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冒険者になりたいのにヒロイン(自称)が同行をやめてくれない

 

 ティアナス。

 それは、草原や丘陵が大部分に広がる比較的穏やかな大陸の名前だ。


 ティアナス大陸の東側にあるイストラール国、の更に東の端っこの田舎町タリメア。


 その小さな商店街を歩く二人組。

 金と銀の光輝く頭頂部が、二人セットで陽光に煌めいている。


 銀の髪をおさげにした少女は、左手に持ったメモをじぃーっと見ながら呟いた。薄紅色の瞳はやる気に満ち溢れて見える。

「まずは、ポーション10個と、毒消し!携帯食料は干し肉と、カンパンもあるといいよね。もちろんリセルの装備も買わなきゃ~」

「……何そのメモ?」

 その女の子、フィオのメモを持ってない右手は、はちみつ色の金髪の少年、リセルに繋がれている。

 リセルの暖かな金の輝きを含んだ琥珀の目は、フィオの手元を怪訝そうに覗き込んだ。


 フィオは何でもないことのように言う。

「冒険者の心得って本が貸本屋にあったから、貸本屋の中で写したの」

「せめて借りてあげなよ……」

「毒消し1個買える値段だよ!?」

「毒消し安いじゃん」

「そんなこと言ってたら、お小遣いなんてすぐ無くなっちゃうよ? 冒険に出る為に3年もお祭りで買い食いもせず貯めてたのに」

 フィオはぶんぶんとメモを持つ手を振って主張する。


「う、うん。それはそうだけど……。それより、フィオ、本当についてくるつもり……?」

「もちろん!」

 フィオはニコニコと、いつも通りの上機嫌の笑顔で頷いた。

 リセルは、はぁぁぁ、と大きなため息を吐く。



 リセル・モントールとフィオ・クロッツは14歳。

 ここ、タリメアの町から歩いて1時間の場所にあるトルネ村に住んでいる。


 リセルは由緒正しい農業主であるモントール家の、五男だ。

 親兄弟に『申し訳ないけど、相続できる品が牛1頭もない』と言われて、冒険者になることを11歳の時に決めた。

 牛を相続した四男の兄は『毎日牛乳1杯くらいなら大丈夫だけど』って言ってくれたけど、……僕、子牛じゃないからさ。


 それに、リセルは冒険者になることが嫌ではなかった。本の中の冒険にも、旅芸人がお祭りで見せてくれる劇に出てくる英雄、『勇者』にも、憧れていたから。

 むしろ、この小さな村を飛び出して、広い世界を見に行くことが出来ると思うとワクワクが止まらなかった。



 だけれど。

 横を見る。

 ニコニコしてこちらを向く銀髪の美少女、フィオ。いや、ほんとに文句なく、美少女で、別に嫌なわけじゃないんだけど、フィオが!

「……でも、冒険の途中で沢山のヒロインに会ってチヤホヤされたり、王女様と結婚したりするじゃん! 勇者って!!」

 リセルは、フィオの手を振り払った。


「エー!!」

 フィオはリセルの突然の爆発に、一瞬ショックを受けた顔で叫んだ。

 リセルは歯を食いしばり、そのフィオの顔を見ないように顔を逸らした。

 すると、フィオはまたリセルの隣に来て、そっとリセルと片手を繋ぐ。

 顔を見るとニコニコとしている。


「やっぱりこのパターン……!」

 もう慣れてしまった左手の感触を感じながら、リセルは苦悩した。



 リセルとフィオの出会いは、5歳の時。

 フィオは母親と二人きりでトルネの村に引っ越してきた。


 挨拶に来たフィオのお母さんを見て、トルネの村では珍しく、都会っぽい雰囲気ですごく美人だとリセルは感じた。

 そして、その隣に立つ小さな女の子も。銀髪と薄紅の瞳なんて見たこと無くて、顔立ちもすごく可愛かった。


 その女の子、フィオは、リセルを見るとニコニコと笑い、リセルはあまりの可愛さにドキドキしてしまってお母さんの膝の裏に隠れたほどだった。

 だけど、気が付くと、手が掴まれていた。温もりに振り返ると、ニコニコと笑うフィオが居た。

「え…?なに?」

 不思議で聞いても、フィオはニコニコと笑うばかりで、特に答えない。ただすごく上機嫌なのだ。


 それ以来、フィオはリセルの隣に居ようとし、両手が塞がって無ければ手をつなぐ。

 振り払っても、振り払っても、いつの間にかに手を繋いでくる。

 フィオは左利きだが、リセルと手を繋ぎ過ぎてそうなったのではないかとリセルは疑っているほどだ。


『あら、フィオとリセルはとっても仲良しね。二人とも天使みたいに可愛いからお似合いだわ』

 大人たちからはよくそう声をかけられる。

 でも、違うんだ!いや、仲良くないわけじゃないけど、違うんだよー!



