二十話 アイダ 前編
この話は長いので前・後編に分けています。
後編は今日の午後に更新します。
二十話 アイダ
《水ノ首飾リハ持ッテキタカ?》
またひとつ階段を降りた先で待ち構えていたのは、水の島の教会で見た、鈍い青色の衣を纏った何か――魔物だった。
「水の首飾りは渡せない。でも、セイカは返してもらう」
今まで倒してきた魔物と違う雰囲気に、フォールは声をこわばらせながらもそう言った。
「ソウカ」
答える魔物からは、何の感情もうかがえなかった。動物ではありえないそれに恐怖を感じながらも、相手の動きに備え身構える。
すると、答えらしい答えを返したのは、別の声だった。
「交渉決裂ね」
淡々とした声とともに現れたのは、青い髪を後ろでひとくくりにしている、ユリよりも年上に見える女性だった。
「誰だテメェ! お前がセイカをさらったヤツか!?」
相手が人間のようだからか、フォールは先ほどよりも威勢が良い。女は威嚇するように睨むフォールを一瞥すると、興味なさそうに視線を戻した。
「あんたたちは、こちらの要求を呑まなかった。……死ぬ覚悟はできてるんでしょうね?」
女の言葉に、三人は臨戦態勢を取る。
「おとなしく秘宝を渡せば、先の短い命をもう少し永らえることができたのにね。残念、あんたたちは、ここで私に殺される」
「どういうことだよ!」
「……秘宝を渡せば、国ごと潰してあげれたってこと」
「どっちにしろ殺す気じゃねぇか」
アルの小さなつぶやきは、アイダには届かなかったが、すぐ後ろにいた二人はうなずいたり恐怖に身を縮めたりしていた。
「あなたは、何者なの?」
死の恐怖に勢いをそがれたフォールの代わりに、女に問いかけたのはユリだった。
「これから死ぬ人に教えて何の意味があるの?」
「意味がないなら、話してくれてもいいんじゃない?」
「……私の名はアイダ。あるお方の命で、闇の秘宝を集めているの」
「あるお方って?」
「これ以上話す必要はないわ。そろそろ、死んで頂戴」
言葉と共に、アイダが手を振り上げると、それを合図にしたかのように、先程の魔物が動き出した。
「来るわよ、構えて」
ユリの声に、フォールは気を引き締めなおしこぶしを握る。
「へぇ、坊やも戦うつもり?ガキには荷が重いんじゃない?」
フォールを見るアイダの目は、明らかに見下したものだった。
「気にするな、フォール。魔物は俺が倒す、お前は、援護を頼む」
一歩前に踏み出していったアルの横を、フォールは駆け抜けた。
「おい!」
素早く繰り出された正拳突きは、魔物の体をとらえた……かに見えた。手ごたえのなさにフォールが疑問を抱く間もなく、魔物は目の前の獲物に持っていた大鎌を振り上げた。
「フォール!!」
そのままフォールを切り払うかに見えた鎌を止めたのは、アルの剣だった。
「落ち着け。こいつは得体が知れない」
呆然とするフォールを叱咤し、アルは剣で魔物を一度振り払う。アルも混乱していた。先程のフォールの拳は、魔物の体をすり抜けたように見えたのだ。
「なんで……」
「二人とも落ち着いて」
魔物と自分の手を交互に見つつ呟いたフォールを引き立たせ、ユリは魔物を見据える。
「コレに打撃は通じない。今までの魔物とはタイプが違うの。アル、魔法は通じるはずよ。フォール君、あなたはアイダを倒しなさい」
「やってみる」
「わ、わかりました」
ユリの冷静な声に二人はうなづき、それぞれの目標を見据える。
「ガキに何ができるのよ」
嘲笑を浮かべたアイダは、腰につけていた短刀を抜き、手前にいたアルとフォールの間を駆け抜け、ユリへとその刃を振り下ろした。
「ユリ……!」(速い!)
