二十二話 戦果と変化 後編
「ユリ……?」
「おはよう……には、まだ早いようね」
「あぁ……、起きて大丈夫なのか?」
すぐ横に目線を落とせば、つい先ほどまで意識を失っていたユリが、ゆっくりと体を起こすところだった。
「えぇ……ここは、もう外かしら?」
「あぁ」
「運んでくれたの?ありがとう」
「どういたしまして」
まだ目が覚めたばかりだからか、少々気だるそうにはしているが、焚き火の明かりしかない中でも顔色が良くなっているだろうことが窺い知れる。
「ユリさん、無理しないで下さいね?」
「ありがとう。でも、もう大丈夫よ」
とりあえずは、ユリの言葉に甘えて、ユリに使っていた柔らかい荷物をセイカの枕にする。肩が軽くなったアルは、肩を回してから座り直す。
「……セイカちゃんは、無事助けられたのね」
「あぁ。あの後、フォールと二人で探したら見つけられたよ」
「そう。よかった。…………あの女は?」
「それが……逃げられた」
「そう。……ごめんなさい、大事なところで倒れたりして」
「ユリのせいじゃないよ」
「ありがとう。でも……」
誰のせいというわけではない。しかし、彼らの目的を知る機会が遠のいてしまったのは事実だった。
「あの……少し、聞きたいことがあるんですが……」
「どうしたの?」
神妙な顔をした二人のやりとりを、静かに聞いているだけだったフォールだが、彼もまた真剣な面差しでユリを見た。
「えっと……。とりあえずその前に。助けてくれたみたいで、ありがとうございました」
「え? ……セイカちゃんのこと?」
「それもだけど、その。オレが、意識とばしちゃった後……アイツがすごい攻撃してきて、大変だったんでしょ?」
「アルから話したの?」
「あー、うん。ユリが倒れてる理由、話さなきゃだろ? だから、アイダの攻撃から守るために、バリアみたいな魔法使ったから、魔力使いすぎたんじゃないか、って」
「そう……」
アルは、別に悪いことをしたわけではないのだが、少々申し訳ない気持ちになった。彼女としては、身を挺してパーティーを救ったというより、仮にも戦闘中に倒れるという失態を犯してしまったという気持ちの方が強いのかもしれない。
倒れるまでがんばって仲間を守ったとでも言うような表現に、抵抗を感じているという見方も出来るが。
「あの、それで……。聞きたいんですけど……」
「あぁ、そうね。ごめんなさい。どうぞ」
向き直ったユリに促され、フォールはおずおずとしゃべり出す。
「…………あの、アイダって女……」
「えぇ、」
「……その、人間……でしたよね?」
「……そうだな。」
フォールの質問の意図を何となく察したアルは、沈痛な面持ちでうなづいた。
「オレ……セイカ助けるって決めたときに、二人のところ行って、一緒に連れていってくれって言ったじゃないですか。それで、ユリシアさんに、戦えるのかって、魔物の命を奪えるのかって言われて……」
「そうだったな」
「オレ、魔物を殺すことに、別に抵抗なんてなかったんです。魔物は、人間の敵で、見かけたら退治しなきゃいけない生き物で……だって、そうしなきゃ人間が喰われたりして危ないだろ?」
フォールの考えは、この世界で生きる人間たちの多くの、共通認識である。人間たちの前に現れる魔物は人間を補食対象として見ていたり、人間を襲うことを楽しんでいる節がある物が多い。そうした魔物たちに遭遇したならば、人間は彼らを倒すことを躊躇ってはいけない。相手の命を奪うことを躊躇えば、それはすなわち自分の死へとつながるのだから。
「だから、ユリさんに言われた時、正直よくわかってなかったんだ。ただ、気迫に押されたって言うか……その……」
「あー、なるほどな」
何故か何も言わないユリの代わりに、アルが相づちを打つ。
「魔物は退治する、殺すのが当たり前で……命を奪えるのかって質問の意味が、よくわかってなかった。けど……祠の中に入ったら、襲いかかってくる奴ばかりでもなくて……。ユリさんからも、魔物だって意味があって行動してるんだって言われて……」
魔物が、ただ人を襲う存在というわけではないことを今回のことで知り、フォールの中で心境の変化が生じたようだ。
