三話 伝説
三話 伝説
「ウィ、ウィア?!」
アルの驚く声が、テント全体に響いた。
「……て、あの?守護神?」
「はい。」
「……冗談でなく?」
「えぇ、もちろん」
村で一番えらいはずの村長が敬語を使っていたくらいだ、相手は相当すごい人なのだろうと覚悟していた。しかし、人どころか、神だったとは……
「…………ホントにいたんだ……」
「えぇ。……まぁ、ここ最近は実体化してなかったけど」
「最近?」
「えぇ。……ここ数十年くらい?」
(絶対感覚おかしい……)
「なにか?」
「い、いえ。……そ、それで、神様が俺に何の用があるんですか?」
アルは緊張した面持ちで尋ねた。
「……あなたに話があります。アルフォート、あなたは、闇の秘宝を知っていますか?」
「闇の秘宝?」
アルの頭に、疑問符が浮かぶ。闇の秘宝の認知度は、一般市民の中ではこの程度のものなのだ。宝のことを伝え聞いている者は、多くはない。
知っているのは、その宝を管理する一族や、その者達と深い関わりを持つ者など、ほんの一部の者だけなのだ。
「知らないのですか?!」
そうであるにもかかわらず、ウィアは驚いていた。
「そんな……。あなたは、アスタの家の子でしょう?」
「は、はい、まぁ。そうですけど……」
まるでアルは知っているのが当たり前ではないのかと言わんばかりの様子に、戸惑いを覚える。
「……全く知らないの?」
ウィアは少々呆れたように頭をかかえていた。
「すみません」
アルも、よく分からぬが情けなくなってしまい、とりあえず謝った。
「……少しくらいは聞いてない? 闇の秘宝という名前は知らなくても……ショウヤの伝説は知っているでしょう?」
「は、はい。それはもちろん。……あれ? もしかして、あの……ショウヤが悪の力を封じた宝のことですか?」
アルが尋ねると、ウィアはうれしそうにうなずいた。
「えぇ。そのとおり。その宝が、今はどうなっているかは知っていますか?」
「い、いぇ。……でもたしか、ショウヤは力を封じ込めた後、ここらにある五つの島にそれぞれ納めたって……」
「なんだ、知ってるじゃないですか。今も、その秘宝はそれぞれの島に納められています」
「そうなんですか?! ……じゃあ、この島にも……?」
「えぇ。もちろん」
ただの伝説だと思っていたことが、現実だった。そのことに、アルは少々驚きつつも、興奮した。
「あ……でも。なんで……。なぜ、それが俺が旅に出ることにつながるんですか?」
「闇の秘宝には、かつてこの海を危機に陥れた、とてつもなく強大な力が込められています。そのため、邪なことを考えてそれを盗ろうとするものが現れてしまうのです。それでも今までは、盗んでも使用する前にその力にあたって、盗人は死んでしまったり、消滅してしまったりしたので、さして問題はなかったのですが……」
「最近になって、何か特別なことでも?」
「えぇ。……ここ十数年程で、状況は一変してしまいました。たとえば、おとなしくなっていた人外のもの……化け物たちがまた、各地で暴れだしたこと」
「……モンスターが、おとなしかったことがあったんだ……」
「えぇ。……そうでしたね、あなたの年齢では、そんな感覚でしょうね。さて、そのように荒れてきた世の中に、邪悪な力を持つものが現れたのです。……残念ながら、それが何モノなのかはまだわからないのですが……。秘宝を嗅ぎ回るモノたちがいるのは確かです。そのためあなたには、そのモノたちが盗む前に全ての秘宝を回収し、北東の島の火山へ持っていって欲しいのです」
「火山?」
「えぇ。……その火口へ投げ込まれたものは、全て無に還ります。アルフォート=アスタ、お願いできますか?」
ウィアの目は、真剣そのものだった。どうやら、冗談というわけではないらしい。
「あ、あの……要は、『世界を邪悪な力から救え!』って、ことですよね?」
「えぇ、その通りです」
アルは、事の重大さに呆然としていた。
「あ、あの……俺にはそんな大役は、その、荷が重いというか……その……」
断ろうとすると、それが言い終わらないうちにウィアは口を開く。
「そうですか。それは、とても残念なことです。でも、仕方ありませんね。嫌だと言うあなたに無理に勧めるのも悪いですし。本当に悲しいことですが、仕方ありません。この世界には、滅んでもらうしかありませんね。外界からの光は閉ざされ、植物は消え失せ、魔の力が充満し、人々が苦痛で泣き叫ぶ中、魔の力に耐性のない者から順々に……死の恐怖を人々に与えながら、死者が増え続け、最後には、人類は滅びることになるでしょう」
「え……」
「別に、私はそれでもよいのです。ただ、もう数百年も暮らしている土地ですから愛着がありますし、旧友からの頼みもあったので、今こうしてあなたにお願いしているだけで……。この島々がなくなっても、私は風の化身。また流れればすむことですから。しかし、人間はそうもいきませんよね。確実に、人類は死に絶えることになるでしょう」
【滅びる】
【死に絶える】
無表情で淡々と言い放ったウィアの言葉が、アルの頭の中で木霊する。
「あ~!!もう、わかりました、やりますよ。やればいいんでしょう?!」
言葉に耐え切れなくなったアルが叫ぶと、途端にウィアは笑顔になった。
「あら、うれしい。決心してくれたのね。そう、これはあなたにしかできないことなの。頑張って頂戴」
「はぁ・・・」
ウィアの言葉に、アルは曖昧にうなずいた。
こうして、少年アルフォートの旅立ちは決まったのだった。