二十五話 港町‘ショウ’
女性の案内で、周りの民家よりも一回り大きな建物に着いた。
「……図書館?」
フォールは、建物の入り口横に書かれていた文字に、首をかしげる。
「はい。うちは、伝説の勇者の時代からここに暮らしていましてね。高祖父が趣味で集めた蔵書を、祖父の代から、こうして公開しているんです」
「すごいですね……」
「まぁ、公開していても、この町で字を読める人の割合は高くないですし、その中でも本に興味がある人というと、もっと限られてしまうのですが」
女性は苦笑しながら、4人を中へと促す。
「この奥の……休憩スペースを使ってください。宿と違って大したおもてなしはできませんが、野宿よりはいいと思いますよ」
「ありがとうございます」
4人はそれぞれ荷物を置いて、思い思いに目を向ける。
「皆さん、この町のことはご存知ですか?」
「と、いうと?」
「ここは、伝説の勇者が立ち寄った町として、有名なんですよ」
「そうなんですか」
「勇者ショウヤが、勇者と呼ばれる偉業を成し遂げる前……旅に出て一番初めに救ってくださったのが、この町なのだと伝わっています」
「そう、だったんですか……」
女性の話に相槌を打ちながらも、いろんな町を旅したと伝わる勇者が立ち寄ったといっても、それほど関心はなかった。しかし、一応、ちゃんと「勇者の立ち寄った町」としてのアピールポイントはあるらしい。
「……じゃあ、まさか。この町の名前って……」
「えぇ。勇者の名前からいただいています」
アルはもちろん、別の島とはいえ近隣の町出身であるフォールとセイカも初耳だったようで、3人そろって女性の話に感心していた。
「詳しいのですか?この島の歴史に」
「えぇ。少なくとも、この村の中では一番だと思いますよ」
ユリの問いに、女性は得意げに答えた。
「……いくつか、訪ねたいことがあるのだけれど」
「どうぞ。……きっと、お役に立てると思います」
女性の了承を得て、ユリはこの島に着いてから、疑問に思っていたことを口にする。
「宿屋では満室だと言って断られたけど、受付の奥にはまだ、客室のカギが残っていたわ。外出しているだけの人ももちろんいるでしょうけど、時間的にそれも多くはないのではないかしら?」
「つまり、宿屋の人間が嘘をついていたのではないか、ということでしょうか?」
「そうね……。あるいは、これから町に到着するお客様がいるのかもしれないけど、普通、町に入ってもいないお客様の数を把握するなんて困難でしょ。だったら、私たちを泊めたくない理由があったんじゃないかと考える方が簡単だと思うのだけれど……どうかしら?」
失礼ともとられかねないユリの言葉に、アルは驚き、フォールは感心し、セイカは首をかしげていた。
「泊めたくないと思われる理由に、心当たりでも?」
「それも知りたいことの一つね。この町に入ったときから、妙に見られているのよね。あなたがそうだったように、アルに向けられたものがあったのも事実だけど……一番多かったのは、圧倒的に、私へのもの。それも、ただ珍しいとかそんなんじゃなくて……嫌悪、恐怖……そういった対象に向けるものだったように感じたわ。なぜかしら?」
女性の問いに、ユリは疑問の根拠と更なる疑問をぶつけた。
「そうですね、何からお答えしましょうか……」
女性が少々考えるそぶりを見せると、突如、部屋の奥の方から鈴の音が響いた。
「え?なに、何の音?」
「あら、いいタイミングで。よろしければ、ついてきてください。見たほうが速いでしょうから」
女性の言に、座っていたものは立ち上がり、4人は耳慣れない音に警戒しながらも、彼女に続いて部屋の奥、音源に向かった。
「これは……?」
そこには、小さなテーブルと、その上に置かれた箱型の何かがあった。音は、箱型の物からしている。音と連動するように箱の天面にある緑色の石が点滅しているほか、箱の側面には筒状の何かが取り付けられ、前面には赤と青の石がはめ込まれている。
なんにせよ、4人が今までに見たことがない、正体不明の物であることはわかった。
「すみませんが、少し待っていてくださいね」
女性はテーブルの前にある椅子に腰かけると、紙とペンを取り出してから、未だに音を鳴らし続ける箱から、筒状のものを取り外した。それと同時に音は鳴りやみ、点滅していた緑の光が静かに灯った。何が起きているのかと4人が困惑しているうちに、今度は前面に取り付けられた二色の石が交互に2、3度光る。女性は光を観察して頷くと、青い石に手を伸ばし、そのまま一度押し込む。すると、また青い石が数度、赤い石が数度光り、それに答えるように女性は青の石を押し込む。そんな作業を数回繰り返した後、緑の石の光が消えて、彼女はテーブルに置いていた筒状のものを箱の側面へと戻した。
4人は、一連の動きを呆然と見ていることしかできなかった。
