二十六話 蒼髪の魔法使いの物語
また前後編に分けることも考えましたが、内容量はそれほど多くないのでそのままで。読みにくかったらごめんなさい。
二十六話 蒼髪の魔法使いの物語
ユリは、幼児向けの絵本を、真剣な顔で読んでいた。
「ユリさん、どんな話?」
「……確かに、青髪の魔法使いは悪役ね」
ユリは本から目を離すと、尋ねたフォールにむけて、「読む?」と、差し出した。
「じゃあ、そうします」
フォールは絵本を受け取ると、近くの椅子に腰かけて本を開く。
かわいらしいタッチで描かれた王さまとお姫様の絵の後ろには、メルヘンなお城と森の絵がある。
「わぁ、かわいい。私も見る」
船旅の疲れからか、先ほどまでは静かに体を休めていたセイカも、フォールの横に、本の見える位置にくる。
フォールはもう一つページを開くと、中身に目を通し始めた。
王さまと森のおひめさま
この物語は、15年前にあった実話をもとに構成しています。
これは 王さまが、まだ王さまになったばかりのころのお話です
ある日、王さまは、国のちかくにある、大きな森にでかけました
町で、森のうわさを聞いたからです
町の人は、森でまものがあばれてこまっていると言いました
王さまは、こまっている人たちをたすけるために、森に入りました
王さまが森でまものとたたかっていると、とおくから声が聞こえました
「たすけて」
王さまは、すぐにまものをたおすと、いそいで声のした方へ、走りました
森の中を走っていくと、大きなまものがいました
まものは、女の子を食べようとしていました
「おねがい、たすけて」
王さまは、けんをぬいて、たたかいました
とてもつよいまものでしたが、王さまはあきらめないで、たたかいました
長いたたかいのあと、王さまは大きなまものをたおしました
「ありがとう。あなたは、いのちのおんじんです」
女の子は、王さまにおれいを言いました
王さまは、女の子をみてびっくりしました
「なんてきれいな人なんだ。わたしとけっこんしてください」
王さまは、女の子がとてもかわいかったので、けっこんしたいと思いました
「つよくてやさしい人。わたしを、およめさんにしてください」
女の子も、まものからたすけてくれた王さまと、けっこんしたいと思いました
ふたりは、すぐにおたがいのことがすきになったのです
ふたりは、なかよくおしろにかえりました
おしろにかえると、おしろの人たちがむかえてくれました
きれいでやさしい女の子を、みんなはすぐにすきになりました
たくさんの人が、ふたりのけっこんをよろこんで、おいわいしてくれました
でも、ひとりだけ、青いかみのまほうつかいはちがいました
青いかみのまほうつかいは、王さまと女の子のけっこんに、はんたいしました
女の子をおしろに入れてはだめだと言いました
王さまは、女の子がすきだから、けっこんしたいとはなしました
でも、青いかみのまほうつかいははなしを聞いてくれません
女の子は、かなしくなりました
どうして青いかみのまほうつかいは、けっこんをおいわいしてくれないのだろう
女の子は、どうしたらけっこんをおいわいしてくれるのか、聞くことにしました
青いかみのまほうつかいは、女の子がへやにくると、中に入れてくれました
女の子は、聞きました
「どうして、おしろにいてはいけないの?」
「なんで、けっこんをおいわいしてくれないの?」
青いかみのまほうつかいは、いじわるなかおをして言いました
「王さまとはけっこんさせない。きみは、わたしのつまになるんだ」
青いかみのまほうつかいは、じぶんが女の子とけっこんしたかったのです
「いいえ。わたしがすきなのは、王さまだけです」
女の子は、青いかみのまほうつかいのはなしをことわりました
「なんだと。じゃあ、もう王さまにあえないようにとじこめてやる」
女の子は、とじこめられてしまいました
青いかみのまほうつかいは、じぶんとけっこんするなら、ゆるしてやると言いました
