第15話「はじめての戦い」
森の中は、思ったよりも静かだった。
鳥の声、葉の揺れる音、どこか懐かしさを覚える自然のリズム。けれど、悠斗の足取りは慎重だった。
「このあたりが、スライムの目撃地点みたいだね」
梓が地図を確認しながら、小声で言った。
腰の剣にそっと手を添え、立ち止まる。
梓は目を閉じ、深く息を吸う。
《感覚拡張》の発動とともに、風の流れや草の揺らぎ、微細な気配が視界のように広がっていく。
「……いた。この先、三体。ゆっくり動いてる」
「……了解」
悠斗は小さく答え、息を殺して梓の背後へとつく。
気配、音、存在——そのすべてを薄め、まるで空気と同化するように。
(俺にできるのは、“気づかれない”ことを活かすことだけ)
そう意識を切り替えた瞬間、彼の存在は木々の影に溶け込んだ。
梓が静かに前進する。
やがて、半透明のスライムが地面を這っている姿が視界に入った。
青く揺らぐそれらは、重なり合いながらぬるぬると進んでくる。
「前に出るね。悠斗は、タイミングを見て後ろから」
「……わかった」
梓が剣を抜いた瞬間、スライムたちの注意が彼女に向く。
振動で獲物の位置を探るその習性に従って、数体が一斉に動きを止めた。
そしてその背後——悠斗が音もなく近づいていた。
(今だ)
木陰から素早く滑り出し、短剣を一閃。
スライムの核石を正確に貫くと、体がしゅるりと崩れる。
「一体、やった!」
梓の声が響く中、悠斗はすでに次の個体に接近していた。
相手は何も感じていない。悠斗がいることすら、最期までわからないまま崩れ落ちた。
3体目を倒すころには、森の空気は元の静けさを取り戻していた。
⸻
「……終わった、かな」
「うん、全部やったよ。梓が引きつけてくれたおかげだよ」
悠斗は額の汗を拭い、呼吸を整える。
「すごかったよ、悠斗。まったく気配がなかった。正直、今でもどこにいるか分からなかった」
「……ありがとう。でも、クロノの方がすごいかも」
ふと見ると、クロノは近くの切り株の上で毛づくろいをしていた。
まるで、「終わったなら帰るよ」と言いたげに、ふんと鼻を鳴らす。
「……まあ、見守っててくれたってことにしとこっか」
梓が笑うと、クロノが一度だけ鳴いてそっぽを向いた。
⸻
森を出て、2人は街へと戻る。
「これで、ギルドに報告すればいいんだよね?」
「うん。核石はしっかり3つ回収したし、文句なしだと思う」
街の門をくぐると、どこか達成感のようなものが悠斗の胸に広がっていた。
まだ怖さはある。でも、それ以上に——
「……自分が、役に立てるって思えた」
その言葉に、梓は静かに微笑んだ。
「じゃあ次は、ちょっと上の依頼も見てみようか」
新しい世界での第一歩。
彼らの挑戦は、まだ始まったばかりだった。




