十二話 長決めの儀
十二話 長決めの儀
アルが階段を上りパーティ会場へとたどり着くと、そこにはもう人が溢れていた。
(すっげぇ……。これが全部、魔法使いなのかな?)
食事を運んだりしていた老婆に空いている席を勧められ、アルは素直にそれに従い座る。辺りをゆっくり見回してみると、会場には四方にそれぞれ長テーブルが置かれており、それに囲まれるようにして、部屋の中央に大きな魔方陣があった。
西側の机には、おそらく来賓と思われる人々が。北側の机は、空いている席も多いことから、学校の教職員の席だろう。そして東側の机には、生徒と思われる人たちが座っていた。先ほど話したレイクルやディオネの姿も、東側の机の南よりの方に見受けられる。
南側は、部屋の奥に当たる場所。おそらく、あちらが上座なのだろう。そしてその上座には、中央の作りの立派な椅子に中年の男性が座っており、その両側に二つずつ、イスだけが置かれていた。
中央に座る男性、十中八九、彼がこの国の……この魔法学校の、長なのだろう。
しばらくすると、流れていた音楽が止み、世間話に興じていた来賓たちはそれをやめて長へを目を向け、来賓の案内などのために動き回っていた教職員達も各々の席へと着き、席には着いていた生徒たちも雑談をやめる。いよいよ、儀式が始まるのだ。
長が立ち上がり、静まり返ったホール内を見渡す。
「ただいまより、長決めの儀を始める」
彼の声は威厳に満ちており、一国を納めるものとしての風格を感じさせた。
(うちの村長とは大違いだ)
アルは、そんな失礼なことを考えながら、長の次の言葉を待った。
「まずは、今回時期長の候補として選ばれた者たちの名前を挙げる」
長が後ろに控えていた女性に声をかけると、女性が前に出て紙に書いてあるのだろうことを読み上げだした。
「纏う炎は龍の息吹、緑の貴公子レイクル様」
(は……?)
「魅惑の瞳、妖艶の美女ディオネ様」
(なんだこれ……)
女性が話し出した内容にアルが呆然とする中、言葉は続く。
「魔法の神の祝福を受けし者、若き天災……失礼。天才、ミランダ様」
(ん?なんで二回言ったんだ?)
アルには理解できなかったが、一部の生徒は理解していた。あぁ、本音が出たか・・・と。
「魔法史上最高の魔術師の末裔、蒼き閃光ユリシア様」
女性が名前を呼び終えると、四人は前の空いていた四つの椅子に腰をおろした。
「以上の四名が、今回の候補者となります」
なんだかよくわからない二つ名?みたいのが付いていたが、四人はすべて、アルが噂話の中で聞いていた、または候補者自身から聞いた実力者たちだった。
「この四名は、いずれも当校で優秀な成績を収めているものたちだ。候補者の中には、私の息子もいるが、評定にそれは関与しない。なぜなら、長となるものに必要なのは、血筋ではなく、それにふさわしい力と、志だからである」
「これから、この四名には、会場の中央にあります魔法陣より、別空間に用意された修練場へ行っていただきます。そちらには、当校の生徒や教師が捕らえてきた魔物が何匹か放してあります。それらの退治を四名各自に行っていただき、その様子を長が観察したうえで、時期長を決定いたします」
女性の説明の後、候補者の四名は会場の中央へ移動し、順々に魔法陣の中へと入って行った。
数十分後。
候補者以外の生徒たちや、来賓の者たちが雑談を交わしながら結果を待っていると、候補者の四人が、先ほど入っていった魔法陣の中から出てきた。
「みなさま、お待たせいたしました。そして、候補者の皆様、お疲れ様でした」
女性に声をかけられながら、四人は前に用意されているそれぞれの席に戻っていった。
「それでは、選定の間、四名の戦いぶりの一部をご覧にいれましょう」
女性が杖を振ると、先ほどの魔法陣の上に球状の靄がかかり、そこに何かの映像が映り始めた。
「まずは、レイクル様。得意の炎の属性魔法で、炎の龍を召喚。素晴らしい攻撃力を見せつけました」
女性の言葉の通り、映像の中には、レイクルと思われる緑髪の男性が、赤い竜のようなものを操り、魔物を倒している姿が映し出されていた。
「次に、ディオネ様。魅惑の笑みで、魔物を魅了。生気を吸い取ることに成功し、血を流さずして撃退に成功しました。見事です」
(生気……?)
