三十話 要塞都市 ルクサイルド
三十話 要塞都市 ルクサイルド
橋を渡り終えると、四人は街道沿いに次の街を目指した。橋の反対側のような事態にはなっていないようで、魔物との遭遇はあるが、異常な頻度ではなかった。もっとも、魔物が蔓延っている時点で、尋常ではないのだが。
吊り橋のほうから歩いてきたアルたちに、街の入口にいた兵士が驚いていたが、事情を話すと、明日、確認のために人を送ってくれることになった。
翌朝、ヤンの紹介で泊った宿を出ると、日も落ちかけていた昨日とは違った雰囲気の街並みが広がっていた。
ルクサイルドは、勇者の居た時代に、当時のこの国の王子と、勇者と懇意にしていた貴族が築いた都市である。王都に遜色ない規模の街並みには、多くの店が軒を連ね、人々で賑わっている。
「大きな街ですねー」
「こっちが王都だった時代もあるらしいからね」
「え、そうなんですか?」
昨日の予定では、朝にはこの町を発つつもりだった四人だが、現在彼らは町の中を歩いていた。
「しっかし、なんでまた、侯爵様が?」
「お礼言われるんじゃないですか?衛兵が確認して帰ってくるまで待っててくださいって」
「アル、待つのか?先急いでるんじゃ?」
「王都までの馬車を手配してくれるって話だし・・・・・・これだけいろんなものが売ってるんだし、待つ時間利用して、装備を見直すのもいいんじゃないかな、と」
「装備の見直しか。確かに、ちょっと疲れてきてるもんなぁ」
「その土地の権力者に顔を覚えてもらうっていうのも、この旅の目的を考えれば大切なことよ」
「なるほど。ただ闇雲に先を急いだって、王様に話を聞いてもらえなきゃどうしようもないですもんね」
「正解」
宿の部屋を出ると、受付でアルたちを訪ねてきている人物がいると言われた。この街を治めるロスチャイルド侯爵の使いを名乗る男性は、後から迎えをよこすので、侯爵の館に来て欲しい、無理に引き止めはしないが、できればまだこの街を出ないで欲しいと言って、去って行ってしまった。
今日の予定が決まったところで、本格的に店を見て回ることにする。
「アル、ここのお店、なかなか品揃えがいいわよ」
「お。ねーちゃん見る目あるねぇ。どーぞ、じっくり見て行ってくれ。ねーちゃんきれいだし、おまけしとくよ」
「あら、ありがとう。お世辞でもうれしいわ」
「世辞じゃねぇって。ホント、ミルトニア様みたいだ」
「それは、絶世の美姫と謳われた方に失礼でしょう」
「ミルトニア様って・・・・・・戯曲の題材になってる?」
「そう!この街では特に、ミルトニア様の人気は高いよ」
アルたちがミルトニア姫に興味があると思ったのか、店の男性はいかに素晴らしいお姫様だったかを語ってくれた。なぜかフォールが聞き役にロックオンされている間に、ユリが冷静に必要なものを見定めていた。
「ごめんなさい。こちらいただける?」
消耗品と食料の補充を済ませると、武具や防具を扱う店の並ぶ方面へ足を進める。
「アル。少し、別行動をしたいのだけど」
しかし、ユリだけは足を止めてそんな提案をした。
「え?別に、行きたいところがあるなら付き合うけど?」
「少し、一人で立ち寄りたいところがあるのよ」
「一人で?」
ユリと旅を共にするようになってから、別行動は初めてである。お互いに迷子を心配する年齢でもないだろうが、なんとなく不安を覚えてしまう。
「えぇ。・・・・・・その都合で、侯爵邸への訪問も、私は抜きで行ってもらえないかしら」
「え。ユリ来ないのか?」
侯爵への説明も、なんとなくユリがしてくれると思っていた。成り立てとはいえとはいえ彼女は炎の国のトップであり、他国の有力者との会話では、一番発言力も、説得力もあるのだ。
「ごめんなさいね。・・・・・・ちょっと、魔法関連で用事があって」
「魔法の?」
「ダメかしら?」
しかし、今回は一旅人として招かれていて、それに応じると決めたのはアルなのだ。ユリや、他の二人も、自分の意志で付いてきてくれている状態であり、旅の妨げになるからと同行を拒否することはあっても、個々の行動を強制する権利はない。よって、ユリの都合が悪いと言うのなら、無理に付き合わせるわけにもいかないだろう。
「・・・・・・わかった。どこで合流する?」
「そうね・・・・・・町の入口にあった、食堂はどうかしら?私のほうの用事は、遅くても昼過ぎくらいには終わらせるつもりだけど」
「じゃあ、そこで遅い昼飯だな」
「勝手に決めちゃったけど、二人は良かった?」
最後にユリが、二人の話を聞いているだけになっていたフォールとセイカにも了承をとって、一人、商店街を出ていった。
三人になったアルたちは、それぞれの見たいものを見るために歩きだす。
「アルは、何か買うのか?」
「剣を新調しようかと思ってるんだ」
「祠でも森でも酷使しちゃったもんな」
「正直、つり橋に着く前に戦闘なくて助かった・・・・・・まさか、それに気づいてたのか?ユリは」
「偶然じゃないですか?」
「どうだろうな?でも、それならいいの見つけないとだな」
アルたちが一通り買い物を済ませる頃、どこからか、身形の整った集団が近づいてきた。
「お迎えに上がりました」
彼らは、ロスチャイルド侯爵の保有する、私設の自警団の面々とのことだった。町の人々からも気さくに声をかけられる彼らは、平民出身のものも多くいるとのことで、そうであるからこそ実力重視の集団らしく、この街の治安に大いに貢献しているようだ。
