7.王子の趣味と涙の肖像画
一日の業務が終わり、ようやく与えられた自分一人の時間。
そんなとき、セヴィは自室に籠る。
なんてことはない紙に、ペンを走らせる。
シャッシャッと軽い音がして、インクが意味のある形に広がっていく。
それはあっという間に人の輪郭を、人の瞳を、鼻を、口を、描き出す。
──似ている。
似ている、と思った。
結婚式で初めてまじまじとフィリアの顔を見て、遠い記憶の誰かに似ていると、そう思った。
セヴィがまだ幼かったころに出会った少年の顔を描く。まあるい瞳。煤まみれの肌。
死にたがりで、今にも死んでしまいそうで、その瞳は暗く淀んで、深い沼の底。
死なせてくれよと泣き喚いた少年。
──やっぱり似てないか。
能天気にぴかぴか笑う太陽姫。
政略結婚に思うこともあるだろうに──いつもにこにこ笑っている。
姫として、王子の妻としては完璧なふるまい。
だけれど、その笑顔はどうにも嘘くさくて苛々する。
考えながら、セヴィはペンを動かす。
シャッシャッシャッと心地よい音が鳴る。
ふと、手元に出来上がっていたのは金髪の王女──フィリアの姿だった。
「どうしてこんなものを」
無意識のうちにフィリアを描いていたようだ。
セヴィは目を細めて、その絵を見た。
我ながらよく描けている。
美しい金髪。宝石みたいなエメラルド色の瞳。
でも──そのフィリアの顔は、今にも泣く寸前かのように歪んでいた。
「こんな顔、見たこともないのだがな」
そう独り言ちて、ごみ箱に捨てた。