うっとりとした顔をして、力なく倒れていく魔物たちの姿に、アルはなぜだか憐れみを覚えた。
「次は、ミランダ様、素晴らしい生命力を見せ、真っ向からの勝負。接近戦でも戦える、魔法の新しい可能性を見せていただきました」
なるほど、ミランダの姿は、他の三人に比べ、汚れが見られる。
「最後に、ユリシア様。魔物を全く寄せ付けない結界と、多種にわたる属性魔法による攻撃により、無傷で、それぞれの魔物を一撃で撃退してゆきました」
いずれも、複数の魔物を倒してきたのだろうに、みな涼しい顔をしている。さすがは炎の国の次期長の候補生たちと言うべきか。アルは、思わず感嘆の息を漏らした。
「……それでは、みなさま長らくお待たせいたしました。ただ今、選考が終了いたしました」
女性の言葉に、会場にいる者たちは皆、静かになる。
「ここ、炎の島の次期長にして、魔法技術学校の学校長を務めますのは……ユリシア様です!!」
会場が、震撼した。女に長が務まるのか、と不満を漏らす者。現長の息子がいながら情けない、と嘆く者。さすがはトゥルーク家の血筋の者だ、と感心する者。とりあえずあの派手な女じゃなくてよかった、と安堵する者。人々の反応は様々だった。
「なんでなのよ!」
人々が、様々なことを考えつつも、長の判定に意義は唱えまいと、結果を受け入れようとしている中、一人だけ、異議を唱えるものがいた。
「……ミランダ様?」
「どうした?ミランダ=カリオン」
納得できない、明らかにそう言いたそうな顔をしたミランダに、長は、飽くまでも落ち着いた声で、尋ねた。
「なんで、こんなあっさり決まるの? おかしいじゃない。みんな、ちゃんと魔物は倒してきたのよ? 確かに、多少傷は負ったけど……。こんなの、得意な戦闘スタイルが違うだけじゃない!!」
「……本当に、わからないか?」
長の静かな目に、ミランダは言葉が出なかった。
「……あ、あなたたちも!」
長には叶わないことを悟ったのか、同じ立場であろう候補者だった二人に、視線を移した。
「なんで、そんなに冷静なのよ! 悔しくないの? 国長という、名誉ある役職よ!?欲しいとは思わないの!?」
どうやら、自分の味方を増やそうとしているようだ。
「……悔しくないと、そういえば嘘になる」
「でしょ!だったら……」
「しかし、それは自分が長に選ばれなかったからじゃない」
淡々と語るレイクルに、ディオネも加わる。
「あなた、気付いてなかったの?ユリは、力の半分も出し切っていないわ」
「は!?」
「フフ……あなたのような人が、長にならなくて良かったわ」
「なんですって!!」
候補者たちの口論を、唯一諌められる立場にいるはずの長はただ静かに見つめるだけで、来賓の者たちや、他の生徒は口出しできずにいた。
「ミランダ。一つ、勘違いしているようだから言っておこう」
「何よ!」
「君の才能は認めよう。魔法使いの一族の生まれではないのに、その能力の高さは素晴らしい」
「えぇ、それは私も同感よ」
「しかし……それでも、君が長に選ばれることはあり得ない」
「な……」
あまりの言葉に、ミランダは面食らった顔をした。
「君は、強い。でも、自分が君に負けるとは思えない」
「そうね。ましてや、私たちでさえも叶わないユリに、あなたが勝てると思って?」
レイクルの強い意志を伴った視線に、ディオネの不敵な笑みに……会場内の者に、言葉を発せる者はいなかった。
「で、でも……悔しいって……」
「あぁ、それは……」
レイクルは、顔を緩め、ミランダの横の席に目を向ける。
「ユリ……君の、本気を見てみたかった」
「……私は、いつでも、自分の力を最大限利用してるつもりよ?」
三人の話に一切口を出していなかったユリが、困ったような笑みとともに、初めて言葉を発した。
「……たく、相変わらず……だな」
そういったレイクルの表情は……気分を害したような声色とは違い、とても、優しいものだった。
候補者たちの間で、様々な思惑はあったようだが、新しい長は、決まった。
ふと気が付けば、アルの目の前に、白い鳥のようなものが浮遊している。
(何だこれ……かすかだけど、魔力を感じる)
おそるおそる手を伸ばすと、それは一枚の白い紙となって、アルの手のひらの上に降りてきた。
【会場がひと段落しましたら、上の階にいらしてください。お話を聞きます。 ユリ】
それは、新しい長からの、招待状だった。