でも、女の子がすきなのは、王さまだけでした
「いやです。わたしは、王さまがすきなんです」
女の子がそういうと、青いかみのまほうつかいはおこりました
「じゃあ、その王さまを、ころしてやる」
「やめてください」
青いかみのまほうつかいは、王さまのところにいこうとしました
「おねがい、王さまをころさないで」
女の子は、ないておねがいしました
「じゃあ、わたしとけっこんするんだ」
女の子とは、なみだをながして、うなづこうとしました
そのときです
「まて、そこまでだ」
へやに入ってきたのは、王さまでした
「うるさいやつだ、やっぱりころしてやる」
青いかみのまほうつかいは、王さまにまほうをかけました
でも、青いかみのまほうつかいのまほうは、王さまにはねかえされてしまいました
「おまえのまほうは、わたしにはきかない。かんねんしろ」
王さまにけんをつきつけられて、青いかみのまほうつかいは、くやしそうに、うなづきました
「だいじょうぶですか?」
「はい、ありがとうございます」
「よかった」
ふたりは、だきあってよろこびました
「もうじゃまする人はいない。けっこんしてくれますか?」
「はい、王さま」
森にすんでいた女の子と、王さまは、けっこんしました
女の子は、この国の王女さまになりました
ふたりはしあわせにくらして、かわいい女の赤ちゃんが生まれました
めでたし めでたし
1748年 発行
絵本を読み終えたフォールはそれをテーブルの上に置くと、難しい顔をする。
「どうした?」
彼のそんな様子を疑問に思ったアルが、尋ねる。
「いや、これ……なんて言うのかな?なんか、変な感じが……」
「変?」
「うん……なんか、よくわからないけど。不自然な感じ?」
「不自然か……ユリは、どうだった?」
アルは先に読んでいたユリに問いかけるが、彼女自身は別の本に集中していて、こちらの会話は聞こえていないようだ。
「……あの、ユリが今読んでいるのって……」
「あれは、先ほど話した、もう一つの物語……その絵本の最後に生まれた姫君が主人公の、悲劇の戯曲台本です」
「戯曲?」
「演劇の台本ですよ。舞台設定や人物の動きの説明と、役者名、セリフだけで構成されています。なれない方には、少々読みにくいかもしれませんね。劇団によって部隊が作られて、初めて完成する芸術ですから」
「そうなんですか。……あの、あれは、どんな物語なんですか?」
「同じく、実話をもとに作ったというものですよ。主人公は、先ほども申しあげたとおり、先ほどの絵本の中で結ばれた王さまと森に住んでいた女の子の間に生まれた姫君です。名前は、ミルトニア様。彼女は、魔法の心得もあり、他にない発想力をお持ちの方でした。彼女が発案し、作られた魔道具は、現在も重宝されています。魔法使いや、技術者の間では、そうした魔法研究者として有名なのですが、多くの国民にとっては、とても美しい姫君だった、ということの方が有名ですね。現在の国王陛下の姉君になるのですが、家族写身を見ても、そのお美しさは際立っておられます。」
「家族シャシン?」
「あぁ、失礼しました。写身器も、ミルトニア様の発明した魔道具の一つです。光魔法や炎魔法、もしくは雷魔法を応用しているものなのですが……紙や木、布などに、絵を焼き付ける道具なのです。風景や、人物を、そのまま切り取ったように、精巧な絵を写し出すんです」
「そんな道具があるんですか」
「はい。わが国自慢の発明品です」
アルの感嘆の声に、女性は得意げに笑った。
「あの……それで、どんな話なんですか?」
「あ、すみません。そうですね、あらすじになりますが、ざっと説明しますか」
女性は話が逸れたことに一言謝罪してから、もう一つの物語の概要を話し始めた。
物語は、主人公であるこの国の姫、ミルトニアが十七歳のときから始まる。
