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異世界から帰ってきた幼馴染にドーナツ屋へ連行される話

作者: 藤枝止木
掲載日:2026/08/11


「ふぅ…… 今年も、手がかりは無しか」


 俺はPCを操作する手を止め、力無く自室の天井を仰いだ。

 幼馴染の女の子、ナツキが失踪してから今日で丸二年経つ。

 一緒に出た高校の卒業式の直後、あいつは忽然と姿を消したのだ。


 ネット上で情報を募ったりビラを配ったりしながら、俺は必死にあいつを探してきた。

 だがその成果はゼロ。警察やあいつの家族ですら、もう捜索を諦めてしまっている。

 

「ナツキ、どこにいるんだよ……」


 そう呟いた時だった。


 ヴンッ……


 妙な音に振り返ると、部屋の中に黒い穴のようなものが出現していた。


「--は……?」


 呆然と見ていると、穴の中から懐かしい人物が飛び出してきた。

 ぱっちりとした目元の人懐っこそうな顔立ち。艶やかなポニーテールに健康的な褐色の肌。服装は高校の制服。

 俺の記憶の中にあるナツキの姿そのものだった。


「ナツ、キ……?」


「トオル……! ただいま! ひっさしぶりー!」


 そいつは満面の笑みを浮かべると、飛び込むように俺に抱きついてきた。


「ふふっ、相変わらずの仏頂面! あれ、眼鏡変えた? 前髪、もうちょっと切ったほうが良くない? 目に悪いよ?」


「お、お前……! 今までどこに……それにあれは……!?」


 俺が黒い穴を指さすと、それは幻のように消えた。


「あー、びっくりするよね。ちょっと異世界召喚されちゃっててさ。

 ね、それよりあたしお腹すいちゃった! いつものお店行こーよ!」


「はぁ……? お、おい!」


 俺はナツキに手を引かれるまま外に連れ出され、そのまま近所のドーナツ屋へと連行された。


 二人で店に入ると、客のまばらな店内には甘い香りが漂っていた。

 ナツキはトレーに山盛りのドーナツを購入し、いそいそと席に座った。

 俺も流されるままドーナツを買い、彼女の正面に腰を下ろした。


「いっただっきまーす! ムグムグムグ……んー、これこれぇ! 美味しすぎて泣けてくるぅー!」


 本当に泣きながら、ナツキが飲むようにドーナツを貪る。目の前の光景がまだ信じられない。

 

「なぁ……食いながらでいいから教えてくれ。異世界召喚されてたってどういうことだよ」


「あ、やっぱ気になる? もー、大変だったんだよー」


 それからナツキは、世間話のようなノリで語り始めた。

 卒業式のあの日、気がつくと、彼女は謁見の間のような場所に立っていたらしい。

 

『上位世界の勇者、ナツキよ。どうかその力で魔王軍を滅ぼし、我らを救って欲しい』


 自身を呼び出した国王にそう懇願されたナツキだったが、彼女は素直に頷かなかった。


『うーん……じゃあ魔王軍の人とも話させてよ。こーゆー時は、両方の話を聞かなくちゃね!』


 実にナツキらしい物言いだが、その瞬間に王国側の態度は一変。彼女に強力な隷属の魔法をかけようとしたらしい。

 雰囲気でまずいと感じた彼女は、必死にその魔法に抵抗して逃亡。

 人類の敵として指名手配され、何度も殺されそうになりながら、彼女は必死に逃げ続けた。


 そして逃亡の果てに行き倒れた彼女を救ったのは、なんと魔族だった。 

 恩に報いるために魔王軍へ加わったナツキは、魔族領を侵す王国軍に、勇者としての凄まじい力を振るった。

 結果、王国軍は幾度となく壊滅。人類と魔族の戦争は、無期限の停戦という形で決着した。


「で、魔王様にお願いして、送還魔法で地球に帰してもらったの!」


「--そうか……本当に、大変だったんだな……」


 話し終えたナツキに、俺は目を伏せてそう応えた。

 

 目にしたのがあの黒い穴だけだったら、何を馬鹿なと笑い飛ばせたかも知れない。だが……

 制服から覗く彼女の手足に刻まれた無数の傷跡。

 彼女から漂う大型の肉食獣のような威圧感。

 そして彼女が時折見せる、底知れない闇を宿したような目。


 それらが否応なく、ナツキの話が真実であることを告げていた。

 俺には想像もできない過酷な日々が、太陽のように屈託なく笑う彼女を変えてしまったのだ。

 彼女の生還を喜ぶべきなのに、それがただただ悲しかった。


「あ、もう無くなっちゃった……おかわりしてくるね!」


 いつの間に平らげたのか、ナツキが空になったトレーを持って席を立つ。


「食い過ぎだろ……そんなにここのドーナツが食いたかったのか?」


「もちろん! だってここ、トオルと一番沢山通ったお店だし!」


「……!」


 その言葉を耳にした瞬間、俺は自分の思い違いに気づいた。

 こいつは確かに変わったが、芯のところはそのままなのだ。

 ナツキには家族は勿論、仲のいい友達が何十人といる。

 けどこいつは、いつものように真っ先に俺に会いにきてくれた。ただ付き合いが長いだけの俺に。


「あ。でもトオルは食べ飽きちゃってるか……別のお店が良かったかな?」


「--いや、ここで良かったさ。俺もこの店に来るのは二年振りだ」


「え……」


 ナツキが驚いた表情でこちらを見る。

 俺はおもむろに手を伸ばし、自分のトレーに乗ったドーナツを一口齧った。

 懐かしい甘さと柔らかな食感に、自然と口角が上がる。

 

「ああ、やっぱり美味いな……次に来るときはお前と二人で。そう決めてたんだ」


「そ、そうなんだ……遠慮しなくて良かったのに、真面目だなぁ。でも、ありがと」


 ナツキが目を泳がせながら髪をいじる。こいつが照れたりした時にする癖だ。

 赤面する彼女を見て、俺の心臓が大きく跳ねた。

 

「な、なに赤くなってんだよ…… ほら、早く行きな。俺も、お前と話したいことが山ほどあるんだ」


「うん! すぐ買ってくるから、待ってて!」


 ナツキが嬉しそうにドーナツの元へ走っていく。

 その後ろ姿がやっと溢れてきた涙で歪む。

 面と向かって言うのは気恥ずかかったので、その背中に向かって小さく呟いた。


「おかえり、ナツキ」


お読み頂きありがとうございました!

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