一話 掟
一話 掟
飛翔百三十五年、夏。
この海の北東にあり、最東端でもある島。清々しい北東の風が流れることから、「風の島」と呼ばれている。
その風の島にある深い森。そこには、小さな小さな国がある。国名は「ウィドリーク」。物語は、そこから始まる。
東の海から日が出始める頃、一軒の家に新しい生命が誕生した。
「男の子だ。よく頑張ったな」
産声と共に男の子が誕生し、父親であろう男はうれしそうだった。
しかし、
「…………これは……。村長……いえ、アスタさん。お子さんはどうやら、双子のようです」
出産に立ち会っている女性の言葉に、彼は表情を変えた。
「なんだって?! ……そんな…………」
「どういたしましょう?」
「……それは、間違いないのか?」
「はい。まもなく、二人目のお坊ちゃまもお生まれになるでしょう」
この国には、一つの掟がある。
「双子の兄弟が生まれた場合、兄は赤子のうちにその命を絶たねばならない」
信じがたいものだが、双子の誕生は災いの前触れである。男児の双子は、兄が闇、弟が光を司る、とされているのだ。
そのような掟が、何故あるのか、いつからあるのか、それを知るものは今ではほとんどいない。ただ掟のみが残されているだけなのだ。
しかし、それでも。掟は掟。村の長である彼が自ら、それを破るわけにはいかない。
「まさか、本当に双子が生まれることがあるなんて。私が知る限り、今まで一度もなかったのに……」
村の奥の家に、二つ目の産声が響いた。
「そんな……二人とも、私たちのかわいい子供たちなんですよ。捨てるだなんて…………。そんなこと、できません」
女の、悲愴な声が聞こえる。
「すまない。しかし、村のためなんだ。……本当は、親の手で……私たちの手で殺さなければならない。だが、そんなことは……できるわけがない。だから、せめて…………。頼む、分かってくれ」
努めて冷静に答える男の声も、感情を押し殺した、とても辛く、悲しいものだった。
田舎の朝は早い。農業や漁業で生計を立てている村であるから、当たり前といえば当たり前である。
村の人々が夜明けと共に起き出す中、一人で森を抜けようとする女性がいた。彼女は、腕にまだ生まれたばかりの赤ん坊を抱いている。
彼女は、周りの目を気にしながらもなんとか海岸へ出ると、まだこの世に生を受けて一日と経っていない我が子を見つめる。
「ごめんね、本当に……。本当に、ごめんね」
涙と共にそう言うと、彼女は赤ん坊を海へと流した。
多少、魔法の心得のある夫が守護魔法を施してあるため、海に沈んだり、海に住む生物に襲われたりする心配はない。
だがそれも、どこかの島に付くまでの間だけ。問題は、島についてから。しかし、彼らにできるのはここまでだった。流れ着いた先の島で、どんな困難がこの子に待ち構えているか分からない。
それでも……
「お願い、生きて…………」
生きていることを望んでしまうのは、親のエゴだろうか?
「神様…………!」
女の哀願の声は、波音にかき消されていった。
彼女が家へ帰ると、久しぶりの、しかも彼自身の実力にそぐわぬ大きな魔法を使ったために、ベッドで横たわっている夫がいた。先ほどより幾分ましだが、まだまだ顔色の悪い夫が、それでも起きていて迎えてくれた。
家に入った途端、彼女は床に崩れるように座り込んでしまった。
「あの子も、私たちの子なのに……」
その言外に込められた意を理解し、男は沈痛な面持ちで答える。
「気持ちは同じだ。しかし……、ああすることしかできなかった…………。だから、せめて……この子だけでも、弟のアルフォートだけでも、大切に育てていこう」
村が朝を向かえ活気付き始める中、この家だけは、押し殺した悲しい泣き声が響いていた。