十四話 水の島ウォータレス
十四話 水の島ウォータレス
飛翔百五十一年、夏
この海の南西にある、島のほとんどが、水面下に沈んでいる島。水面下約1メートルの地面にたてた柱を足として作られた家々が建ち並び、また近くに美しい水の湧く場所があることから、【水の島】と呼ばれている。
水の島の沖数キロメートル、顔を青ざめさせ、衰弱した様子で、何かと戦う少年がいた。
「ちくしょー! 負けてたまるか!!」
勇ましいセリフに反し、その声の主……アルは、舟の縁に突っ伏すという、何とも情けない姿でそこにいた。
「大丈夫?」
「……なんとか。」
「まさか、船酔いするなんてね」
そう、アルは、船酔いと戦っていたのだった。
「しょうがないだろ?普通に航海してるだけでも、多少酔うんだ。なのに……なんで、あんなに魔物と遭うんだよ!」
「仕方ないわよ。あの海域、魚人の巣だもの」
「なんだよ、それ!!」
「知らなかったの?」
青ざめた顔で悪態をつくアルとは違い、同行する少女……ユリは、涼しい顔をしていた。
「なんでユリは平気なんだよ」
「体質じゃない?」
「ズルイ……っおぇ……」
「もう少し頑張って。すぐに、次の島に着くから」
「サンキュ……」
船酔いにより、かなりまいっている様子のアルは、とても、この世界を救おうとしている英雄には見えなかった。
ほどなくして、水の島の都に着いた。
「大丈夫? アル」
「休んでいれば、治るはず……」
なんとか舟を港に着け、アルは地べたに這いつくばりそうになりながら、腰を下ろした。
「最初の航海は一人だったんでしょ? よく平気だったわね」
ユリは、呆れた声を出しながら、自分の荷物と、アルの荷物もまとめていた。
「前も酔ったけど……波も穏やかだったし、ここまでひどくはならなかったんだよ」
「そう。……ちょっと待ってて。すぐに楽にしてあげるから」
ユリは納得した顔をした後、自分の荷物を探り出した。
「……ユリ。なんか、そのセリフ、恐い」
「そう? ……あぁ、大丈夫よ。仲間には毒を盛ったりしないわ」
「だよな。……仲間に『は』?」
冗談のつもりで投げかけた言葉に、どこか物騒な答えが返ってきた。
「薬は、毒にもなるって言うでしょう?」
「……何してんの?」
「薬の調合」
ユリの手元を見てみれば、いくつかの薬草を、小さな鉢ですりつぶしていた。
「……魔法使いじゃないのか?」
「本業はね。……副業は、薬師。知らない? 副業で毒作って売ってるような魔法使いも、世の中にはいるのよ」
「マジ?」
「えぇ。……犯罪用とは限らず。刑務所での死刑に用いるためのものもあるし、動物の安楽死や、魔物撃退のためや、害虫駆除の目的のものだってあるわ」
「なるほど」
「はい。これ飲んで」
いつの間にか、調合しているという薬ができたようだった。
「これ、何?」
「酔いざまし」
ユリが差し出したのは、絶妙な香りと、微妙な色をした丸薬だった。
「…………ありがとう」(なんて色してんだよ、これ。)
戸惑いつつも、アルはそれを口に入れた。一口で飲みこめる丸薬は幸いにも、色の割に味はそれほど衝撃的ではなかった。
「…………お」
ほどなくして、先ほどまでの憂鬱な気分が嘘のように、良くなってきた。
「どう?」
「かなり良くなった。……すっげぇよく効くのな、この薬」
「魔法薬だからね。普通のものより効きは早いわよ」
「さすが」
「ありがとう。ところで、この島にある秘宝がどんなものかは、わかっているの?」
「あぁ。一応、ウィアに聞いた」
「……ウィアって、風の守護神よね?」
「そうだけど」
「神様と、ずいぶん仲が良いのね」
「え?…………あ、普通に呼び捨てしてた」
神様に対して、あまりにも無礼だったか。アルは、一人反省した。
「それで? ここには何があるの?」
「あぁ、確か……水の首飾り」
「……つまり、ネックレス?」
「そういうこと。……じゃあ、気分も良くなったし。地道に聞き込みから始めるか」
「そうね。」
アルは立ち上がり、二人は島の中に入った。