15.冷徹王子と野良犬騎士とニヤニヤ姫
「体調を崩されたんでしたっけ? 今後、公務にも出たら体調不良なんかで休めないんですよ」と言うのはルイゼ。相変わらずにこりともしないこの侍女長を目にしても、フィリアは怯まなくなってきた。これしきの嫌味ぐらい、なんてことはない。
ドレスの裾を持ち上げてふんわりと微笑む。これが強さ。
「はい。分かっております」
ルイゼは銀縁の眼鏡を人差し指でくいと上げた。
「まったく、セヴィ王子にも迷惑をかけて」
「セヴィ様に……?」
「迷惑をかけた自覚もないんですか。倒れたあなたを寝室に運んだのも、つきっきりで看病したのもセヴィ王子です。あの人には山ほどの仕事があるというのに、ですよ」
──やっぱり。
やっぱり、セヴィ様だった。
胸の奥に広がるこの温かな感情はなんだろう。誰かにお世話してもらったというのは嬉しい。それが、セヴィだともっと嬉しい。
──なぜ?
「何をニヤニヤ笑ってるのですか」
ルイゼが眉を顰めたのが視界の端でぼんやり見えた。
◇
「……セヴィ王子。おーい、王子様。銀の王子。……冷徹王子♪……これでも駄目か。狂犬王子♪」
聞き逃してはいけない言葉が耳に入ってきて、セヴィは書類から顔を上げた。
「聞こえているぞ、レオン」
ボサボサの茶髪を無造作にまとめた青年が左端の口角を吊り上げてにやりと笑った。セヴィの低い声にも怯まないのがこの男、レオン──セヴィの側近である。トップクラスの剣術を持つこの男は、勤務態度があまりにも悪く、騎士の資格を剝奪されそうになったが、それを救ったのがセヴィだった。とはいえ、レオンはそんな恩人であるセヴィにも服従の意志を見せない。ついたあだ名は野良犬・レオン。
「聞こえてたんすか。集中してたんで聞いてないかと」
「……用件はなんだ」
「セヴィ王子にお目通りを望むものが一名。宝石屋の行商人を名乗って門の前にいる」
ニヤついた笑みをすっと引っ込めてレオンは端的に告げた。
──それから小声で続ける。
「──武器の類は身に着けていない。西の国から来たシーザスと名乗っている。調べたところ、それは嘘ではないことが分かった。──どうしますか、セヴィ王子」
セヴィはレオンの報告に口元を緩めた。
この野良犬の優秀さが、セヴィがレオンを重宝している所以だった。
トントンと書類をまとめながら告げる。
「分かった。ご苦労──宝石の類は興味ない」
「王子は興味なくても、奥さんはどうかな」
セヴィは顔を上げる。
レオンの顔には優秀さの欠片もないニヤついた笑みが戻っていた。ゴシップを楽しむような、からかうような、子どもみたいな笑み。
──こいつ、からかっているな。
セヴィは眉を顰めた。
そのとき──ふと、いいことを思いついた。
「そうだな。では、シーザスを城に上げろ」
「分かりました、追い返しときますよ──て、え、王子? 姫さんの熱でも移ったんすか」
素っ頓狂な声を上げるレオン。
レオンの鼻を明かしたようで、セヴィは面白い気持ちになった。
そうだ、この顔が見たかった。
からかってきたレオンがこうやって驚く顔。
それから──ふと、頭の中に浮かんできたのは、
フィリアに宝石の類を送ったらどんな顔をするのだろうかということ。




