二十四話 大地の島
二十四話 大地の島
近海で一番大きな島。豊かな土壌を有し、近隣の島々の中で中央に位置することから、かつては貿易の要所としても栄えた。大地の島と呼ばれるその島は、王城とそれを取り巻く街並みの他、大森林と第二の都市を有する北側と、港町や行商の中継地点として栄える商業都市を持つ南側に、大河によって分断されている。
その南側にある港町‘ショウ’に、一隻の、小さな舟が入港した。
「あー、やっと着いた……」
一番に下船してきたのは、青みがかった黒髪に、褐色の目をしたなかなかの美少年だった。ただし、その整った顔も、今は疲労で歪んでいる。
「今回はそれほど長い航海ではなかったでしょ?」
続いて降りてきた少女は、その瞳と同じ群青色の髪を海風になびかせながら、涼しげな顔をしていた。
「なんか、もう……距離の問題じゃないよ、これは。」
「……そうかもしれないわね。」
そう言って、彼女は、まだ舟に残る二人に目を向けた。
「大丈夫?降りたほうが、空気が気持ちいいわよ?」
「魔物こわい魔物こわい……」
「ぎもぢわるい……」
彼女の呼びかけに帰ってきた声は、返答とは言い難いものだった。
「……とりあえず、二人には酔い覚ましかしら?」
「あー、あると助かる。」
「ありがとうございます……」
前回の航海後の経験からか、彼女はすでに調合を終えている丸薬を取り出し、少年たちへと手渡す。
「はい、アル」
「サンキュ」
「フォール君も」
「ありが……なんですか、これ?」
初めて彼女の魔法薬を見るフォールは、その何とも言えない色合いに、顔を引きつらせる。
「これが良く効くんだって。だまされたと思って飲んでみろよ」
躊躇なく飲み込んだアルは、その効果をすでに前回の航海で実感済みである。
「いらなければ、返してくれればいいわよ?貴重な材料も使ってるし」
「…………あー、じゃあ、いいです。オレ、いろいろあって気分悪かったけど、船酔いじゃないと思うし……アルのために取っておくほうがいいんじゃないかと」
薬をもらうために船から降りてきたフォールは、外の空気を吸ったおかげか、顔色は格段に改善していた。確かに、舟の揺れに酔ったというより、中の空気に不快感を覚えていただけなのだろう。
「……確かに、大丈夫そうね。フォール君は、舟には強いの?」
「あの島じゃ、弱くちゃやっていけないですよ」
「なるほどね」
水の島は、その名の通り町のほとんどが水に囲まれている。日常から移動手段のほとんどは舟であり、内海といえども波が存在するため、舟の揺れには自然と強くなるのだろう。
「じゃあ、セイカちゃんも、船酔いではないのよね?」
「え?……そうですね。船酔いはしないはずです」
「……まったく、世話が焼けるんだから」
幼馴染でセイカのことを仲間内の3人の中では一番理解しているだろうフォールに確認をとると、彼女は一つため息をついてから、舟に残ったままのセイカのもとに歩み寄る。
「魔物を見るのは初めてじゃないでしょう?これから旅を続けるのなら、魔物との接触は避けられないわよ?海だけじゃなくて、陸地にも彼らは生息しているの」
「え、ユリ?」
怯える少女にかけるとは思えない、厳しい言葉に、アルは戸惑いの声をもらす。
「無理だと思うなら、おとなしく島に帰りなさい。今なら、無事に帰れるよう手配してあげる」
「え……」
「魔物と対峙する覚悟がないのなら、家でおとなしくしてなさい。それが、お互いのためになるのよ」
「あたし……」
ユリの言葉は厳しかった、でも、ちゃんと、覚悟をしてもらわなければいけないことだと、アルも理解したため、黙って見守っていた。
効果の早い魔法薬のおかげで、アルの気分がよくなってくるころ、セイカはやっと顔を上げた。
「大丈夫です。さっきは、さらわれた時のことを思い出しちゃっただけです。魔物と戦う覚悟は、旅立つ前に決めてきました」
「……そう。なら、いいわ」
セイカの顔に覚悟を見たのか、ユリは厳しい表情を消すと、荷卸しに戻っていった。
「あ。オレもやります!」
着いてすぐの時は動けなかったフォールも、魔法薬で回復したアルも、急いでそれに加わった。
町に入った4人は、橙色に変わり始める空を見て、宿をとることに決める。
「……なぁ、なんか……妙に見られてないか?」
船を降りた時点から感じていた違和感に、アルが静かにそう漏らす。
「旅人が珍しいんじゃねぇの?」
「確かに、それもあるでしょうけど……確かに、妙ね」
