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形魂  作者: 朝野麻
2/5

一夜

その日は、雨が降っていたにも関わらず月が出ていたという。

雲が月を避けるかの様に、其所だけぽっかり拓けていたのだと祖父は言っていた。

 

「だから何で陽時(アキトキ)なんだよ?」

 

「祖父さんが『夜を照らす陽のごとし。まさに時を渡る光なり』って言ってつけたんだってよ。」

 

「意味解んねぇ。」

 

俺も、と言って俺たちは笑いあった。俺は親友の柊也(シュウヤ)と自分の名前の由来について話していた。

どういう経緯でそんな話になったかは覚えていないけれど、多分どうでもいい事からだったと思う。

 

「そう言う柊也はどうなんだよ?」

 

「あぁ?俺か?俺は、昔体が弱かったから、冬を耐え抜く柊みたいに強くなれって親父が願いをこめてつけたんだよ。」

 

正に『にかっ』と言う表現が当てはまる様な笑顔で語る柊也は、高校2年生の今、皆勤賞を目指している。

しかもクラスの半分以上がノックアウト為れた去年のインフルエンザウイルスにも勝利し、正真正銘今だ一度も休みはない。

 

「逆に元気になりすぎてる気がするのは俺の気のせいか?」

 

ちょっとからかうみたいに言ってやると、

 

「それは単にお前が体弱すぎるんだよ。」

 

と、返された。

 

そりゃあ、俺は去年のインフルエンザウイルスにも見事にKOされ、2週間ほど寝込みましたよ。夏には風邪をひいて、しかも其れをこじらせて肺炎になって入院もしましたよ?

だからって体が弱すぎるわけじゃ……。

そ、そりゃあちょっと普通の人より悪化は為やすいけど、ひきやすさは皆と同じで俺は長引くだけなんだ。

 

「実は俺、陽時って初めヨウトキって読んだんだ。」

 

俺が一人で悶々と考えていると、急に柊也が話題を変えてきた。

 

「えっ?」

 

「だから、最初陽時ってどう読むか分からなかったんだよ。」

 

「あ、あぁ、よく言われる。」

 

太陽の陽に時間の時でアキトキと読ませるのは珍しく、今まで一発で読んだ人はいない。

 

祖父さん曰く、うちは先祖代々続く旧家で、遡れば平安時代にまでいくらしい。

俺が名前について文句を言えば祖父さんは

「名は体を現すんじゃ!!」

と、返してきた。現代人にも分かる言葉で言いやがれってんだ。

まぁ、そんな理由でか、2005年を生きる高校2年生のこの俺に『陽時』なんて古臭い名前をつけやがった。

ちなみに名字は北条(ホウジョウ)で繋げちゃえば北条陽時だ。全く、俺は何時の時代の人間だよ。(ついでに言っちゃえば祖父さんは北条雨丸(サメマル)。ネーミングセンスの無さは遺伝だな。)

 

「今は武士の時代かよ。」

 

ムスッとしながら俺が言えば柊也は俺の頭に手をのせ(柊也の方が3cmほど身長が高い)クスクスと笑いだした。

 

「何だよ。」

 

「あー、だって仕方が無いだろう?実際武士の家系だったんだから。」

 

そう、うちは過去武士と呼ばれていたらしい。

だけど今は21世紀だぞ?過去(しかも何百年も前)のせいでこんな古臭い名前をつけられる俺の身にもなれってんだよ。

 

「それでも納得できん。」

 

「まぁ、そう言いなさんな。ついちまってるもんは仕方が無いだろ?」

 

柊也はそう言うが、俺の不満が晴れるはずもない。

 

「柊也は古臭い名前じゃないから言えるんだよ。」

 

俺がそう言うと、柊也がますます笑いながら、まあなと応える。

 

「最低。」

 

「ゴメン、ゴメン。冗談…。」

「なわけないだろう。」

 

「あっ、バレた?」

 

「決まってんだろうが!!」

 

 

それは、何時もの様な話とやりとり。

 

俺と柊也はその後何時間か喋って、各々の家路につく事にした。

 

「じゃあな、柊也。」

 

「あぁ、また明日な。」



 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『また明日。』

 




 

 

俺たちはそんな日常的な"その日"がくることを信じて疑わなかった。

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

********

 

「ただいまー。」

 

「おかえり、陽。」

 

俺が家に帰れば、其所に散らばる紅い薔薇の花と無惨に割れている花瓶だったものがあった。

それは確かに朝母さんが楽しそうに生けていた紅い薔薇。

 

「また来たの?」

 

俺が問えば、大きく溜め息をつき応える母さん。

 

「えぇ。本当、しつこい人ね。うんざりだわ。」

 

「そう思うなら条件のんじゃえよ。その方が母さんの負担も無くなるだろ?」

 