父である王は多忙の日々を送っており、実の娘であるにもかかわらず、共にいられる時間は少ない。母である、森で育った元・少女は、ミルトニアが生まれた時からずっと病弱で、家族らしい時間を過ごした記憶がほとんどないまま、四年前に亡くなってしまった。
そんな彼女にとって、一番身近な存在だったのが、蒼い髪の魔法使いだった。
「え。嫌な人なんじゃないの?」
「まずは全部聞けよ」
蒼い髪の魔法使いは、ミルトニアのそばにいて、父のような、兄のような存在として振る舞っていた。ミルトニアは、そんな彼を信頼し、いつしか恋心まで抱くようになっていた。しかし、そんな蒼い髪の魔法使いとも、成人した昨年から会えなくなってしまい、恋い焦がれる切ない気持ちは募るばかりだった。
彼女はある時、その募る思いを蒼い髪の魔法使いに伝えた。蒼い髪の魔法使いは、笑顔でそれを受け入れてくれた。
ミルトニアは、蒼い髪の魔法使いは、自分を娘のようにしか思っていないのではないかと心配だったし、姫という立場にある以上、その思いが叶うとは思っていなかった。一時の夢かもしれないと思いながらも、ミルトニアはその幸せをかみしめていた。
不思議なことに、ミルトニアには政略結婚の話が来ないまま、二人は恋人同士の時間を過ごした。
そうして四年たった時、ついにミルトニアにも結婚の話が来た。悲しみに心が張り裂けそうになったが、その結婚相手が蒼い髪の魔法使いであることを知り、驚き、そして喜んだ。
蒼い髪の魔法使いは、四年かけて王を説得したのだ。王は、蒼い髪の魔法使いがミルトニアを大切にしているところも見てきていたし、ミルトニアが彼のことを慕っていると知っていたために、しぶしぶ了承した。ミルトニアは、ずっと慕ってきた人と結婚できることを素直に嬉しく思っていた。
「なぁ、これって、ただの恋愛もの?じゃねぇの?」
「うるさい!今いいとこでしょ」
「さっきは自分がうるさかったくせに……」
しかし、悲劇は結婚の後に訪れた。ある時ミルトニアは、人々の会話から、夫となった蒼い髪の魔法使いと両親の間にあった出来事を知り、ショックを受ける。その上、こっそりと調べた結果、八年前の母の死も、彼女を手に入れられなかった蒼い髪の魔法使いが、その腹癒せにかけた呪いのせいだと判明した。
そして、ミルトニア自身も、かつて手に入れられなかった母親の代わりに妻にしたかっただけなのだと気付く。母親のことに対する恨みと、身代わりにされたという悲しみに襲われたミルトニアだったが、それでも彼女は、蒼い髪の魔法使いを嫌いになれなかった。そして、そんな自分に絶望した。そんなどうしようもない想いを弟にも相談したが、解決策は何も浮かばなかった。
そんな中、ミルトニアの妊娠が発覚する。ミルトニアは両親のことを思うと喜びきれないでいたが、お腹の子どもは確かに自分の子である。それに、ミルトニアを心配する蒼い髪の魔法使いは本当に優しくて、彼の愛情を疑う自分がおかしいのではないかと感じてしまうほどであった。
そんなに不安であるのならば、無理に生むことはないとまで、苦しそうな顔で言われてしまえば、過去のことは過去のことで、今の彼の愛情は本物であるとしか思えなかった。そして、そんな彼を疑ってしまったことに、さらに自己嫌悪が高まったのだった。
そして、その年の夏。ミルトニアは死んだ。彼女が産み落としたのは、翼と牙をもった悪魔だったのだ。表向きには、産後の肥立ちが悪かったためと説明された。しかし、蒼い髪の魔法使いの暗い部分を知る父王や、ミルトニアから相談を受けていた弟である王子は、ミルトニアの死は悪魔の子を宿したせいだと察しがついていた。
ミルトニアの死から三年、蒼い髪の魔法使いはこの世を去る。ずっと機をうかがってきた王と王子は、ついに娘の、姉の仇をうったのだ。そして、その時蒼い髪の魔法使いを直接討伐したのが、現在の国王陛下、クロトスなのである。
「……えっと、それで、物語は終わりなんですか?」
決して短くはない物語を語り終えた女性に、一番に声をかけたのはアルだった。
「はい」
