二十八話 風の縁
二十八話 風の縁
「へぇ、王都に行きたいんだぁ。珍しいね、旅人さん?」
開店前の酒場は、まだ客の姿もなく、従業員らしい数人の人影しかなかった。
「はい、そうですけど……」
出迎えてくれた女性は、いきなり来たアルたちに驚く様子もなく、「何にお困りかな?」なんて、訳知り顔で尋ねてきた。戸惑いつつも王都へ向かいたい旨を説明したアルは、女性の答えに力が抜けそうになった。
「行けないよ」
「え」
「みんなこんな感じだったでしょ」
「えぇ、まぁ」
楽しげに笑う彼女は、少し考えるそぶりを見せた後、じっとアルの顔を観察しだした。
「あの?」
「……知ってること、教えてあげてもいいけど、一つ確認してもいいかな?」
「え、はい。なんでしょうか?」
「君、ランフォードさんの親族?」
「ランフォード?……あ、父の知り合いですか?」
「お、息子かぁ!えっと……なんちゃらフォート君!」
「アルフォートです」
「あー、そうそう。そんな感じだった!」
満足気にほほ笑む女性は、アルフォートの父を知っているようだ。
「私ね、風の島から嫁いできたのよ。ランフォードさんには、昔お世話になったわぁ」
「風の島の出身の方だったんですか」
「えぇ。……知らない?ヨーケルって、私の兄なんだけど」
「……ヨーケル?」
「じゃあ、父のアレイは?」
「……あ、村長!?」
「え、村長?」
「え?」
なぜか噛み合わない会話に、二人で首をかしげる。
「……あ、そっか。そうそう、そういや村長になってた、うん」
「あの、どういう?」
「いやぁ、あたしがこっちに来たの、もう三十年近く前だからさ。親父は村長になる前だったし、ランフォードさんも……」
「え、三十年!?」
「……アル、女性に年齢を聞くのはやめておきなさいね」
「はい」
先ほどここまで案内してくれた男の子の母親である様子だったし、本人を見てみても、三十代か、多く見積もっても四十歳がいいところだろう。しかし、嫁いできたのが三十年近く前となると、その目算は正しくはないようだった。そうなると、実年齢が気になってくるところだが、笑みを絶やさない女性の顔を見て、アルはおとなしくユリの小声の忠告に従うことにした。
「というか、もう、村長は兄貴が継いでるって聞いたけど?」
「あ、そうでした!今の村長の名前って知らなかったんですよ……」
「お隣さんなのに、影薄っ」
「なんか、すみません」
「謝ることじゃないわ。そうそう、一応、ちゃんと自己紹介しとくかね。あたしはヤナーチェク=スラヴィア。ヤンと呼んで頂戴」
「スラヴィアさん……?」
「んー?ヤンと呼んでって言ったでしょう?」
「あ、すみません。それで、ヤンさん。そろそろ、教えて頂けるんですか?私たちとしては、次に目指すべき町の情報と、そこへ向かうのに都合のいい手段などがあれば教えて頂こうかと思っていたのですが」
「あー、そうだったね。いい加減本題に入らないとね。んー、何から話そうか。とりあえず、行こうと思えば行けなくはないのよ、実際は」
「え?」
「ただ、今は行かないほうがいいよ、ていう……アドヴァイス?」
「……今は、ということは、以前は問題なく行くことはできたんですね?」
「そうなるね」
「旅人は行っちゃダメっていうわけじゃないんだね」
ひとまず、王都入ること自体が禁止されているわけではないらしいことに一安心する。
「じゃあ、なんで、今は行けないのですか?」
「魔物が出るのよ」
「魔物が?」
「私たちは、その魔物を倒してこの町に入ってきたわけですけど」
町の外から、明らかに旅の装いでやってきた人間に対し、今更魔物の心配をするだろうか。
「そうよねー。でも、数が尋常じゃないわけ」
「数が?」
「そう。それに、実は、町の人たちも、理由ちゃんと知ってる人って少ないのよ。変に情報与えて、護衛を雇えば大丈夫だ!とか言って無理したら大変でしょう?だから、単に上からの命令で、しばらくあの一帯立ち入り禁止ってお触れをね」
「あの一帯ってなんですか?」
「あら?知らなかったの。この島を二つに分けてる大きな河があるでしょ?陸路で王都に向かうなら、絶対通らなきゃいけない橋があるのよ」
