二十三話 英雄の資格 前編
二十三話 英雄の資格
小さな船に揺られて、水の島に帰り着いた4人は、町長であるソイド氏と、祭司に迎えられた。
祭司がセイカの無事の帰還に喜び、町長が息子の勝手な行動に怒り、子どもたちが共に帰ってこられたことをアルとユリの二人に感謝した。
教会に場所を移すと、母親たちが待っており、それぞれ息子と娘を抱きしめ、涙を流しながら喜んでいた。
一通り抱擁や説教と、感謝の言葉が終わると、礼拝堂から奥の部屋へ移動し、8人でテーブルを囲んだ。
「それで、話というのは?」
「我々が、闇の秘宝を回収している言ったことは覚えていますか?」
「……はい。確か……戻ってきたら、その理由も話してくれると……そう、言っていましたね」
娘を助けたという実績があるため無下にはできないが、求めるものが闇の秘宝ということもあってか、祭司の表情は複雑なものだった。
「……アル、あなたが話したほうがいい」
「え……?」
昨日の流れで、今日も祭司と町長との会話はユリが主に担当していたが、本題を話すにあたり主導権はアルに託された。
「女神様に選ばれたのはアルだもの。私が話すのはおかしいでしょ?」
「そう……なの、かな?」
セイカを助けに出るときはユリがどんどん話を進めてしまったし、自分が女神に選ばれたというのも、ずいぶん大げさなことのように聞こえる。
「女神さまは、他でもないあなたに秘宝の回収を頼んだ。私や他の誰かじゃなくて、あなたに。わかる? 私に説明した時はできたじゃない。また、同じことを説明すればいいのよ」
「…………そうだな、わかった」
アルは覚悟を決めると、自分の親とそう変わらない歳の大人たちを前に、説明を始めた。
「女神が、貴方に神託を与えたってことですか?」
「神託……まぁ、そう呼ぶんですかね?」
たいそうな表現に否定したい気持ちにかられたが、間違った表現ではないと考え直す。
「そんなことあり得るか!祭司のように神に仕える者ならともかく、なぜ……君のような少年に……」
町長はアルの経験談への疑惑の念と、恩人への感謝の念とで複雑な顔をする。神の存在までは疑わなかったのは、さすがは教会を持つ町の長といったところか。
「俺も、なぜなんだかよくわからないんですが……」
アル自身も不思議に思っていたことだけに、反撃の言葉もない。
「そんなの、風の女神さまだからに決まってるじゃないですか」
「え?」
しかし、思わぬ答えを口にしたのは、案の定というべきか、ユリであった。
「他の方々ならともかく、祭司様はご存知でしょう?かつてこの世界を救った勇者は、風の精霊の祝福を受けていたことを」
「……あぁ。それは、知っているよ」
「彼は、その風の精霊たちの王である風の女神さまに好かれた勇者様の……何代目かまで走りませんが、その勇者様をご先祖に持っているのですよ」
「え?!」
「勇者の子孫だって!?」
「え、マジ?」
「うそー!!?」
それぞれがそれぞれの反応を見せる中、
「え、そうなの?」
一番驚いていたのは、アルだった。
「え、違うの?」
疑問に疑問で返すユリに、アルは面食らう。
「え。俺、そんなこと言ったっけ?」
「…………まぁ、とにかく。彼が女神に選ばれた、かつての勇者の遺志を継ぐものということは確かだと思っています」
何を根拠に行っているのか、自信たっぷりに言い放つユリに、一同は言葉を失った。
「……そういえば、貴女は一体?」
「そういえば……」
アルの説明では、旅に出ることになった経緯しか出てこなかった。炎の島を経て、この水の島にやってきたということは簡単に話したが、ユリについては特に詳しくは話していなかったのだ。
「えっと、」
「申し訳ありません。まだ、名乗っていませんでしたね」
アルが目を向けると、彼女はにこやかに、しかしどこか威厳を感じさせる雰囲気を持って、話し始める。
「わたくしは、先日の長決めの儀にて、先代、レダ=グレネードより、学校長兼国長の任を引き継ぎました」
「レダ……というと、」
「はい。現・炎の国の長、ユリシアと申します」
ユリの名乗りに、町長は驚きと疑いの両方の混じった表情をし、祭司は何か思うことがあるのか、思案顔をしている。
「炎の国の長ということは、国最高の魔法使いだと? 君が?」
「最高を名乗るのはまだまだ実力不足だと自認しています。しかし、魔法は得意ですよ?」
