第1話 残ったぬくもり
柔らかい。
体温がある。
しかも、それは私の胸の上に乗っている。
「……え?」
指先が、ふわりと沈み込む。
押し返すような弾力。
——夢?
いや、違う。
こんなにはっきりと温かい夢なんて、あるだろうか。
いくら私でも、ここまで柔らかいわけがない。
恐る恐る目を開ける。
——何もない。
天井と、朝の光だけ。
「……は?」
手を見下ろしても、そこには私のパジャマしかない。
なのに。
指先には、確かにぬくもりが残っていた。
この部屋に、私以外の人がいるはずはないのに。
「動物とか?」
いや、ない。
ペットは飼ってないし窓も閉まっている。
そう思った瞬間────
「んん、」
耳元から声が聞こえる。
おかしい。
私は今一人なんだから、声が聞こえるわけが無い。
「そろそろ起きないと遅刻するぞ!」
リビングからパパの声が聞こえる。
「分かった!」
返事をして起きる準備をする。
あの気持ちの良い感触は一体なんだったんだろうか。
私は室内を確認することもせず寝ぼけたままリビングに降りた。
「遅刻するんじゃないぞ?莉茉」
「うん。分かってるよ」
「それとな、莉茉。帰ってきたら話があるんだ」
「話?」
「あぁ、驚かれるかもしれないが、大事な事だから」
「分かった。早めに帰るようにするね」
「そうしてくれると助かる」
「行ってきます」
パパの会社は出勤か在宅勤務の二つの勤務形態がある職場だ。
「もしかしたら彼女でも出来たりして」
パパは小さい頃から私を男手一つで育ててくれた。
誰と交際するとか結婚するとかは、パパの人生なんだし。私がとやかく言うようなことではないような気がしていたのだ。
「でも、相手がいるなら早めに紹介して欲しいな」
そう思いながら私は学校の教室へ足を運んだ。
教室の扉を開けると、いつものざわめきが耳に入る。
その中心にいるのは、やっぱり彼女だ。
クラスで一番の美少女。
窓際の席で、柔らかく笑っている。
私とは住む世界が違う人。
そう思っていた。
そのとき。
ふと、視線が合った。
——いや、違う。
最初から、こちらを見ていた。
一瞬だけ、彼女の目が細められる。
まるで、知っているみたいに。
私は思わず目を逸らした。
胸の奥が、ざわつく。
朝の“ぬくもり”を思い出す。
……気のせいだよね。