島を分かつ河に架かる橋は、数十年前に、国の主導で築かれたものである。大きな橋の建設は簡単なものではなく、現在もなお、河に架かる橋はその一つだけなのである。
「……つまり、王都へ向かうには必ず使わなければならない橋の周辺に、尋常じゃない数の魔物が出没中。危険だから、しばらくは王都へ向かうのは控えましょう、と?」
「そういうことね。」
町で、聞く人聞く人皆が行けないといった理由を、4人はとりあえず理解した。しかし、そうすると、今度は新たな疑問が出てくる。
「なら、なんで、オレたちは陸路で向かうこと勧められたんだろう?」
「ね。お金はかかるかもしれないけど、行けないよりはいいもんね!」
フォールとセイカが口にした疑問は、すぐに回答がなされる。
「あぁ、昨日の朝、ショウを発ってきたんだっけ?なら、仕方ないよ。お触れが出たのは昨日だから。まだ、向こうまでは情報が届いてなかったんだろうね」
「なるほど」
「そんな最近のことだったんですね」
「ここ数日のことだからね、王都に向かう商隊からの連絡が途絶えるようになったのは」
「数日ですか……」
きっと今頃、ショウの町にも知らせが届いていることだろう。
「彼女の質問にも答えておこうかね。次に目指すべきは、とりあえずつり橋でいいんじゃないかな。普通なら。で、橋を渡ったら直に城砦を持つ大きな街が見えるはずだから」
「それが王都ですか?」
「違うよ」
「え」
「そこはルクサイルド。この国の守りの要だよ」
「文献で知っています。城砦都市、ルクサイルド。確か、伝説の勇者が活躍した頃に作られたんでしたよね」
「その通り。時間的に、そこで一泊するのがいいだろうね。平時だったら、1日に1本だけど乗合馬車もあるんだけどね。今は徒歩で行くしかないから、ギリギリじゃないかな?ルクサイルドからは、もう、王都ランフェンを目指せばいいと思うよ。道も整備されてるし、北側は、南側より魔物も少ないって話だしね」
魔物と戦いながらの歩みは、通常のそれに比べてかなりの時間と体力、精神力を使う。魔物と会う頻度が低くなるというならば、当然、道程はかなり短縮できるだろう。
「で、まぁ、そんな感じに進めば行けるわけだけど。行くの?」
「……そりゃあ、行きたいです。魔物が出るというのも、ただ数多いだけというのなら、大丈夫かな、と」
「そういう、自分の力を過信した人間が無暗に近づくことを危惧して、詳しい理由は伏せられてるんだけどね」
アルの返答にヤンは苦言を呈すが、本人は全く気にすることなく、むしろ不思議そうに首を傾げる。
「でも、ヤンさんは教えてくれましたよね?」
「誰かの護衛をするわけではないし、何より、私たちの力を認めてくださっての判断だと推察していたのですが」
ユリの補足通り、アルもそういうことだと思っていたのだが、違ったのだろうか。
「理由を話しても、無謀なことはしない、賢明な子達だと思ったって言ったら?」
「……耳が痛いですね」
「まぁ、君らなら問題ないだろうとは思ってるけど」
「じゃあいいじゃないですか」
「そうだねぇ」
「……面白がってません?」
「はは。悪気はないんだよ?そうだ。お詫びに、いいものをあげよう」
ヤンは、いたずらを思いついた子どものようなイイ笑顔を浮かべて、話をつづけた。
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風の縁、風の島の、故郷の縁というか。そんなんです。
情報を下さるキャラ、だけではなくて、ちょっとだけ所縁のある人にしてみました。
だからと言って、特別、重要なキャラになるわけではないと思いますが。いや、わかりません。未定です。今のところ。
彼女の年齢は、まぁ。五十歳目前の風の島村長の妹ってことで、察してください。微妙にここも設定が考えてあったりするのですが、本編で触れると脱線しすぎるし、かといって、独立した話をSSでも書くほど出来上がっているわけでもないので、たぶん日の目を見ないかと;
後々、妄想が膨らんじゃったりしたら、何らかの形で書くかもしれませんが。こちらもわかりません。