それに対する女性の返答は、ごくごく身近なものだった。
「なるほど。結局は、現在の国王陛下万歳、て内容なわけね」
「え、あ。はい、まぁ、そうですね」
ちょうど台本を読み終えたらしいユリも、話の輪に加わる。
「あの、なんていうか……面白い内容でなはかったですよね?」
「そうでしょうね」
「重要なのは、これが実話を基にした物語であるということでしょう?国民に愛されたそれは美しい姫君を襲った悲劇。そして、その仇を見事討ち取った国王陛下万歳……御貴族様が好みそうな内容よね」
「え、あの、そうなんですか?」
思っていた以上に淡々とした答えが返ってきて、フォールは言葉を詰まらせた。
「貴女が言ったことは理解しました。確かに、私は簡易な変装をした方が良さそうですね。行く先々でこれでは、旅に支障が出てしまいますもの。どこか……奥の間を貸していただいても?」
「えぇ、構いません。どうぞ……そちらの扉の向こうの部屋を、ご自由にお使いください」
「ありがとう」
ユリは笑顔で礼を言うと、奥の部屋へと入っていった。
残った三人は、ユリを見送ると、本を片付け始めた女性に従いそれを手伝う。
「……少し前までは、違ったんですよ」
唐突に話し始めた女性に、三人の注目が集まる。
「蒼い髪の魔法使いと言えば、かつて伝説の勇者と共に闇を打倒したメンバーの一人。最高の魔法使いとまで謡われた彼は、現在でもなお、魔法使いたちの尊敬の対象です」
「それって……」
アルは聞き覚えのある単語に、炎の島で聞いた会話を思い出す。
『君は……知らないかな? 歴代最高・最強と謳われた魔術師、クルソウド・ライ=トゥルークを』
『トゥルーク家特有の群青色の髪。聞いたことがあるだろう?』
「クルソウド・ライ=トゥルーク……?」
「ご存知でしたか、さすがです」
旅に出るまでその名前を知らなかったアルは、女性の賞賛に痒い気持ちになった。
「まったく、迷惑ですよね。近年の馬鹿者の所業のせいで、かつての英雄の特徴が汚されているのですから」
彼女の憤慨を示す発言で、この話は終わりになった。
翌朝、「図書館」出る若者たちを、そこの主である女性が見送っていた。
「道の整備が悪くて、馬車などはありませんが、今から出れば夕刻には、ベルソードに着けるはずです」
「そこが、一番近い町なんですよね?」
「はい。あとで、宿の予約を入れておきますね」
「ありがとうございます」
女性と話していたアルは、笑顔で礼を言った。
「魔女様は……その色ならば、次の町では不愉快な思いをされることはないと思いますが、お気をつけて」
「えぇ。忠告、感謝するわ」
静かに礼を言うユリの髪は、いつもの鮮やかな群青色ではなく、明るい茶色になっていた。
「結構印象変わりますよね」
「そう?」
「これも魔法ですか?」
「そんなものね。染料じゃあ、簡単に落ちてしまうかもしれないでしょ?」
「へぇ……」
魔法によって色を変えた髪は、彼女の印象を少々和らげているように見える。
「それでは、皆さん。道中、魔物の襲撃にはお気をつけて」
「はい。お世話になりました」
こうして、彼らは大地の島の二つ目の町、ベルソードへ向けて、徒歩での移動を開始した。
.
童話ってどんな感じでしたっけ?
いつもと違う雰囲気に挑戦しようとして、なんか中途半端になってしまった気がします。
前回、早くお送りできそうと言っておきながら、結局半月は経ってしまいましたね。
なかなか、思うように筆が進んでくれませんでした。ごめんなさい。
今回は、大地の島の導入部としてちょっと話数を割きましたが、これからは、メインとなる場所までは、どんどん進んでいきたいと思います。
ただでさえ、広い島なので。イベントもつめ放題です(笑)
台風のあと、というより、複数の台風が来て、過ぎていくたびに、寒さが増していって、秋めいて行っているように感じます。
気温の変化で体調を崩すことがないよう、気を付けましょう。
2013.10.16