ピクリ、と(息子の俺が言うのも何だが)綺麗な顔をしかませて母さんが明らかに怒りに色を変えた。

 

「私は今まで陽を負担だなんて思った事なんて一度もないわ!!」

 

「……ゴメン。」

 

俺の父は、俺がまだほんの小さい時に死んだ。

だから顔は覚えてないけれど、俺と同じ灰色の目をしていて(俺は左目だけ。父は両目)とても優しく、温かい人だったとよく母さんが話している。

母さんは元々超がつくほど有名な貿易会社の社長令嬢で、父との結婚はあたり前だがかなり反対されたらしい。

そして母さんは実の父親(俺のもう一人の祖父ちゃん)に勘当を言い渡されても尚父と一緒になることを望んだ。つまりは大恋愛の末の結婚ってやつだ。

結局直ぐに母さんを残して死んじまったのに、母さんは再婚もせず未だ一途に父を想い続け一人で俺を育ててくれた。

女手一つと言っても、母さんはそれなりに売れているインテリアデザイナーだから、別に生活に困ったりはしなかっけど、それなりに普通の家庭よりは大変だったのは確かだろう。

 

「陽は悪くないわ。もちろんお義父さんもね。」

 

いつも気丈な母さんが悲しそうに笑いながら言葉を紡ぐ。暗い瞳は花瓶の残骸へ。

 

「悪いのは突然いなくなった猛虎(たけとら)さんよ。」

 

母さんが父にそっくりだと何時もいっていたあの猛虎さんが突然消えたのは、三年前の暑い、暑い夏の日。

猛虎さんは父さんの兄、つまり俺の叔父さんにあたるひとだった。

猛虎さんは、北条家の宗主だった祖父さんの跡を継いで、代五十何代目かの『武』を勤めていた。『武』って言うのは代々うち、北条家の宗主が受け継ぐ名で、簡単に言ったらまぁ、敬称みたいな感じのものだ。

そんな猛虎さんは、母を心配してよくうちにも尋ねてきてくれていて、俺にとって居ない『父』という穴を埋めてくれていた大切な存在だった。

猛虎さんがまだいたときは、俺たちと祖父さんの関係もそれなりに上手くいっていて、ただの祖父と息子の嫁と孫でいられたんだ。けど─…‥

 

「まだ諦めてないんだ。俺を養子にむかえたいって話。」

 

暗い、重い空気が俺たちを包む。

 

「お義父さん、堅い人だから、いくら孫と言ってもうちは分家。総家の人間しか北条を継いではいけないんですって。」

 

分家や総家。

そんな事にこだわるのはうちが旧家だから。特に祖父さんは伝統や建前へのこだわりは半端じゃない。まぁ、人間が古いから仕方がないと諦めているけど。其れにしたって限度ってもんがあるだろうが。


「俺は、母さんが今のままが良いって思うんならそれで良いと思うよ。」


「陽時…。」


「祖父さんもさ、きっとまだ戸惑ってるんだよ。猛虎さんだけだったから。」


祖母さんに先立たれ、二人の息子のうちの一人は23歳という若さで死に、残った長男もある日を境に消えうせた。精神的ショックはかなり大きいだろう。

『自分だけを残して』という孤独の痛みは俺にも解かるから、だからどんなに自分勝手な言い分だって解かっていても心の底から嫌いになることができない。


「母さん、待とうよ。俺、猛虎さん信じてるから。絶対帰ってくるよ。」


父が死んでから止まっていた母さんの時間。それが動き始めていたのは知っていた。それをしたのが猛虎さんだってことも。だから……。


「俺が宗家になるのは猛虎さんが帰ってきてからで十分だろ?」


「っな!?陽時!!」


真っ赤になってる母さん。そんな反応しちゃったろバレバレだっつうの。ホント、この人は何時までも無垢で純真な子供なんだろうなぁ。


「信じて待っててあげなよ。時期に祖父さんも分かるだろうからさ。」


俺がそう言って笑ってやれば、母さんも何時もの笑顔になった。


「…うん、きっとそうよね。陽、お腹空いたでしょ?ご飯にしましょ。」


すっきりと晴れた顔で母さんは動き出した。こうなった母さんは何より強いことを俺は知っている。

俺が安心して母さんの背中を見つめているといきなり思い出したように「っあ!!」と叫んで振り返り、俺に話しかけてきた。


「お義父さんに、陽に『扉に気をつけろ』って伝えろって言われたんだけど…。」


「扉?」

















『早く来よ。』
















その時確かに俺の頭の中には声が響いた。暗い、暗い闇に響くような、そんな感覚の不思議な声が俺の心にスウっとはいって消えていった。



















『また明日。』




















夜は更けゆき、”それ”は近づく筈なのにこの拭いきれない違和感は何なんだろう?







俺は、







『また明日。』






 


 

 

 

 

 





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