17.太陽姫と微笑みの王子
「フィリア様、お届け物です」
「あら?」
侍女から受け取ったものを見て、フィリアは顔を綻ばせた。
籠いっぱいのフルーツ。鮮やかなそれは宝石のようだ。
中にはメッセージカードも付いていた。
──「どうぞ食べてください。」
達筆な字でそう書かれていた。
フィリアはいつのまにか微笑んでいた。
──お礼を言わなければならないわね。
フィリアはいつかの日にセヴィと会ったテラスに出た。
やはりセヴィはそこに佇んでいて、遠くを見ている。
何を考えているのか、知りたいと思うのは傲慢だろうか。
隣に並ぶと、彼は身動ぎをした。
「フルーツをありがとうございます。セヴィ王子」
「そんなものは渡していない」
冷たい声が返ってくる、
──照れ隠しなのかしら。
フィリアはおかしくなって微笑んだ。
「ええ? でもお届け物です、と渡されて……」
「誰に?」
「侍女のミナに」
チッとセヴィが舌打ちをした。
「食べたのか?」
「え……」
「食べたのか、と聞いている!」
これは照れ隠しなんかじゃない。
セヴィが、怒っている。
いつものように冷たい瞳で、けれど、声を荒げて。
フィリアは肩をすくませた。本能的な恐怖で体が震えた。
「まだ……です」
「ならいい」
セヴィは頷き、「急ぎ回収させる」とツカツカと歩いて行った。
一人取り残されたフィリアはため息を吐いた。
「なんで怒らせちゃったんだろう」
太陽姫には珍しく、上手く人付き合いができていない。
セヴィに言いたいことも、聞きたいこともたくさんあるのに。
そこに、人の気配がした。
セヴィが帰ってきたのかしらとフィリアは振り向くと──そこにいたのは黒髪の青年。背はセヴィよりも低いぐらいだろうか。
男はにこやかな笑みを浮かべてこちらに歩いてきた。
──この人は、誰?
「ようやく話せるね。海の国の太陽姫殿下」
男は歌うように笑った。
「あなたは……」
「フルーツを送ったのは僕だよ。アレクト・アルセイド」
「……! 第二王子の……!」
アレクト・アルセイドは銀月の国の第二王子。
そして、セヴィの弟だ。
「そう。似てなくてびっくりした?」
くるりとしたかわいらしい目元の王子は、やはりセヴィに似ていない。
その黒髪も。その笑顔も。
「君とは同じ年なんだ。よろしく」
「あら……!」
「仲良くなれないかと思ってね」
「ふふ、私も仲良くしたいです」
アレクトから差し出された手を、フィリアを取った。
そうすると、アレクトはまた無邪気そうに笑った。
誰からも愛されるような純な笑顔だ。
フィリアの警戒心も解れていく。
まったくもって、セヴィとは正反対。
どちらかというとフィリアと似ているような──。
「兄に困らされてはいない?」
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です」
「そう? それならいいけど。本当……?」
アレクトはこてん、と首を傾げた。
そのかわいらしい仕草にフィリアはまた微笑んだ。
自分を心配してくれる人がいることはありがたいことだ。
けれど、本当に困っていないのだ。
「口下手だけれど、優しい人なんだろうな、と思ってます。……たぶん」
まだセヴィのことはよく分からない。
それでも、優しい人だと思っている。
そう信じたいだけなのかもしれない。
言葉にすると気恥ずかしくなって、フィリアは慌てて俯いた。
「そっか。でも、兄さんに困ったら僕のところにおいでね」
アレクトはにっこりと笑った。無邪気で、明るくて、子犬のような青年だ。
「フィリアが困っていたら僕が解決してあげる! こうね、ビシッと……!」
「ビシっと……?」
人差し指で前を指すようなおどけた仕草のアレクトに、フィリアはころころと笑った。
「あ、僕に解決できないと思ってるんでしょ! できるから……! ビシッと!」
「なんでしょう……。あまり説得力がないような……」
「あっひどーい!」
◇
──その頃。
「あいつ、あんな顔もできるのか」
輝くような銀髪の男──セヴィは、満面の笑みを浮かべるフィリアを見て、そう呟いた。
その顔はやはり能面のように動かなかった。