町の規模の関係か、視線の数はそれほど多くはない。しかし、会う人会う人皆が、好奇の目を向けてくるのだから、不自然極まりない。
「……なるほど?」
「どうした?」
「詳しい理由はわかんないけど、私を見てる人間が多いみたい」
「なんでまた……」
「魔法使いの髪は、珍しいのかしらね?」
その言葉に、アルはユリの髪に目を向ける。ユリの髪は、他では見たことがない、鮮やかな青色をしている。普通ではありえない色だが、魔法使いならば珍しくもない。
魔法使いの一族の多くは、その魔法を使える血統を残すために、ある魔法を使っている。生まれてくる子どもにかけられるその魔法は、その子に魔法の才能があれば、任意の髪色に変化するというものだ。その色は、一族によって様々であり、炎の国の長を長く務めてきたグレネード家は若草色、北の地の魔法使いの一族は紫色など、一目見ただけでどこの魔法使いなのかわかるほど有名なものもある。
アルは、生れた村でこそ突飛な髪色の魔法使いとは縁がなかったものの、ユリと出会ったのが変わった髪色が目白押しの魔法学校である。彼女の髪色はとうに見慣れており、珍しいものであるという認識は持っていなかった。
「大地の島は、人口も多ければ、魔法使いも多いところだと思ってたけど……」
「王都のほうはそうかもしれないけど、ここは最南端の小さな港町だもの」
「なるほど」
「あの、あそこに見えるのって、宿屋じゃないですか?」
セイカが指さす先を見れば、この町の宿屋があった。4人は荷物を持ち直すと、宿へと向かった。
宿は、それほど大きくもなく、しかし小さくもない……風の島の村長宅や、水の島の町長宅よりは大きいが、炎の島の魔法学校のような異様な大きさでもなかった。
「予約でいっぱい?」
「はい。申し訳ありませんが……」
「このご時世、旅人がそんなに多いとは思えないのだけれど?」
「外の島からいらっしゃる方は多くないのですが、島内での交易はありますので、商人やその護衛をする方々など、宿を利用する人は結構いらっしゃるんです。うちは、何分、小さな宿ですので……」
「そうですか……」
宿に宿泊を断られた4人は、他に行く当てもなく、町の中で立ち尽くした。
「どうしましょう?」
「他に宿は?」
「無いはずだぜ?オレ親父とここ泊まったことあるし、知ってる」
「困ったわね……」
そんな4人を、町の人々は遠巻きに眺めるだけである。魔法使いがそんなに物珍しいのだろうか。
「……あれ?」
しかしアルは、自分にも幾分の視線が向けられていることに気づく。祖の視線の一つとまた不思議なことに、その主である女性がゆっくりと近づいてきた。
「……あの、何か?」
戸惑うアルを他所に、彼女はにっこりとほほ笑むと、4人の視線が集まるのを待つ。
「今夜の宿は、お決まりですか?」
彼女からの問いに、4人は顔を見合わせると、代表してアルが返答する。
「見ての通り、宿が決まらず途方に暮れています」
「そうですか」
彼女はそれを聞いて、またにっこりとほほ笑んで、言葉を続けた。
「よろしければ、我が家に招かれませんか?」
「……それは、泊めてくださるということですか?」
「えぇ」
「あなたも宿の経営をしていらっしゃるので?」
「いいえ。ですが、宿の方は満室でしたでしょう?うちは宿ではありませんが、宿をとれなかった旅の方に、よく宿泊場所を提供しているんです」
4人は、また、顔を見合わせる。
「……どうする?」
「他に方法もないし、ご厚意に甘えればいいんじゃない?」
「テントとかも持っていますよね?あとは、舟で寝るとか?」
「えー、せっかく町に来たのに、ベッドで寝られないの?」
「野宿では疲れも取りきれないし、舟はいつ魔物に襲われるかわからないわ」
ユリのこの言で、方針は決まった。
「じゃあ、お言葉に甘えます。俺たちを、貴女の家に泊めてもらえませんか?」
「はい。もちろんです」
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地の巻、まずは島に上陸です。
今回はちょっと今までより大きな島なので、話数もかなり多くなる予定。
謎の視線
満室の宿
謎の女性
いろいろ出しすぎでしょうか?
まぁ、ほぼ次話で解決?する予定なので、安心してください。
まぁ、どこまで情報を開示するかは未定ですが。
急いで書いたので、また加筆修正するかもです。
それでは、次の更新は…残業続きなのでいつになるかわかりませんが、頭の中にはあるので、何とかなると思います。