二十九話 吊り橋の問答
ヤンの好意で営業前の酒場で昼食をご馳走になった後、4人はベルソードの町を出発した。平原に出て早々、街道から外れた彼らは、現在、件のつり橋の前にいる。
「思ったより早く着いたね」
「ヤンさんには感謝しなくてはね」
ユリは、昨日までは持っていなかった小さな立方体を目線の高さに持ち上げて見せる。
「それも、魔道具っていうのですか?」
「そうよ。これは、他の魔法道具に反応して、それがある方向を指してくれるものね」
いいものをくれると言ったヤンは、店の奥のプライベートスペースから、これをもってきた。何であるかがわかるはずもないアル、フォール、セイカは、説明を求めてヤンへと視線を集中させる。
「使い方は、自分の魔力を込めるだけね。簡単でしょ?」
「魔道具ですか。本当に頂いていいのですか?貴重なものなのでは」
「いいの、いいの。うちには使える人いないから。私がこっち来たころは、魔力を籠めてくれる人がいたんだけどね。その人も亡くなっちゃったから、もう宝の持ち腐れ状態で」
「魔法使いのお知り合いはいないのですか?」
「知り合いはいても、有効活用してくれる人じゃなきゃねぇ」
「なるほど」
それが何であるのかを分かっているらしい二人で、会話は勝手に進む。
「どんな構造でそうなるのかは分かんないんだけど、それ、つり橋にも反応してくれるのよ。だから、道案内の代わりになるはずだよ」
「へぇ。興味深いですね」
結局、三人はそれが何であるのかがよくわからないまま、町を出ることになった。
町を出て、つり橋があるという北西の方角へと伸びる街道を進もうとすると、ユリからストップがかかった。
「そっちは魔物が多いわ。迂回して行きましょう。着いてきて」
そう言うとユリは、町を出て早々に街道を外れ、何もない平原を歩き始めた。土地勘のない場所で、文字通り道を外れることに躊躇はあったが、ユリが魔物を感知できることは先の森抜けの際にわかっていたので、アルはその言葉に従うことにした。
しばらくユリの行動を観察しながらその後を着いていくと、アルにもなんとなくその魔道具の持つ機能がわかってきた。魔道具であるという立方体は透明になっており、内部には短い針のようなものが浮いている。そして、ユリは、しきりにその短い針を見ている。針の指す方へ歩みを進め、何かに気付いて辺りを見渡すと、針が指す方とは少し外れて進む。そして、ある程度の距離を進むと、また、針の指す方向へと歩きだす。おそらく、魔物の気配を避けながら、魔道具の指し示す方角を目指して歩いているのだろう。
果たして、アルの憶測は当たっていたようだ。魔物が多く待ち構えていると聞いて警戒していたのだが、想定していたよりもずっと少ない戦闘回数で、つり橋の前に行きつくことができた。
「でも、この吊り橋は魔道具なのか?」
「・・・・・・ヤンさんも、『なぜか』って言ってたけど。確かに、この橋は多くの魔法の反応があるわ。様々な魔法を駆使して、この橋を架けたのね」
「へぇ。まぁ、魔法でもなきゃ、こんなすげぇ橋、維持できないよな」
「この橋も、大きな魔道具だってことっすか」
「まぁ、そんなものね」
「・・・・・・あの、戦闘避けてきちゃいましたけど、良かったんですかね?」
「え?避けれるものは避けた方がいいんじゃないか?」
「そりゃあ、あたしだって戦いたいわけじゃないですけど」
「構わないでしょう。魔物の退治を頼まれたわけでもないのだから。ヤンさんは、あくまでも私たちの目的を達成する手助けをしてくださっただけよ」
「そうなんですか?」
「え、違うの?」
「アルー!なんかいるぞ」
セイカとなぜか噛み合わない話をしていると、先を歩いていたフォールに呼ばれた。
「どうした?」
「橋の真ん中ら辺」
フォールの指さす先には、人影のようなものが見えた。