このような反応は想定していたのだろう、ユリは笑顔でそう答えた。
「貴女が炎の国の長というのなら、なぜ彼とともにいるのですか?」
祭司もまた、疑問を投げかける。
「祭司様はご存知でしょう? 炎の国の長にも、代々闇の秘宝の一つが受け継がれています。アルが今回と同じ理由で、私のもとを訪ね、彼の説明を聞いた私は、私も旅に同行することを条件に、闇の秘宝の回収に応じたのです」
「…………なるほど」
「それでは、君……ユリシア殿も、闇の秘宝の一つを有している、と?」
「お見せしましょうか?」
「え!?」
「減るものでもないですし。構いませんよ」
国宝扱いもされている闇の秘宝を、軽々と他国民の前に出すという発言に周りが驚く中、ユリは余裕の笑みでそれを取り出した。
「これが、フィアリに託された、炎の指輪です」
それは、金色のリングに、大粒の紅い石がはめ込まれた、不思議な輝きを放つ指輪だった。はめ込まれた石……宝石の土台となるリングには、炎を模した細工が施されている。
「これが……」
「まさか、他国の秘宝を実際に目にする日が来るとはね……」
水の島の人々は、秘宝の美しさに一しきり感心した後、しかしこれが本当に闇の秘宝なのかという疑いの目を向ける。
そもそも闇の秘宝のことをよくわかっていない者が多いのだ。そして、一番詳しいはずの祭司でさえも、水の首飾り以外は実物を見たことがないというのだから無理もない。
「そんなに気になるなら、手に取ってみます?できれば、ですけど」
ユリの言葉に首をひねりながらも、代表して町長が一歩前に出る。少々警戒しながら、ユリの差し出す炎の指輪に手を伸ばすと、その手が指輪に触れる直前に、赤い日ありが発生し手がはじかれた。
「…………これは?」
痛みはないようだったが、経験したことのない現象に、町長は手と炎の指輪を交互に見つめる。周囲からの疑問を訴える視線を集めながらも、ユリは不敵な笑みを浮かべるだけで何も答えない。
「…………闇の秘宝は、それぞれの秘宝が納められた地に生まれた、あるいは育った人間にしか、触れることができない」
訥々とその答えらしき内容を語ったのは、祭司だった。
「なんだって?」
「水の首飾りに触れることができるのは、水の島で生まれたか、水の島で育った人間だけ……ということだよ。ソイドは、水の島で生まれ育ったから、炎の島に納められた秘宝、炎の指輪に触れることはできなかった。そういうことですよね、ユリシア殿」
「はい」
祭司の説明に、ユリは満足そうに頷いた。同じ水の島の住人である祭司からの説明でなければ、他のものも疑いを残したかもしれない。しかし、祭司が自分の知識から答えを話したことで、その信頼性は高まったといえるだろう。
「でも、それにも例外があることはご存知?」
「…………水の首飾りをお見せしよう」
祭司が、部屋のさらに奥から持ってきたのは、大きな蒼い石に、銀色の鎖がついた首飾りだった。
「これが、水の首飾りです。」
「アル、見せてもらったら?」
「え?それは、まぁ、見たいけど。ここでも充分見えるし……」
「手に取って、よ」
「え?」
それはできないはずでは、という言葉をアルは飲み込んだ。先ほどの話が本当なら、水の島には今回初めて訪れたアルには、水の首飾りは触れないはずである。
しかし、ユリの目はからかうようなものではなく、真剣だった。
「…………いいんですか?」
「どうぞ」
町長は何か言いたそうな顔をしていたが、秘宝の扱いに関しては、祭司に一任されているのだろう。アルへと秘宝を差し出しても、何も言わずに、ただじっと見ていた。
「じゃあ……」
自分でも何がしたいのかよくわからないまま、アルはそれに手を伸ばした。そして水の首飾りは、先ほどの炎の指輪同様、アルの手を弾きはしなかった。
「え……?」
予想に反して持ててしまったことに驚きながらも、アルは間近で見る秘宝の、水の首飾りに使われる大粒の宝玉の美しさに目を奪われていた。
「まさか、本当に……?」
祭司の声に、視線を周りの人々へと戻す。
「えっと?」
じっと自分を見てくる祭司に、アルは戸惑うことしかできない。
「例外の一つ。それは、勇者の血を継ぐ者」
「君が……勇者ショウヤの……?」
「…………え?」
周囲以上にアル本人が驚く中、ユリだけは変わらぬ笑みを浮かべていた。