十三話 炎の指輪
十三話 炎の指輪
パーティ会場のあった階から一つ階段を上ると、そこには一つの大きな扉があった。言うまでもなく、長の所有する部屋への入り口だ。
アルが控えめにノックをすると、すぐに応答があった。
「失礼します」
静かにドアを開けて入ると、思ったよりは広くない部屋の正面に、大きな机と、そこに座る新たな長の姿があった。
他に目に着くものと言えば、多くの書が入っている本棚や、来賓用と思われる椅子が数個並んでいるくらいだ。
「どうぞ、おかけになって」
「はい」
先ほど長になったばかりの、しかも自分とさほど年も変わらないであろう少女。しかし、彼女からは、同年代の他の少女とは違う、威厳のようなものまで感じた。これが、長の威厳というものなのだろうか。
アルは、若干緊張しつつ、勧められた椅子に腰かけた。
「……えと、はじめまして。こんにちは」
「こんにちは。……アルフォート=アスタ=ウィドリークさんですね?」
「はい、そうです」
「話は聞いています。ご要件をどうぞ?」
「ありがとうございます」
アルは、女神……ウィアから聞いた話を思い出しながら、口を開いた。
「あなたは……闇の秘宝のことは、ご存知でしょうか?」
「……えぇ、もちろん」
「この国にも、その秘宝の一つ、炎の指輪がありますよね?」
「もし、そうなら?」
「実は……」
アルは、女神から教えられたこの世界の危機のこと、それを救うために秘宝を集めていること、自分が旅に出た経緯を、長の少女に話した。
「……つまり、この国にあるはずの、炎の指輪を、譲ってほしいと。そういうことですね?」
「はい」
「……まず、炎の指輪のことですが。あります。この国では、代々ここの長に引き継がれてきたものですから。私も、つい先ほど前・長より引き継ぎました」
麓の村にいた女性の話からここまで来たアルの勘は、あたっていたようだ。
「それから、炎の指輪を譲ってほしいとのことですが……」
「はい」
「いいでしょう。お譲りいたします」
「本当ですか!?」
思っていた以上に、すんなりと了承が得られ、アルは驚きつつも歓喜した。
「ただし、条件があります」
「え……なんでしょうか?」
「…………私も、その旅に同行させていただきたいのです」
「………………え?」
アルは、思わず表情を固まらせた。
「あの……えっと……?」
「いけませんか?」
「あ……その……まぁ……」
手伝ってくれる人ができるのは、そりゃあ心強い。しかし、自分が頼まれたことは、今自分が思っている以上に、大変なことらしいのだ。
まだ実感はあまりないが、これから、どんな困難が待ち受けているかわからない。そこに、他者を巻き込むことになっては……。そう思うと、アルは簡単に頷くわけにはいかなかった。
しかし、何よりも……。
今日初めてあって、少し話しただけの女の子と、一緒に旅に出るというのは……いかがなものなのだろうか。そんな気持ちが、アルの中には少なからず存在した。
「私の心配をしてくださっているのなら、その必要はありません。仮にも、ここの長です。自分の身を守るくらいの力はあるつもりですし、戦闘面であなたに迷惑をかけるつもりもありません」
「いや、でも……」
「先日までは修行の旅に出ていましたので、たとえ野宿になっても平気です」
「でも……この国の長が、国を離れたりして平気なんですか?」
「私がいなくても、この国を守れるだけの力を持った魔法使いは、まだ複数います。それは、先ほど見たでしょう?」
長決めの儀の際の、レイクルやディオネのことを言っているのだろう。
「それに、長だからこそ、です。まず、国の外から来たあなたに、国の宝をそう簡単に託してよいのか。もしあなたが、秘宝を悪用しようとする側の人間だとしたら?」
「そんなことは!」
「ないでしょうね。目を見ればわかります。でも、可能性としての話です。それに、もしあなたの話が本当だとして、あなたが旅の途中で、他者にそれを奪われてしまう可能性もゼロではない。ならば、この国の者が、責任を持って管理した方がよい。そう思いませんか?」
「……まぁ、確かに」
「そして、私はこの国の長です。この国を守る義務があります。世界の危機というのならば、当然この国も危険なのでしょう?」
「そうなりますね」
「ならば、それに協力しない理由はありません」
少女の言うことはもっともだ。彼女ならば、先ほど見た魔法の力から言って、戦闘能力は申し分ない。この先、危険な魔物と遭遇することがあっても、彼女ならば大丈夫だろう。
国の宝を、いきなり現れた自分に預けるというのも、心もとないことだろう。しかし、本当に世界が危険なのならば、ここで秘宝を渡さなければ、大変なことになる。だから、自分が行く。少女の目は、決して冗談を言っているような目ではなく、本気の色が見えた。
