第8話「まだ友達じゃないけど」
冒険者登録を終え、ようやく肩の力を抜いた悠斗は、ギルドホールの片隅にあるテーブル席に腰を下ろしていた。
目の前には、相変わらず明るく元気そうな梓。
けれど、ギルドの受付や鑑定で見せた立ち回りは、思っていた以上に要領がよくて、ただの陽キャとは少し違う印象を受けた。
「ふぅ〜、一仕事終えた感じあるね」
「……何もしてないけどな、俺」
「いやいや、登録だけでも立派な第一歩でしょ。
それにあのスキル、すごかったじゃん。《存在薄弱》だっけ?めっちゃレアって言われてたじゃん」
「ありがたくねえけどな……」
悠斗は苦笑した。
何せそのスキルのせいで、ギルドに入ってから何人に「誰?」と言われたかわからない。
「まあ、でもさ」
梓が椅子の背もたれに寄りかかり、視線を天井へ向ける。
「ひとまず、これでスタート地点には立てたって感じだよね」
「……スタートか」
この世界で、自分は何ができるのか。
そもそも、なんでここに飛ばされたのか。
そんな答えはまだ、どこにもない。
けれど、今なら少しだけ――
ここでの時間を、悪くないと思える気がした。
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「ねえ、そういえばさ」
梓がテーブルに身を乗り出す。
「ちゃんと自己紹介してなかったよね、私たち」
「あー……確かに」
「私は天川梓。気づいたらこっちの世界にいて、それからなんとなく冒険者やってる感じ」
「日本人、なんだな」
「うん。まあ、ここでの生活にも慣れてきたけど、最初は結構パニックだったよ」
「俺も似たようなもんだ。綾瀬悠斗。17歳。……こっちに来る前、俺って存在してたのかなって思うくらい、影の薄い学生だった」
「へえ……でもさ、そのスキル。きっと“そういう生き方”してたからこそ手に入ったんじゃない?」
「……皮肉だけど、納得はできる」
ふたりの会話は、ふとした拍子に共鳴した。
沈黙は気まずくなく、むしろ心地よく流れていった。
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「でさ、あのさ」
梓が、少しだけ視線を泳がせながら言う。
「……あの、まだ友達って感じじゃないかもだけどさ」
「うん?」
「一緒に……組まない? パーティー。いきなり一人で依頼とか不安でしょ」
悠斗は少し考えて、それから頷いた。
「……お前が一緒なら、少しは安心できるかもな」
「よっしゃ決まり!」
梓はガッツポーズをしてから、ギルドの端末に向かって走っていく。
その背中を、悠斗は少し笑いながら見送った。
(変なやつだけど、なんか……頼れる)
そう思えた自分にも、驚いていた。
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パーティー申請はあっさりと完了した。
ギルド職員からは「へえ、珍しい組み合わせですね」と微笑まれる。
「珍しい、ってなんだよ」
「ま、いろいろあるってことでしょ」
カードには《パーティー名:未定》と表示されていた。
「名前、どうする?」
「……あとでいいんじゃね?」
「だね!」
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ギルドを出た帰り道、夕暮れの陽が石畳をオレンジ色に染めていた。
「そういえばさ、悠斗ってなんでこの世界に来たの?」
「……わからない。気づいたら、ってやつ。でも、今は――」
言葉を選びながら、ふと隣を歩く梓を見た。
「今は……一人じゃないから、ちょっとマシかも」
「ふーん。それ、嬉しいこと言ってるんだよね?」
「たぶん」
梓はくすっと笑い、足元にじゃれてきた黒猫に一瞥をくれた。
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悠斗はふと横を見る。梓と、その隣をぴょこぴょこと歩く黒猫の姿。
「……まあ、梓もいるし、クロノもいるし」
口に出してみると、思っていたよりずっと、気持ちは軽かった。