そんな彼らの案内で、侯爵の館に到着する。
時は、アルたちがルクサルドの街に到着した頃まで遡る。
「たっだいまー」
翡翠色の髪の少年が、どこからか現れた。多くない明かりに照らされた室内は、岩肌が直接見えている。
「戻ったか」
「うん」
翡翠色の髪の少年を出迎えたのは、銀髪の青年だった。
「早かったな」
「ちゃんと仕事はしてきたよ」
「報告は?」
「これから。あの人は、いつものところ?」
「あぁ。・・・・・・ちょうどいい。アイダもいるようだ」
「ホント?アイダちゃん、怪我治ったんだー、よかったねー」
「早く行ってこい」
「うん、そうするー」
少年は、バイバイっと手を振ると、奥の通路へと駆けていく。
彼が暗い通路を抜け、また少し明るい空間に着くと、そこには青い髪を束ねている女性、アイダが、一人の男と対峙していた。
「お願いします。私に行かせてください」
「今はジェイドをやっていると言っただろう。奴が戻るまで、次の行動は控えろ」
「しかし」
「報告が上がってくるまで、部屋でおとなしくしていろ」
「・・・・・・はい」
「やつが戻りましたよー?」
男の言葉に、アイダが萎れた様子で部屋へ戻ろうとしたところに、ジェイドは突入した。
「・・・・・・早いな」
「そう?ほめてほめて」
「調査は済んだのか?」
「もちろん。てか、信じてないんだー、ショックー・・・・・・でもないか。疑うなら、教えてあげないよ」
「貴様、誰に口をきいていると思ってる!」
「アイダちゃんは黙っててよね」
「ジェイド、聞こう」
自分が主と称える相手に対するジェイドの態度に、アイダは激昂する。しかし、ジェイドは全く堪えた様子もなく、主本人にさえ流されてしまい、アイダは不満そうにしながらも、話を聞く態勢に戻った。
「水の島で、アイダちゃんに歯向かった奴らだったよね。聞いてた三人組から一人増えてたけど、橋で待ち伏せてたら来たよ」
「やはり、闇の秘宝を集めているのか」
「どうだろう?偶然次に目指してたのが大地の島の王都だっただけかもしれないし。集めてるんじゃなくて、アイダちゃんが他のも狙ってるんじゃないかって思って、邪魔しにいくだけかもだし」
「ふむ。その可能性もあるか」
ジェイドが任されたのは、水の秘宝の回収に行って逃げ帰って来た、アイダの前に現れた人間たちの調査だった。
水の島から、次の目標となる秘宝の在処、大地の島の王都を目指す場合、あの吊り橋を通る確率は非常に高い。アイダの言う三人がそこを通るか、来たのなら、どのような存在で、今後の障害となりうるのか、どんな方法でも構わないので調べろという指示の下、ジェイドはあの場所に居た。
「あ。でも、ひとつ、大発見があるよ」
「なんだ」
「知りたい?」
「・・・・・・焦らすな、教えろ」
「三人組の一人、青っぽい黒髪の、魔法剣士、だっけ?アルとか呼ばれてたの」
「そいつが、どうした」
「そいつ、人間たちに勇者って呼ばれてるやつの血筋だよ。きっと」
「なんだって?・・・・・・根拠は?」
「アルくんは、水の島出身じゃないのに、水の秘宝に触れたんだってさ」
「・・・・・・その土地に所縁のある者以外で、秘宝に触れられるのは、秘宝を用意した勇者ショウヤの血筋と、秘宝に闇の力を封じた魔術師の血縁者のみ・・・・・・」
「で、レイルの話だと、魔術師の方はちょっと前に殺されて、血は絶えちゃったんでしょ?だったら、勇者の方かなって」
「なるほど。・・・・・・報告ご苦労。下がっていいぞ」
「はーい」
ジェイドは元来た道を戻ると、銀髪の青年が変わらずそこにいた。
「ねえ、アイダちゃん行かせるのかな?」
「今回はないだろう。治療が済んでから、次の目標の事前調査に行かせると見ている」
「あの人、結構過保護だもんね」
「それに、あそこには、すでにヤツが潜伏している」
「そっか。じゃあ、今回はおじさんに任せる感じ?」
「ヤツが俺たちに助けを求めることはないだろう」
「そっか。呼ばれるとしたら、牛君かな?」
「お前は、俺が呼ぶまで好きにしてればいい」
「りょーかい」
ジェイドが風と共に駆けだすのを見送った銀髪の男は、先ほどジェイドが報告をしていた奥の空間に意識を向ける。
「勇者の一族、か・・・・・・」
ユリが待ち合わせに指定した町の入口近くの食堂に入ったアルたち三人は、賑わう店内を見回し、彼女の姿を探す。
「こっちよ」
知っている声が聞こえたため目を向けると、四人掛けのテーブルに座ったユリと、テーブルの横には、知らない顔の男が二人、立っていた。
「ね、嘘じゃないでしょ?」
「わかったよ。邪魔したな」
「気が変わったら声かけてね」
アルたちの方に目を向けた二人は、そんなことを言ってテーブルを離れていった。
「待たせたか?」
「多少ね」
「そっか、ごめん」
「私が好きに行動させてもらった結果だから、気にしないで。それより、早く座ってお昼にしましょ」
「だな」
空いている席にそれぞれ座り、食べたいものを注文する。それも済んだところで、待ち時間を利用して、侯爵の館であったことを報告することにした。
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