第2話 初めにする事は
僕は今、自室で横になっている。数時間前、『ぼく』があの本に触れた瞬間、頭が割れるように痛くなり、倒れた。
何が起きたのか整理してみたいと思う。
憶測だが、あの本はサリーヌさんが何かを施した魔術書やら魔導書みたいなものだろう。
そして4歳の『ぼく』が触れることが、元の世界の『僕』を呼び覚ますきっかけとなった。
今は人格が同一化しつつあり、少し落ち着いてきた。よくある憑依するタイプの異世界物小説だと、「この子が歩むはずだった人生を奪ってしまった…」とか思う展開もあるだろうが、なにしろこれは僕の身体だ。0歳から4歳をもう一度やった後、いきなり知能が上がっただけだと考えておこう。
だが、僕の身体だということには問題もある。顔だ。元々、女の子っぽい顔が原因でいじめられ始めたのだ。なんとしても繰り返すことは避けたい。
まあ、今の僕は15歳程度の知能であるというアドバンテージがあるし、恐らく学校には通うことはない。勉強必要ないし。
あ、でも魔法(サリーヌさんは魔術と言ってたっけ?)は使ってみたいから、魔術学校?だったら……いやいや、自分から危険に晒されてどうする。…って、何を言われても僕からしてみれば相手は子どもなんだし、精神的ダメージは大して……いや。トラウマが呼び起こされないとも限らない。
…魔術は誰かに個人で習おう。
さて、とりあえずこれからの方針を決定しよう。
異世界と言ったらやっぱり冒険でしょ。ああ、ドラゴンって居るのかな…!?すごく見たい…!!
……よし、冒険者になろう。これ決定。んで、最終目標はドラゴンと戯れる……までは行かなくとも話してみたい。……あれ?ドラゴンって話せるのかな。よくわからない。
冒険者になるっていっても、僕はまだ(肉体的には)4歳。少なくとも10年。14、5歳になるまでは無理だよね。それまでの10年、どうする……?
いや、そんなこと考えるまでもない。
強くなるんだ。10年かけて――。
剣術と体術、あと魔術も学ぶ。
……その為には師匠?でも捜さないと。
道のりは長そうだ。
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僕が考えをまとめ終わった頃、母さまが部屋に入ってきた。……こうして見てみると、母さまはかなりの美人だ。元の世界だったら女優とかモデルができそう。
「あら、リュー。起きてたの?……具合はどう…?」
母さまが聞いてくる。
「はい。もう大丈夫です」
こう返すと、母さまは驚いた顔をしてこう言った。
「驚いた…。リューが私に敬語だなんて……!」
しまった。しかし仕方がない。4歳の人格と15歳の人格。混ざったと言っても、当然精神年齢は偏っている。…どうにか誤魔化さなくては。
「あ、そのね、いきなり倒れて迷惑かけちゃったから…。…ごめんなさい。それと、ありがと。かあさま。」
母さまにそう言って僕は微笑む。
母さまはとても嬉しそうな顔になり、満面の笑みで僕をぎゅっと抱き締めた。
「いいのよリュー……。あなたが無事なら……迷惑だなんて思ってないわ……。」
……気恥ずかしい。―――でも。
この人は、母さまはとても温かい。血はつながってなくとも、僕を全力で愛してくれる。かけがえのない――『母親』だ。
「……かあさま…ちょっと苦しい…。」
抱きしめる力が強くて、軽く首が締まっていた。
「あっ……ごめんね、リュー」
母さまはパッと僕から離れると、申し訳なさそうに謝った。
「あ、そういえばかあさま、あの本はどうしたの?」
そうだ。あの本はもう一度確認しなければ……。
「え?ああ、あれね。危ないものなのかもしれないから、仕舞ったわ。」
……不覚。って、そりゃそうか。…まあいい。ここは一旦引いておこう。
「そっか。じゃあぼくは、もう少し寝るね?」
「あら。まだちょっと疲れてるのかしら……?まあ、そうね、今はしっかり休んだ方がいいわ。じゃあ、おやすみ。」
母さまは僕の頭を軽く撫でて、部屋を後にする。
……実際、眠気がするので睡眠を摂っておくことにした。
行動を起こすのは明日。今は休もう。
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次の日僕はいつも起きる時間通りに起き、母さまに快調であることを示した。
母さまはそんな僕を見て安心したようだった。
今日は週に一度、母さまが薬作りに使う薬草を採りに出かける日だ。僕が行動を実行するには、是非とも出かけて貰わなければ。
心配には及ばず、昼食後母さまは僕の体調を気にしつつも薬草を採りに出かけた。
母さまが出かけて約10分後、僕はそろりと母さまの部屋に入った。
あちこちに目をやり、本がありそうな場所を捜す。
―――お、あれかな?
