げられてしまった。
後に残されたのは僕と、葉奈と、リリィさん(と窓の外から見ている色々な方達)だけだ。
二月特有の侘しい風が吹き抜ける。
「リリィさん、そのチョコレート…」
そう尋ねると彼女は包みを破り少し溶けたチョコレートを投げたのだった。向かい風のせいでチョコレートは地面に落ちて先ほどよりも崩れてしまった。
「いいのよ、これで。けじめはつけたつもりだから。わかってたもん、屋上で見てたもん。私が最初から駄目だったって…知ってたでしょ?言いたい事言えて、すっきりした。受け取ってもらえないチョコなんて…いらない」
「放棄すると?」
「…当然でしょ」
涙で真っ赤になった目はどことも取れぬ空間を眺めている。僕はそのチョコレートを拾って食べることにした。
「じゃ、拾得物としてもらうね」
口の中がいい感じにじゃりじゃりする。たとえるなら子供のころに無理やり口の中に頬ばらされた泥団子みたいな感じだ。
「あんた…やめなさいよ、砂利ついてるから。お腹壊すわよ」
リリィさんの話を聞かず、そのままチョコレートを食べ終える。うん、せめて砂利は取ればよかった。
「このチョコ、美味しかったよ」
「…馬鹿じゃないの?」
「馬鹿は…」
「先輩さっ」
「え?」
何でと言うその顔に僕は笑顔で答えた。
「こんなにおいしいチョコを要らないって言ったんだ。勿体ないお化けが彼のもとに…そうだね、十分後には罰を与えに行くよ」
「そうだね、今日は二月十四日、お祭りだよ。バレンタインにちなんで…チョコレート祭り、略して血祭りにしてくるぜ」
「祭りじゃーっ」
「ちょっとやめなさいってば!」
転校初日に友達が二人増えた。あのチョコレートを食べたせいか、お腹を下した。でも、実においしいものだった。