ユリはとっさに身を引き致命傷は避けたが、肘から手首にかけて、血の赤い線ができていた。
「……っこの野郎!」
「アル!」
交戦中の魔物をおいて駆け寄ろうとするアルを目線で制し、ユリはアイダから距離をとった。
「私は大丈夫。このくらいなんてことないわ」
「でも……」
「いいから」
ユリの怪我が本当に大丈夫なのかは分からないが、魔物から目を放すことが危険なのも事実だ。
「……信じるからな」
アルは歯を食いしばり、魔物に向き直った。
「フン、仕留め損なったか」
アイダもまた距離を取り、それほど残念ではなさそうな声でそう言った。余裕の笑みを浮かべるアイダであったが、突如脇腹に走った激痛にうめき声を上げる。
「がはっ……ぅ……!」
アイダに痛みを与えたのは、フォールの蹴りだった。
「オレの事忘れてんじゃねェよ」
アイダの一瞬の気の緩みを見逃さず見事な蹴りを決めたフォールだったが、次の瞬間、ヒトの体が発するとは思えない派手な音を立てて、彼の体は宙を舞い、壁に叩き付けられた。
「う……ぐ……」
「なるほど。ただのガキじゃあないみたいだね」
何であるかも認知できなかったそれは、アイダの掌拳のようだった。
「フォール!!」
アルの呼びかけに答える様子のないフォールは、体を叩きつけられた衝撃で気を失い、地面に伏していた。
「くそっ」
アルは風魔法を込めた剣を一閃し、続けて無数の風の刃を差し向け、魔物を消滅させた。
「大丈夫か!?」
ひとまず魔物を倒したことに安心したアルは、アイダを牽制しつつ、意識の無いフォールに駆け寄る。
「フォール!」
打ちつけた背中と、後頭部にできたこぶの他は、特に外傷は見られない。
「何があった? 魔法か?」
「魔力の気配は感じられなかったわ」
魔法ではないと判断しつつ、ユリも普通ではない何かを感じていた。
「フォール、しっかりしろ!」
戦いのさなかに意識がない状態でいるのは危険だ。実際にその経験は無くとも、今までの戦闘経験から容易に想像できる。
「人の心配をする余裕があるの?」
二度目の、やはり不意を突いたアイダの動きに、アルもとっさに身を引くことしかできなかった。
(よけきれない……!)
攻撃を受けることを覚悟し、アルが目をつむった瞬間。目の前を熱いものが通り過ぎた。
「アル、フォール君は任せて。戦闘に集中して」
「でも、怪我は……!?」
「問題無いわ」
そう言うユリの腕からは、いつの間にか傷はなくなっていた。
「え……なんで……?」
「そう、アンタも魔法使いだったの」
「えぇ。この程度なら、数秒あれば治せるわ」
「でも、攻撃魔法は私より遅いようね」
いつの間に離れたのか、遠くから聞こえたアイダの言葉で、先程の熱気はユリの魔法だと気づく。アイダに魔法攻撃を向けることで、命中はせずともアルから遠ざけたのだ。
「サンキュ、ユリ」
回復魔法の効力に感嘆しつつ、アルは戦いに集中するためにアイダに目を向ける。
「召喚」
アイダの言葉に反応するかのように、彼女の横にはまた一体の魔物が現れた。
「あの男をやりな」
アイダの命の通り、魔物はアルに一直線に向かってきた。アルは剣を構えなおし、それを正面から迎え撃つ態勢をとる。
「……アンタは、仲間を助けないの」
「私が動けば、あなたはこの子を狙うでしょう?」
「当然」
先程の魔物よりも動きの鈍く、また物理攻撃も効いている様子で、アルの斬撃に魔物の体は少しずつ崩れおちていった。
「それに、私が手を貸すまでもなさそうだし……」
「どうだか」
激しさを増す戦いの横で、二人は互いに隙を見せぬよう、じっと目をそらさない。
「くらえっ」
アルは徐々に魔物を追い詰め、最後は魔法を込めた一撃を叩きこみ、魔物は砕け散った。