異世界から帰ってきた幼馴染にドーナツ屋へ連行される話
「ふぅ…… 今年も、手がかりは無しか」
俺はPCを操作する手を止め、力無く自室の天井を仰いだ。
幼馴染の女の子、ナツキが失踪してから今日で丸二年経つ。
一緒に出た高校の卒業式の直後、あいつは忽然と姿を消したのだ。
ネット上で情報を募ったりビラを配ったりしながら、俺は必死にあいつを探してきた。
だがその成果はゼロ。警察やあいつの家族ですら、もう捜索を諦めてしまっている。
「ナツキ、どこにいるんだよ……」
そう呟いた時だった。
ヴンッ……
妙な音に振り返ると、部屋の中に黒い穴のようなものが出現していた。
「--は……?」
呆然と見ていると、穴の中から懐かしい人物が飛び出してきた。
ぱっちりとした目元の人懐っこそうな顔立ち。艶やかなポニーテールに健康的な褐色の肌。服装は高校の制服。
俺の記憶の中にあるナツキの姿そのものだった。
「ナツ、キ……?」
「トオル……! ただいま! ひっさしぶりー!」
そいつは満面の笑みを浮かべると、飛び込むように俺に抱きついてきた。
「ふふっ、相変わらずの仏頂面! あれ、眼鏡変えた? 前髪、もうちょっと切ったほうが良くない? 目に悪いよ?」
「お、お前……! 今までどこに……それにあれは……!?」
俺が黒い穴を指さすと、それは幻のように消えた。
「あー、びっくりするよね。ちょっと異世界召喚されちゃっててさ。
ね、それよりあたしお腹すいちゃった! いつものお店行こーよ!」
「はぁ……? お、おい!」
俺はナツキに手を引かれるまま外に連れ出され、そのまま近所のドーナツ屋へと連行された。
二人で店に入ると、客のまばらな店内には甘い香りが漂っていた。
ナツキはトレーに山盛りのドーナツを購入し、いそいそと席に座った。
俺も流されるままドーナツを買い、彼女の正面に腰を下ろした。
「いっただっきまーす! ムグムグムグ……んー、これこれぇ! 美味しすぎて泣けてくるぅー!」
本当に泣きながら、ナツキが飲むようにドーナツを貪る。目の前の光景がまだ信じられない。
「なぁ……食いながらでいいから教えてくれ。異世界召喚されてたってどういうことだよ」
「あ、やっぱ気になる? もー、大変だったんだよー」
それからナツキは、世間話のようなノリで語り始めた。
卒業式のあの日、気がつくと、彼女は謁見の間のような場所に立っていたらしい。
『上位世界の勇者、ナツキよ。どうかその力で魔王軍を滅ぼし、我らを救って欲しい』
自身を呼び出した国王にそう懇願されたナツキだったが、彼女は素直に頷かなかった。
『うーん……じゃあ魔王軍の人とも話させてよ。こーゆー時は、両方の話を聞かなくちゃね!』
実にナツキらしい物言いだが、その瞬間に王国側の態度は一変。彼女に強力な隷属の魔法をかけようとしたらしい。
雰囲気でまずいと感じた彼女は、必死にその魔法に抵抗して逃亡。
人類の敵として指名手配され、何度も殺されそうになりながら、彼女は必死に逃げ続けた。
そして逃亡の果てに行き倒れた彼女を救ったのは、なんと魔族だった。
恩に報いるために魔王軍へ加わったナツキは、魔族領を侵す王国軍に、勇者としての凄まじい力を振るった。
結果、王国軍は幾度となく壊滅。人類と魔族の戦争は、無期限の停戦という形で決着した。
「で、魔王様にお願いして、送還魔法で地球に帰してもらったの!」
「--そうか……本当に、大変だったんだな……」
話し終えたナツキに、俺は目を伏せてそう応えた。
目にしたのがあの黒い穴だけだったら、何を馬鹿なと笑い飛ばせたかも知れない。だが……
制服から覗く彼女の手足に刻まれた無数の傷跡。
彼女から漂う大型の肉食獣のような威圧感。
そして彼女が時折見せる、底知れない闇を宿したような目。
それらが否応なく、ナツキの話が真実であることを告げていた。
俺には想像もできない過酷な日々が、太陽のように屈託なく笑う彼女を変えてしまったのだ。
彼女の生還を喜ぶべきなのに、それがただただ悲しかった。
「あ、もう無くなっちゃった……おかわりしてくるね!」
いつの間に平らげたのか、ナツキが空になったトレーを持って席を立つ。
「食い過ぎだろ……そんなにここのドーナツが食いたかったのか?」
「もちろん! だってここ、トオルと一番沢山通ったお店だし!」
「……!」
その言葉を耳にした瞬間、俺は自分の思い違いに気づいた。
こいつは確かに変わったが、芯のところはそのままなのだ。
ナツキには家族は勿論、仲のいい友達が何十人といる。
けどこいつは、いつものように真っ先に俺に会いにきてくれた。ただ付き合いが長いだけの俺に。
「あ。でもトオルは食べ飽きちゃってるか……別のお店が良かったかな?」
「--いや、ここで良かったさ。俺もこの店に来るのは二年振りだ」
「え……」
ナツキが驚いた表情でこちらを見る。
俺はおもむろに手を伸ばし、自分のトレーに乗ったドーナツを一口齧った。
懐かしい甘さと柔らかな食感に、自然と口角が上がる。
「ああ、やっぱり美味いな……次に来るときはお前と二人で。そう決めてたんだ」
「そ、そうなんだ……遠慮しなくて良かったのに、真面目だなぁ。でも、ありがと」
ナツキが目を泳がせながら髪をいじる。こいつが照れたりした時にする癖だ。
赤面する彼女を見て、俺の心臓が大きく跳ねた。
「な、なに赤くなってんだよ…… ほら、早く行きな。俺も、お前と話したいことが山ほどあるんだ」
「うん! すぐ買ってくるから、待ってて!」
ナツキが嬉しそうにドーナツの元へ走っていく。
その後ろ姿がやっと溢れてきた涙で歪む。
面と向かって言うのは気恥ずかかったので、その背中に向かって小さく呟いた。
「おかえり、ナツキ」
お読み頂きありがとうございました!
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