「セイカをさらったのも、魔物だって思ってたのに、犯人は魔物を配下にした人間みたいだったし、じゃあ、結局何が敵だったんだろうって思えてきて……あー! もう、わけわからなくなってきた!!」
なんとか自分の感じたことを言葉で説明しようとしていたフォールだが、途中で爆発したようで唸り声を上げた。
「んっ……」
「あ」
寝ているセイカが身じろぎするのに気付き、すぐに静かになったが。
「……それで、結局何が聞きたいのかしら?」
「え。あ……えっと……、だから……」
ユリが少々厳しい声音で、フォールに話の続きを促した。ずっと黙っていた彼女が、何を思って話しているのかが分からず、二人とも戸惑ってしまう。
「……魔物との対立ももちろんあるけど、でも……。人間と争うのが、人間以外の生き物だけとは限らない。人の敵が、また人であるということも、けして少なくないことなのよ」
「え……」
「私も、まだことの全容が見えているわけではないから何とも言えないけど、闇の秘宝に手を出して、私たちの……生活を脅かそうとしているものたちの中に……ヒトがいるということは、確かね」
「……人間が、人間の世界を壊そうとしてるってことですか?」
「……可能性の一つとしては、あるわね」
「……まじか……」
ユリの説明に、フォールだけでなくアルも驚愕の声をこぼす。
「アルも知らなかったのか?」
「あーまぁ、な。女神に旅に出るように言われた時も、闇の秘宝を狙うものたちがいるからって言われただけだし」
アルの中でも魔物を倒すことにそれほど躊躇はなかった。しかし、これから人間を倒さなくてはいけない可能性を考えて、何とも言えない気持ちになる。
「まぁ、過去にあったように、人間が魔物に利用されているという可能性もあるんだけどね」
「へ?」
しかし、続くユリの言葉に、二人は首を傾げることになった。
「……過去のようにって……?」
「151年前の話は知ってるでしょ?闇の秘宝ができたときのことよ」
151年前の出来事は、伝説の勇者の物語とともに、各島に、内容がほぼ変わりなく語り継がれている。
「え……闇の秘宝は……あれ? 人間が、利用?」
「人間が、魔物たちのリーダー的な……なんか強い魔物の力を封印してできた……とかじゃないのか?」
しかし、闇の秘宝に関しては、世界を侵食しようとした凶大な闇の力をを、勇者たちが封印したもの……という程度にしか伝えられていない。
「……あまり多くは知られていない事実みたいだけど。闇の秘宝に封印されているのは、人間の力よ」
「は?」
「人間の力?え、闇の力って、魔物の……魔力とか、そういうのじゃなくて?」
「……かつてこの世界を闇魔法で侵食したのは、闇の精霊に多大なる祝福を受けた、一人のヒトの魔法。そして、その魔法を使わせたのが、彼の力を利用しようと集まった魔物たちだった」
「魔物が、人間の力を?」
「えぇ。だから、今回のアイダも、炎の島に盗みに入った人もまた、魔物に利用されているだけなのかも知れない」
「じゃあ、あの女は悪くないんですか?」
「さぁ。さっきも言ったでしょ? 私も、すべてを分かっているわけじゃないって」
「でも、ユリならわかるんじゃないかって思えちゃうよな。いろいろ詳しいし」
「勇者の話なら、本が出てるわよ? 物語形式の読みやすいのとか、勇者の仲間の日記とか」
「日記なんて残ってるのか?」
「えぇ。私はそれを読んだわ。……一番わかりやすいのは、その筆者が晩年にまとめた物語だと思うけど。実際、そこで書かれた内容が、今一番広まっているしね」
「へぇ……」
アルは、ユリの知識の広さに感心するとともに、少しだけ見えてきたかもしれない『敵』の姿にため息をついた。
「…………人間が、人間を……」
フォールの小さなつぶやきは、誰かに拾われることなく消えていった。まもなく夜が明けようという中、それぞれが思考の海に沈み、セイカの寝息だけが、静かに響いていた。
なんかやっと?目を覚ました人が、いきなりしゃべりだしました。
あれ?以前書いた時にこんなシーン・・・野営なんてあったっけ?
前は、時間経過とか全然気にしないで書いてたので、夜だから・・・
とかなかったのです。
乙女?なセイカちゃんと、にぶいアル。
そして、なにかいろいろ考えるフォールと、
寝起きなのに語っちゃったユリさん。
次話でうまく水の巻をまとめてしまいたいと思います。