第-1話 生まれ変わる
異世界物をやってみたかったです。
風が強かった。
今僕はあるビルの屋上に立っている。
――――『自殺』をする為に。
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僕の顔は女の子っぽい。小学生のときによくクラスメイトから言われた。そしてそれは成長しても変わらず。中学生になると、それが元でイジメが始まった。
教科書がズタズタだったり、机の落書きや上履きがない状態はいつものこと。暴力を振るわれることもよくある。
イジメは約2年半、今までずっと続いている。
心配してくれる人はいない。父は借金まみれで一人夜逃げした。母は小学校低学年から僕を働かせて、道具のようにしか思っていない。
僕は今日も独り、中学校から帰っていた。
――ふと目をやるとビルが目に入った。
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思い残すことはない。この世界が、いや、この世界の人間が嫌いだ。こんな所にもう居たくなんかない。
僕は『侵入禁止』と書いてある手すりを超え、建物の縁に立った。
あと10センチ前に進むか、倒れればこの世界と別れられる。
―――よし、飛び降りよう。
そう思ったとき後ろから声がした。
「死ぬつもりか?」という、女性の声。
振り返ると、屋上の入り口に医師か研究者のような白衣に身を包んだ女性が立っている。
「すみません。ご迷惑をお掛けします。飛び降りる瞬間なんて見たくないですよね。でしたらその扉から戻っていただけますか?」
女性の問いに僕はそう答える。
すると女性はこう言い放った。
「………勿体ないな。どうせ死ぬなら、私のため……いや、私の『実験』のために死んでみないか?」
実験。確かにそういった。
「……実験……ですか?……まあ、僕が役に立つのならそれもいいかもしれないですね。……どういった実験なんですか?ああ、できれば苦痛を伴うものは遠慮したいのですが」
「ほう、割と乗り気だな。」
女性が一呼吸置く。
「異世界に行けるかもしれない実験だ、って言ったら――――どうする?」
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異世界。こことは異なる世界。行けるのなら行きたい。そして――人生を、やり直したい――。
「本当、なんですか?」
思わず聞いていた。
「ああ、本当だ。私の研究は空間についてのものでね。数年前、ある技術が導入されたことで、私の研究は加速度的に進歩した。そしてとうとう、先日異世界への道を開く事ができた」
女性は続ける。
「あまり詳しいことは言えない。だが、私の装置を使えば異世界へ行けるかもしれない。と言っても、まだ人体では実験していないから、成功する確率は五分なんだがな。」
そういって女性はニヤリと笑う。
「つまり僕を使って、初の人体実験をするということですか?」
僕はそう問う。
「そうだ。」
女性は目を逸らすことなく言い放った。
「……嘘ですよね?」
「いいや、嘘でも冗談でもないさ。別に嫌なら「……そうじゃありません」
女性の言葉に被せる。
「技術がどうの、って言ってましたけど、それは嘘ですよね?」
「……何故そう思う?」
「僕は人の嘘には少し敏感なんです。あなたが嘘をついたのは分かりました」
女性は少し驚いた顔をした。
「そうか、なるほど……まあ、君に隠しても仕方がないな。」
「私の名前はサリーヌ=ニモト=トゼカ。異世界から来た魔術師だ。」
―――魔術師。
確かにそう言った。異世界から来た…!?そんなことがありえるのだろうか……!?
「ありえない、とでも言いたげな顔だな。まあいい、証拠を見せよう」
そう言うとサリーヌさんは髪留めのピンをひとつ外し、それをこちらに投げた―――
「え……なんで……!?」
僕がそう声を洩らしたのは、ピンがありえない動きをしたからだ。
ピンは僕に届く1、2メートル前で、『空中で止まった』。
その周りの時間が止まったかのように、ピンは微動だにしない。
「これで信じてもらえたかな?私が魔術師であることを」
サリーヌさんはそう言って、薄く笑みを浮かべた。
「…はい……でも…どうやって……!?」
「私が得意な魔術は時空間を操るものでね。そのピンをその座標に『固定』したんだよ。押そうが引こうが動かない」
そう言われて、ピンに触ってみる。強めに力を加えても全く動かない。
「さて、そろそろ本題に戻ろうと思うのだが……まあここでは何だな、移動しようか」
サリーヌさんが指をパチンと鳴ら―――そうとしたが、鳴らせなかった。
「む……格好つけてみたかったんだが…」
仕方ない、と言うと合掌をしてパン、と音を鳴らした。
すると、一瞬で景色が変わった。研究室――のようだ。
僕が驚きで口を開けていると、サリーヌさんは苦笑しつつ言った。
「徒歩での移動が面倒だったから、勝手に移動させてもらったよ。この場所は私の研究室、そしてこれが先ほど言った装置だ」
サリーヌさんが指差す先には、巨大な機械があった。
「これは私の魔力を流すことで稼働する、異世界への道を安定させる装置だ。少しの時間しか安定させられないのが玉に傷だが。」
「そうですか……ところで、質問があるんですが良いですか?」
「ん?どうした?」
「僕を異世界に送ると言いましたが、何が狙いなんです?サリーヌさんが得をするわけでもないのに」
「狙い……か…。そうだな…とにかく、私は面白いことがしてみたいだけだよ」
………は?……面白いこと…?この人何を言ってるんだろう……?
「面白いこと…ですか……?」
「そうだ。そもそもこの世界に来たのはあちらに飽きたからだし、この実験は面白い結果を生んでくれそうだからな。」
「面白い結果、ですか…。そういえば、僕は異世界に送られたらこっちではどうなるんですか?」
「うん?そりゃあ、自殺したことにしておくよ。あ、そうだ。一応遺書を書いてもらえるか?」
「遺書、ですか?」
「そう、遺書。君を自殺に追いやろうとした奴らのことをイヤミったらしく書いてくれ」
僕はその後、サリーヌさんに指導をされつつ、遺書を書いた。……すごい文章になった。
「よし、これはコピーして各メディアと君の学校に送りまくる。さあ楽しくなるぞお!!」
「……すごくいい顔してますね…。」
魔王のような邪悪な笑みを浮かべるサリーヌさんだった。
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「さて…と、それじゃあ準備を始めようか」
楽しそうにFAXを使っていたサリーヌさんがそう言う。
僕は頷く。
「じゃあそこに横になってくれ」
先ほどの装置はCTの機械のようになっており、身体を横たえる部分がある。僕はそこに寝る。
「では始めようか。……と、これは選別だ。」
サリーヌさんは厚みが5センチほどの本をどこからか取り出した。
「……これは?」
「なに、君が死ぬ確率を下げる為のアイテムと思ってくれ。…頑張れよ?」
そう言うと、サリーヌさんの手が淡く発光し始める。
「まず、君を強制的に眠らせてから幼児化させ、それからあちらに送り込む。だから君とはもう今、お別れだな。」
「……ありがとうございます。お願いします」
「よし、じゃあな」
サリーヌさんを中心に光は広がり――――僕の意識はそこで途絶えた。
次回はまだ主人公視点じゃない、予定です。