本棚の上に箱が乗っている。たしか数日前はあれはもう少し右にあって、他の物は動いていないから恐らくあの中に……って、4歳の僕、細かいこと覚えてるな。いや、それはどうでもいいか。
……この身長じゃあ取るのにだいぶ無理がある。
何か無いか?と見渡すが、はしごのように取り扱いやすいものは無い。
机と椅子…この身体には重そうだけど、やってみるしかない。
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約20分後、僕はなんとか机を本棚の下まで運び、椅子をその上に置いた。……息も絶え絶えで。机に乗り、椅子に登る。
ようやく箱が取れた。――おっと、取るのは中身だけにしないと。
あとは……また机を戻さないといけない…。
十数分かけて机と椅子を元の位置に戻し、最後にばれないかどうかチェックを済ませて部屋を出る。4歳の腕にはやや重みを感じる本を抱えて、自室へと戻った。
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自室のベッドの上で本と対峙する。
――サリーヌさんはこれを『死ぬ確率を低くする物』と言っていた。
僕の記憶を引き継ぐことだけがこれの役目だとは思えない。たしかに記憶の引継ぎはアドバンテージにはなるだろうが、それだけならばこういった本の形式をとる必要性はあまりないのではないだろうか。
そう思い、僕は本を開いた。
昨日僕が開いて倒れたページには、やはりなにかよく分からない文字が書いてあった。……魔法文字…?とかそういった物だろうか…?
次のページを開くと、何も書いていない状態から、何か浮かび上がってくる。
数秒のうちにそれは文字となる。
《君がこの本を開いているということは、今ごろは異世界へ行けているのだろうね。》
……なんか、『あなたがこの手紙を読んでいるということは私はもうこの世にいないのでしょう』的な感じで書かれてる。サスペンスドラマかなんかか。
ページをめくると、また文字が浮かび上がる。
《この本は魔導書だ。ある能力を君に付与するためのね。次のページからはチュートリアルだ。まあ、これを使って頑張ってくれ。》
やっぱり魔導書なんだ…。能力付与か。どんなものなのかな?
次のページを開くと、また文字が表示された。
《チュートリアルを開始しますか? YES/NO》
当然YES。触れると文字が消えた。
……え?あ、また次のページ?
ページをめくる。
《能力・『スキルクリエイト』を付与します。手のひらを当ててください。》
言われた通りに手を当てると本が発光し始め、何かが流れ込んでくるような感覚がする。
書かれた文字が刻々と変化していく。
《能力付与率……4…5……7…》
恐らく100までいけば終了だろう。気長に待つことにした。
5分もすると、数値が100に達する。
《付与が完了しました。次ページを開いてください。》
表示に従い、次のページへ。
《能力名『スキルクリエイト』 効果:スキルの創造が可能。》
スキルの創造……なかなか良い能力な気がする。……で、スキルってなに?
《スキルとは:生活だけに留まらず、戦闘などでも有用な特殊能力を言う。ただし、この世界においても一般的に使われている能力ではないため注意。》
あ、下の方に書いてあった。親切設計。って一般的じゃないんだ。
また次のページ。
《使用法:使用者が『スキルクリエイト、オン』と発声することで発動します。その後、『スキル、○○○』と作りたいスキル名を口にすることでスキルの創造が開始されます。では、実際にやってみましょう。》
実際に、か。どうしよう?最初は何に……あ、そうだ。あれがいい。
「スキルクリエイト、オン。スキル、翻訳」
当面先の目標はドラゴンとの会話だし。備えあれば憂い無し!
数秒の間が空き、脳内でポーン、と電子音がする。本が一瞬強く輝き、文字が表示された。
《スキル:翻訳を発現しました。》
……おおおう…。なんかあっさりいった…。
《お疲れ様でした。尚、創造したスキルは次ページより確認が可能です。最後に注意点ですが、既存のスキルに類似するスキルは創造できない場合があります。ご了承ください。――それではチュートリアルを終了します。》
文字が消えていく。ページをめくってみると、上の方には《スキル一覧》と書いてあり、項目が1つある。
それに触れると、詳細が表示される。
《スキル:翻訳》
効果:『他言語を己の言語へ自動的に翻訳して見聞きする事が可能になる』
制限時間:10分
再使用可能時間:5分
必要MP:5
あ…一方通行なのか。『相互』翻訳にすれば良かったのかな。……ミスったなあ…。
ていうか、MPって概念あるのかな?分かり易く表示されてるだけ?
それに制限時間10分か…短い気がする…
前途多難かもしれない…。