「・・・・・・確かに、誰かいるな」
「人とは限らないけどね」
「橋の上にも魔物ですか!?」
「とりあえず、魔法を使える存在であることは確かね」
四人の視線が集中する中、その影は動いた。
その影が近づいてくる、そう思った次の瞬間、それはもう目の前にいた。
「わぁ、人間だ!やっと来た。待ちくたびれちゃったよ、僕」
気安く話しかけてきたのは、翡翠色の髪の少年だった。
「速い・・・・・・」
「へえ、四人か。魔物いっぱいいたんじゃない?大丈夫だった?」
その速さに呆然とするアルの前で、少年は無邪気な笑顔で問いかけてくる。
「えっと、君は一体・・・・・・?」
「僕?僕はね、ジェイドって呼ばれてるよー」
「・・・・・・ジェイドは、なぜここにいるの?」
「え?うーん・・・・・・暇つぶし?」
ユリの問いに答える少年は、嘘をついているようには見えない。しかし、それが、この場ではとてつもなく異様な光景に見える。なぜ、こんなところに一人でいるのか。
そもそも、魔物が出没するこの世の中、城壁や魔物除けの呪いが施されている町や村の中でもなければ、子どもが一人でいることなどありえない。
「魔物・・・・・・?」
セイカの口からこぼれた、しかし、他の者も感じていた可能性に、少年は笑顔を返すだけで、肯定も否定もしなかった。
「君は、なぜ魔物たちが、道で人を待ち構えるようになったのか、知っているのか?」
「うん」
「あ。あなたが、魔物たちをけしかけたんでしょ!」
「ちがうよぉ」
「じゃあ、どういうことだよ」
アルの静かな問いを肯定したジェイドだが、続くセイカの詰問には笑顔で否定をして見せる。フォールも同じ考えだったようで、納得がいかないという顔をする。
「・・・・・・彼らが、人を襲うのに、街道で待ち構える、という手段をとるようになったのは、貴方が原因?」
静かに、ジェイドの言葉の意味を考えていたユリは、先ほどのセイカの推測とは似ているようで、少し違う質問をした。
「そうかもねぇ」
「でも、貴方がそうしろと言ったわけではない、と」
「うん」
そして、ジェイドもまた、今度の質問に対しては否定をしなかった。
「ていうか、僕は人間に会いたかったのにさ。あいつらが考えなしに道に集中するから、人が来なくなっちゃったんだよね。いい迷惑」
「なんて言ったの?」
「そんな歩き回らなくたって、道で待ってれば人間たちからやってくるんじゃない?て」
何も悪びれる様子もなく、むしろどこか自慢げに報告するその姿は、褒めてもらえるのを期待する子どものようだった。とはいえ、まさか本当に褒めるわけにはいかない。
「君がしようと思ってなった状況じゃないにしても、その言葉のせいで困ってる人たちがたくさんいるんだ。だから・・・・・・」
「えー、お説教とかやなんだけど。つまんないし」
説得を試みたアルの言葉は、言い切る前にすげなく断られてしまった。
「じゃあ、暇つぶしに付き合ってあげるから、あの子たちに道から退くように言ってくれない?道を通って人が来れないと、貴方もずっと暇になってしまうんでしょう?」
「ホント!?遊んでくれるの?わーい!」
「ちゃんと、約束してくれるならね」
「いいよ!約束するから!」
アルが呆然としている間に、ユリが小さな子どもを相手にしているかのように、楽しげな声で取引を取りつけてしまう。
「あ。でも、あまり長い時間はだめよ?私たち、夜はちゃんと、街の宿に泊まりたいんだから」
「はーい」
ジェイドの素直な返事に、他の3人は何とも言えない顔になる。
「じゃあ、クイズやろーよ!僕がクイズ出すから、答えてよ。四人いるから、四人で四問連続正解でクリアね!」
「クリアできたら?」
「あいつらに、馬鹿じゃないの?ずっとおんなじ場所で待ってたら、獲物だってそこを避けるようになるに決まってるじゃん!て、教えてあげるよ」