「…………ことがすむまでは、ここへは帰ってこれませんよ?」
アルは、旅立つ前の自分に投げかけるように、言葉は紡いだ。
「承知してます」
「下手したら、命を失う危険があります」
「覚悟の上です。それに……だったらなおさら、一人で行くより、二人で行く方が成功の確率は上がります」
「…………家族に、一生会えなくなるかもしれない……」
旅をしている間に、生きて帰ってきても、その前に亡くなってしまう人がいるかもしれない。
「それなら大丈夫です」
「え……?」
アルの神妙な顔での問いに、少女はなぜか笑って答えた。アルは、困惑した。
「家族は、もう……とっくに、いませんから」
「え……っと……」
「だから、私が行くべきなんです。他のどの生徒でもなく」
そう言って、なおも笑う少女の目は、どこか切なげだった。
「……わかりました。あなたも旅に同行する。それで了承しましょう」
アルは、複雑な思いで、折れた。
「本当に?良かった、ありがとう」
「え?」
先ほどまでの、厳かな……もしくはしんみりとした……そんな空気はどこへ行ってしまったのか。少女は、年相応の笑みと、明るい声で礼を言ってきた。
「本当、連れて行ってくれればいいの。今の世の中、旅に出るだけで十分修行になるわ」
「修行?」
「そう。修行のために山籠りしてたのに、新しい長を決めるから戻ってこいって言うのよ? 急遽決まったことなんだから、今いる人で決めればいいじゃない。ねぇ?」
「は、はぁ」
いきなり変わった雰囲気に、アルはついていけていなかった。
「少し前に、宝を狙ったと思われる侵入者がいたっていうから、長が慌てるのも、わかるけどね」
「侵入者?」
「えぇ。……下見に来ただけみたいで、何も取ってはいかなかったれど。何者か、秘宝を狙う者がいるのは確かでしょうね」
「そうですか……」
彼女の真意はどうであれ。このまま旅を続けていくのなら、話に出た侵入者との戦いも、あるかもしれない。普通に旅をするだけでも、魔物と遭遇する危険があるこの旅。魔法使い……しかも高レベルの彼女が仲間になってくれるのであれば、心強い。
「……よろしくお願いします、えっと……ユリシアさん」
アルが差し出した手を、
「こちらこそ。私のことは、ユリでいいわ」
少女……ユリが握り返した。
「わかりま……」
「敬語もなし」
(確かに、一緒に旅をするのに、敬語ってのも疲れるかもな)「……わかった。じゃあ、俺のことも、アルでいいよ」
「そう。じゃあ、そうするわね」
こうして、アルの旅に、新しい仲間が加わった。
(あれ? そういえば、ユリの名前って? ユリシア……何? トゥルーク家とか言ってたっけ? じゃあ、ユリシア=トゥルークか? まぁ、旅に支障はないからいいか?)
アルは、聞くべき時がきたら聞こう、そう心に決めた。
【レイクル=グレネードさま
旅の方の話を聞き、私も、その旅に同行させていただくことにしました。
ウィドリーク氏の旅の目的は、闇の秘宝を回収し、世界を闇から救うことだそうです。
私も、その旅に、力を貸すことができたらと思います。
相談もなしに、勝手に国を空けることを許してください。
私は、ただ……真実を知りたいのです。
P.S. 私のいない間の公務はお願いね。ディオネにも協力してもらって、がんばってね、レイちゃん】
アルは知らなかった。ユリが、こんな手紙を置いて、勝手に国を出てきたことも。翌日この手紙を読んだレイクルが、驚愕と嘆きの混ざった悲鳴を上げたことも。
これにて、炎の巻は終わりです。
今回は、冒険らしいことしてないですね。
あえて言うなら、魔法学校の入り口にたどり着くまでがRPGならばモンスター出現ポイントだったのでしょうか。
炎の島は、たくさんの山々からなる島です。
山間に町を作り、一般の人々はヤギとか牛とか・・・牧畜で生計を立てています。
港に出るのも山道を行くので一苦労。海への漁は出ません。
交易もなくはないですが、周辺の海域は魔物が出現することもあり、結構閉鎖的な町になっています。
魔法学校は、そんな山の中の町から、さらに山奥へ。
周囲の島々の中で唯一の魔法使い養成機関です。
若者たちが魔法を学ぶ場所で、指導者は主に、他の街で仕事をしていて引退して学校へ戻ってきた魔女や魔法使い。
上級者が、下のクラスの生徒に対して授業を行うこともあります。
魔法使いが多いことから、魔法にまつわる道具を売ったり、時には魔法使い自身を派遣したりするのが、主な収入になっています。
さて、次に行く島は・・・どこでしょう。
ヒント?は、
次の巻の更新は、毎週水曜日になります。
新しく仲間になったユリの活躍にも、どうぞご期待下さい。