表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

第10話「姿なき獲物」

「……あれ? 今、誰かいた?」


梓が小さくつぶやいた。


森の中、柔らかな木漏れ日が差す静寂のなかで、微かな“気配”のようなものを感じたという。


悠斗もその場で足を止める。


「見えた?」

「ううん、姿は見えなかった。気配、というか……背筋がぞわっとした感じ」


梓は辺りを見回しながら、慎重に腰を落とす。

先ほどまでの明るいテンションとは打って変わって、真剣な表情になっていた。


「もしかして……魔物?」

悠斗の声も少し低くなる。


「このへん、基本的には小動物しかいないって聞いたけど。念のため、警戒しておこう」


2人はそれぞれ、視線を交錯させることなく自然に背中を合わせるようにして、周囲を探る。

だが、どれだけ目を凝らしても、「それ」は見えなかった。


「……気のせい、かな」


梓がようやく口を開いた。


「さっきの気配、もう感じないや。こういうこと、たまにあるらしいから」


「どういう意味?」

悠斗が聞くと、梓は指先で地面の草をなぞりながら答えた。


「たとえば、強い隠密スキルを持ってる人とか、魔力操作がうまい人が近くにいると、姿は見えなくても“何かがいる”って感じることがあるんだって。気配が消えてるはずなのに、逆に違和感として伝わるっていうか……」


「違和感……か」


悠斗は、ふと自分のスキルを思い出す。

——《存在薄弱エアリアル》。


「自らの存在感を極端に希薄化し、視覚・聴覚・気配など各種感知を困難にする。

一定以上の感覚能力を持つ対象には、ごく微細な“違和感”として伝わる可能性がある」


(まさか……今のが、俺のせいだったりする?)


自分のスキルが、ただ消えるだけの能力ではないこと。

完全な透明ではなく、感覚の鋭い相手には“気配のノイズ”のように感知されてしまうこと。

それは、悠斗にとって初めての気づきだった。


(俺の《存在薄弱エアリアル》って……そういう作用もあるのか)


彼は少しだけ背筋を伸ばしながら、胸の中に新たな理解を刻み込んだ。


「まあ、とりあえず……シュリ草、まだ全部そろってないし、続けようか!」


梓はぱっと切り替えて、地面の草むらにしゃがみ込む。

悠斗もその横に腰を落とし、地味ながらも確かに“自分の役割”を感じながら、手を動かし始めた。


そのときだった。


「にゃ」


どこからともなく、短く低い鳴き声。


2人が顔を上げると、森の小道の端に黒猫が座っていた。

ギルド前で、悠斗の肩に乗っていたあの猫——クロノだ。


「またついてきたな……」悠斗が小さく笑う。


「なんかもう、当然のようにいるよね」梓がくすりと笑った。


クロノは悠斗の足元まで近づいて、しばらくじっと見上げていたが、

やがて興味を失ったように、その場に座り込んだ。


「気づけばいつもそばにいるし……もう相棒みたいなもんか」


悠斗はそうつぶやきながら、草むらに目を戻す。

まるで当たり前のようにそこにいる黒猫の存在が、今や自然に感じられていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