「お待たせしました。こちらの用件は済みましたので……ご質問があれば、承りますよ」
「……今のは、何を?」
「先ほどの……一つ目の質問のほうの答えにもなるかもしれませんね。今のは、宿の予約連絡です」
「予約?」
「誰が……どうやって?」
「うちに予約してくるのは、隣町のベルソードからくる人位ですよ」
アルとフォールの疑問に対して、彼女は半分だけ答えてくれた。しかし、まだまだ分からないことだらけである。
「魔道具よね、それ」
「さすが魔女様。おわかりになりますか」
ユリのつぶやきに、彼女は満面の笑顔を浮かべる。
「これは、『伝話器』と呼ばれる魔道具です」
「でんわき?」
「受話器……先ほど私がとった、筒状のものですね。それを外すことで、伝話器は使用可能な状態になります。あとは、前面にある二つのボタンを押すことで通話の相手を指定して……先ほどは、この、ショウの町の伝話器が指定されたんです。そして、ご覧になった通り。指定された伝話器は鈴の音を鳴らすことでそれを知らせます。相手が受話器を取れば、信号の通信が可能になります」
「信号?て、さっきの……赤と青の光のことですか?」
「はい。二色の光の組み合わせによって、相手に伝えたい情報を伝えることができます。信号はグランド国内で取り決められていまして、先ほどのものは、『宿の予約』でした。明日の朝ベルソードを出立する商隊がいくつかあるようですね。私は、それに対して青のボタンで了解、あるいは赤のボタンで受け入れ不可、などの返答をしていたのです」
「……じゃあ、宿の部屋にまだ空きがあっても、満室だと言われたのは……」
「おそらく、深夜に着くはずの予約のお客様が入る部屋だということでしょう」
「なるほど」
一人、ただ静かに女性の説明を聞いていただけのユリだけは納得の顔をするが、他の三人はそうはいかない。
「てか、そもそも魔道具って?」
「魔法使いが作る、魔法みたいに不思議な機能を備えた道具のことよ」
「ユリシアさんも作れるんですか?」
「魔物の洞窟でフォール君にあげたあれも、一応魔道具の一つだけど」
「え、そうなんですか!?」
一度脱線した話を、アルはまた元に戻す。
「国で信号を決めているってことは……その伝話器は、国が管理しているんですか?」
「……伝話器は、三十年ほど前に発明されて、今ではグランド国内の各町に設置されています。しかし、現在伝話器を作れる人間はおらず、現在確認されている伝話器5つは、そのすべてが発明された当時に作られたものです」
女性はまた、先ほどの場所に戻るように促す。それに従い、5人は休憩スペースに戻り腰を降ろした。
「えっと、つまり……さっきの伝話器っていうのがこの国にはあって、それのおかげで宿も予約が可能。今日宿に泊まれなかったのは、その予約も含めて、満室だったから……て、ことですよね?」
「……その件ですが、理由はそれだけとも言えないんです」
「え?」
「確かに予約システムは確立されていて、今夜も予約客は多くいます。でも、あと何部屋かは空きがあるはずなんですよね。町で唯一の伝話器を持っていて、予約客の受け入れ窓口をしているのは、私ですから」
「じゃあ、なんで……?」
「それが、私に向けられる悪意の目線と関係してくるのかしら?」
「……結論から言いますと、その通りです。進言いたします。魔女様、この国に滞在している間は、変装をするべきです」
「それは何故?」
「魔女様……『蒼い髪の魔法使い』は、わが国で親しまれている二つの物語において、敵役なんですよ」
「え?」
そんな理由で?と続くはずだった言葉は、彼女の言葉の続きによってさえぎられた。
「先王様を巡るこの物語は、数十年前に会った実話をもとにした……片方は絵本として、片方は悲劇の演目として、広く国民に親しまれています」
「……実話?」
「はい。物語の主人公のモデルは、先王陛下と、その姫君で……あの伝話器の発案者であり、グランド王家始まって以来の美姫として名高い、ミルトニア様です」
「…………その物語、この図書館には置いていますか?」
「えぇ、両方とも、ございますよ」
水の島で大人の男たち相手に立ち回っていた時と似ているようで違う、温度のない声に、アルと、フォールもユリの顔をうかがう。
女性に本の場所を教えてもらっているユリの表情は、声同様、感情が読めなかった。
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少々時間が空いてしまいました。すみません。
ほんとは先週更新する予定だったのですが、PCを開く時間が思うようにとれず。次話は、今回よりは、早くお届けできるのではないかと……思いたいです。
なんか、説明の多い回ですみません。次も、表現の都合上文字数だけ稼いじゃいそうです……読みにくかったらごめんなさい。先に謝っておきます。
2013.10.12 誤字訂正