十五話 歌姫
十五話 歌姫
ここの街は、水の都とも呼ばれている。
普通の島での道の代わりに、水路が張り巡らされ、人々の主な移動手段は、小舟のようだった。
建物はすべて木製のようだが、水につかっていても腐っている様子は無く、何か特殊なコーティングがされているようだった。
聞き込みを開始しようとした二人だが、街の中には、あまり人影が見えなかった。
「……どうする?」
「困ったわね」
二人が視線を巡らすと……立ち並ぶ家の一つから、女性が一人、少しあわてた様子で出てきた。
「行こう」
やっと見つけた人を逃すわけには行かない。アルは急いで、女性のそばへ駆けて行った。
「すみません!」
「はいはい……。あら?見かけない顔ね。旅の方?」
「はい、そうです」
「このご時世に……酔狂な方ね」
「……自分でもそう思います」
海に化け物がひしめくようになってからというもの、この小さな島の集合体ともいえる、航海が不可欠なこの世界を旅しようなどという者は、めっきりといなくなっていた。
「あの、お聞きしたいことがあるのですが」
「なにかな?……私、急いでるから、できれば手短にお願いね」
「すみません。あの……街の中に、人影がまったく見られないのですが……、皆さん、どうされたんですか?」
「あぁ。そりゃあ、みんな、今は家にいないからだよ」
「いない?」
「そう。みんな、今は島のはずれにある教会に行っているのよ」
「教会へ?」
「私もこれから行くんだけどね。今日は、祭司様の一人娘、セイカちゃんが歌を歌ってくださるんだよ。あの子の歌には、癒しの力があるといわれていてね。みんな聞きたがるのさ。ホント、とってもきれいな声をしているよ」
その声を思い出しているのか、女性はうっとりとした顔でほほ笑んだ。
「癒しの力……」
「ユリ?」
「そうだ!よかったら、旅のお方も聞いていかないかい?この国へ来たなら、セイカちゃんの歌を聞いていかなきゃ損だよ!」
「……どうしようか?」
今までのひとり旅とは違い、今は同行者がいる。アルは、ユリに意見を求めた。
「人がいないんじゃ、ほかにどうしようもないんじゃない?行って、歌が終わってから、集まっている人に話を聞いてみればいいんじゃないかしら」
「なるほど。……じゃあ、そうするか。お願いします」
「そうこなくちゃ。じゃあ、早く行きましょうか!」
アルが笑顔で申し出ると、女性も、うれしそうに答え、歩き出した。二人は、女性の後に続いた。
アルとユリが、女性に案内されて教会に着くと、そこには、本当に島民全員が集まっているのではないかと思えるほど、たくさんの人がいた。
「それでは、今から……」
男性の声が、前の方から聞こえる。話の内容からして、もう歌が始まるようだ。
「早く座りましょう」
ユリに促されて、二人は後ろの方の、空いていた席に座った。
まだ幼さの残る少女が、一人舞台に上る。彼女が、祭司の一人娘だろう。美しい歌声が、空間を包み込むようにゆったりと流れる。
少女の歌声は、女性の言った通り、素晴らしいものだった。皆が・・・アルも、ユリもその歌声に聞き入ってしまっていた。
何曲か歌い、最後の歌も佳境に入り、会場内にひときわ高く澄みきった歌声が響く時、それは起こった。
「キャー!!」
美しい歌声は、突如悲鳴に変わったのだ。
目を閉じて聞き入っていたアルは、少女の悲鳴にはっとして、目を見開き前を見る。
「なんだあれ……」
先ほどまでは少女しかいなかったはずの舞台上に、鈍い青色をした布をまとったような姿の、何かがいた。何か……それは少なくとも、アルが見たことがないモノだった。明らかに人とは違う空気を発するそれに、それが少女に近づいても、誰も動けなかった。
「ぃや!」
良くわからないものだった何かは、まるで人の腕のようなものをその布の中から出し、少女をとらえた。
「セイカ!」
最前列にいた少年が、それにいち早く反応し、舞台に飛び乗る。
「たすけ……」
少女の救いを求める声が最後まで聞こえる前に、少年の手が届く前に、何かは、少女を連れ消えてしまった。
《娘ヲ返シテ欲シケレバ、水ノ首飾リヲ差シ出セ。サモナクバ、娘ハ、殺ス。》
地を這うような、低いコエが、何もない空間に響いた。
「え……」
「いったい何が起こったんだ!」
「化け物だ!」
「キャー」
わずかな静寂の後、我に返った人々の、様々な声が飛び交う。
「水の首飾りを……?」
アルは驚きつつも、思いがけないところで耳にした言葉に、疑問を抱いていた。なぜ、あれは闇の秘宝を求めたのか。そのために、なぜ、あの少女をとらえたのか。
アルが驚愕の表情を浮かべ、ユリが思案し、しかし場は騒然としている中……
「セイカ……」
少年の、悲痛な声が聞こえた者は、いなかった。