「うーん・・・・・・まぁ、それでいっか」
「クリアできなかったら?」
なんとか気持ちを切り替えたアルが、条件の確認に加わる。
「えっとね、間違えたら、正解数リセットね!また四問遊んでよ。あ、でも、間違えでも、四問付き合ってくれたら、ここ通してあげてもいいよ。あいつらはそのままにしとくけど」
「それじゃあ、君はまた暇になっちゃうんじゃないの?」
「そうだねー。でも、あいつらが馬鹿なこと続けてたら、人間たちも迷惑なんでしょ?それなら、また、お兄さんたちみたいな人が来るよね」
無邪気な笑顔は見た目の年齢相応のものだったが、言ってる内容の意味を考えると、微笑ましくなど思っていられない。
「ユリ、フォール、セイカちゃん。絶対、四問正解しような」
「そうね」
「おう!」
「もちろんです!」
四人が顔を引き締める前で、ジェイドは、ただ遊びを楽しむ人の子どもと同じ表情で、クイズの開始を宣言した。
「じゃあ、まずは第一問!かつて、勇者が闇の力を封じたと言われているのは」
「百五十二年前!」
「・・・・・・ですが、その力を封じ込めた物は今、なんと呼ばれているでしょうか」
セイカが元気にフライングをするのにひやっとしつつ、アルは正解を口にする。
「闇の秘宝。だよね?」
「せいかーい。早押し問題じゃないから。今度したら不正解にするんだからね」
「・・・・・・気をつけます」
「じゃあ、第二問ね。さっき言った闇の秘宝だけど、これを持つことができるのは、それぞれの島で生まれ育った人間だけである。これは、あってる?間違い?」
「確か、違ったよな?」
「せいかーい!」
「何でフォールが答えられるのよー」
「答えられちゃいけねぇのかよ」
「すごいすごい。ボクも、お兄さんが答えるとは思わなかったよ」
セイカとジェイドの言葉に、正解したはずのフォールが不機嫌な顔になってしまった。
「でも、ホント、よくわかったな」
「・・・・・・だって、アルが持てたじゃねぇか」
「・・・・・・それもそうか」
「じゃあ、次の問題ねー。えっとー・・・・・・じゃあ、また闇の秘宝の話にしようかな。全部まとめて闇の秘宝って呼ばれてるけど、それぞれに名前があるんだよね。知ってた?」
「そうなのか?」
「知ってる!水の首飾りは、ラピクレスっていうのよ!フォール、知らないんだー」
「うるさいな。さっきのはお前、答えられなかったくせに」
「今度のはわかったもん!」
「じゃあ、お姉さん、後の四つの名前も全部答えられる?五つの名前を答える。これが三問目ね」
「う・・・・・・えっと・・・・・・他の島のは、その……」
「風の首飾りはリグラルド、炎の指輪はルビファン、地の剣がアレクソート、雷の冠がトルパット。これでいいかしら?」
「すごいすごい!人間たちの中でも、ちゃんと覚えてる人いるんだね」
「人間に当時から生きている人はいないけど、ちゃんと伝承はされているものよ」
「へー、えらいねー。えーと、じゃあ、最後の問題はねー」
結果だけで言うのなら、この後出題された四問目も、正解することができた。別に、問題の難易度は上がっていく仕様というわけではないらしく、アルにとって一番難しく感じたのは三問目だった。
ジェイドは約束通り、橋の上から退き先へ進む道を空けてくれた。ベルソードの街からの道から魔物たちがいなくなったかは、今すぐに確かめる術はなく不安が残るが、ユリは絶対大丈夫だと太鼓判を押した。
「だって、約束したもの」
「でも、嘘ついてるかもしれないじゃないですか!」
「魔物は、嘘はつかないのよ」
ユリがそう言い切れる理由はわからなかったが、今は先に進むしかない。四人は、対岸を目指し、長いつり橋を渡り始めた。
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