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18.負けず嫌いの王子様

 古びた螺旋階段をのぼる。石の壁は冷えきっていて、吐く息が白く染まった。

 塔の最上階、開かれた扉の先には、雪原を一望できるバルコニーが広がっていた。

 

「兄さんとはここでよくかくれんぼをしたものさ」

「まあ!」


 アレクトの懐かしむような声にフィリアは驚きの声を上げた。

 螺旋階段の壁には一面に肖像画が飾ってある。一番新しそうなものに威厳のあるは銀髪の老人──エルマー王だ。よくセヴィに似ている。

 ふい、とフィリアは目を逸らし、アレクトの顔を見つめた。


「そんなお遊びをされていたんですね」

「そりゃするさ。氷の王子と恐れられるあの兄さんも小さい頃は可愛かったんだから」

「可愛かった……? その話、もっともっと聞きたいです」


 フィリアはきらりと目を輝かせた。

 アレクトは苦笑する。


「兄さんは負けず嫌いでね……。何度も『もう一回だ』と言ってきたんだよ」

「それはなんだか想像できます」

「僕の方が体が小さいでしょ? だから、かくれんぼも僕の方が強くてね。でも、それを認めたくないみたいでね。──ある時、本気で隠れて夜まで出てこなかったことがあるんだ」

「夜までですか!」


 アレクトはくすくすと笑いながら語った。


「うん。召使いたちが城中を探して大騒ぎになって、結局僕が泣きながら兄さんの名前を呼ぶ羽目になったよ。そしたら出てきたんだ──古いワイン樽の中から」

「ワイン樽の中に……」

「『アレクト、降参だろ?』って得意げに言うんだ。納屋の裏に転がってたもんだから底に水と泥が溜まっててね、兄さん、顔までぐしゃぐしゃだったけど勝ち誇った顔をしてたよ」

 

 幼き日の氷の王子が勝ち誇った顔をするところを思い描いてみる。

 どうにも上手く想像できない。

 いいなあ、とフィリアは無意識のうちに思った。

 

 ──私も、そんなセヴィ様の顔を見てみたい。


「僕はワイン樽の中に隠れるという発想よりも、その忍耐力に驚いたよ」

「普通の子どもじゃできないですわね」

「そんな兄さんだけど、一度だけすぐに見つかったことがあってね。……今から思えばあれはわざとだったのかもしれない」


 アレクトは思い出すように遠い目をした。

 

「わざと? それはどうして?」

「教育係にひどく怒られたことがあってね。兄さんと比べて怒るもんだからさ、その時はいらついて……兄さんなりに気を遣ったのかな」

「まあ」

「そんなやさしさ、子どもの頃には分からなかったけどね」


 セヴィらしいと思った。

 ──あの人のことなんて何も知らない。

 だけれど、寡黙な裏にちらりと覗かせるやさしさは、ひどくセヴィらしい。

 

「素敵なエピソードをありがとうございます。癒されましたわ」


 フィリアはドレスの裾を持ち上げて、おどけて笑った。アレクトも胸に手を当てて、仰々しく一礼をする。


「こんなもので癒されるなら、いくらでもお話しますよ。海の国の太陽姫さま。──僕もあなたの笑顔に癒されました」


 垂れ目をさらに下げて嬉しそうに笑うアレクト。

 ──そのとき、石段を踏みしめる音が、塔の下から近づいてきた。

 一瞬後、アレクトははっと目を見開いた。 


「兄さん……!」


「あら、セヴィ様」


 ツカツカと歩いてくるのは氷の王子。

 相変わらず端正な横顔は、幼き日のかわいらしさなど消えているよう。

 冷たい声でセヴィは言う。


「楽しそうなところ申し訳ないが、太陽姫さまは俺と食事の時間でな」


 セヴィの目線がフィリアの顔の上を滑る。

 絶対零度のその瞳。

 

「……はい」


 そう言えば、窓の外が暗い。

 時間も忘れてアレクトと喋ってしまったようだ。

 

 頷くと、セヴィはくるりと背を向けた。

 フィリアは慌ててその背を追う。


「またね。フィリア」


 後ろからアレクトの声がする。

 フィリアは振り返って、手を小さく振った。

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