 リセルの苦悩をしり目に、フィオはキョロキョロと周囲を見回す。

「タリメアの町はいつ来ても人が多くてウキウキしちゃうよねぇ!」

 うんうん、それに対してはフィオも全面的に同意だ。トルネの村には小さな食事処兼酒場と、ほんの少しの雑貨を売る店が1個ずつあるだけ。


 周辺の村に住む子供たちにとって都会と言えばタリメアの町。

 なんと言っても、この街には冒険者ギルドまである。だから、冒険の準備をするためのお店も揃っているのだ!


 フィオはメモを確認しながら言う。

「じゃあ、まず薬屋に行こうか。ポーション10本と、毒消し2本買おう」

「毒消し2本?少なくない?」

 毒消しの方が安かったはずなのに、とリセルは言う。

「えー、だって毒とかにやられたら、やる気なくなってその日終了じゃない?村戻るよね?」

「そっか~。そうかも」

 根性のない二人である。

 二人は手を繋ぎながら、薬屋の中に入って行った。



「「こんにちはー!」」

「あら、可愛い恋人同士ね~」


「ありがとうございます」

「ち、ちがいます」

 フィオとリセルの声は交ざって「あちがます」になって聞こえた。


 フィオは何も気にせずそのまま注文をする。

「お姉さん、ポーション10本と毒消し2本ください」

「あら、お母さんのお使いかな? 冒険者証が無いとポーションは3本までしか売れない決まりなのよ」

「えー!!」

 叫ぶフィオ。リセルは薬屋のお姉さんに聞いた。

「冒険者証ってどこで貰えるんですか?」

「そんなの冒険者ギルドに決まってるじゃん」

 隣のフィオが冷静に答えた。



 一応買った3本のポーションと2本の毒消しが、フィオのリュックの中でカチャカチャと音を立てている。

「フィオ、なんでそんなの知ってるの?」

「貸本屋で『冒険者の心得』立ち読みしたの。読破したわよ」

「だから借りなよ!」

「貸本屋のおじさん、嫌がらせで私の上の棚の埃掃除ばっかりするようになったから意地になっちゃって……」

 立ち読みのし過ぎで埃を頭に落とされていたらしい。リセルは北風と太陽の童話を思い出した。


 フィオがリセルに言う。

「冒険者ギルド、行ってみようか?」

「……なんかドキドキするね」

「うん。冒険者証貰えるかなぁ」

 二人は、商店街の端にある冒険者ギルドの扉を開いた。


 ※※※


「「こんにちはー!」」

 タリメアの冒険者ギルドマスター、グレッグ・ホルスタンは、不思議な程ぴったりと声の揃った子供の挨拶を聞き、ギルドの奥の机から入り口の扉を覗いた。


「あら、可愛いわね。お二人さん、どうしたの?お父さん探しに来たとかかな?」

 受付嬢が脂下がる程に、現れた子供は可愛らしい見た目をしていた。

 金と銀の、宝石のような容姿を持つ二人組は双子星の精霊のようだ。

 こんな片田舎に居るような感じじゃない。いや、治安の悪い都会に居たらすぐに誘拐されそうだが。


「「冒険者証ください!」」

 やはりぴったりと声を揃えて言った言葉に、グレッグはずるりと椅子から滑り落ちそうになった。

「え? え? ぼ、冒険者証? うーん、なんで欲しいの?」

「冒険者になりたいからです!」

 金髪の少年が言う。

 銀髪の少女がウンウンと頷く。二人は仲良く手を繋いでいた。


 グレッグは席を立つと、オロオロとする受付嬢と二人の間に割って入った。

 少年と少女は、驚いたような眼でこちらを見ている。表情がそっくりだ。双子か?いや、顔立ちは似ていないか…。


 グレッグの左頬には大きな傷がある。二人の視線はそこに釘付けのようだ。平和な田舎町ではついているだけで暴力的に見えるこの傷が珍しいのだろう。

「ガキの遊び場じゃねぇんだ。帰れ」

 ドスの利いた声で言ってやると、二人はピョン、とその場で跳ねた。


 しかし、気を取り直したように金髪の少年は言う。

「あ、遊びじゃありません。僕は、冒険者になるんです」

「あぁん?お前まだ12歳かそこらだろ?冒険者登録は14歳からって決まってんだよ」

「14歳です!だから旅に出る為に来たんです!」

 はぁぁ……、とグレッグはため息をついた。

「やめとけ。向いてねぇ」

 歳より幼く見える体の小ささは魔物にやられ、目立つ容姿は旅に出て人にやられる。

 何もかもが向いていない。

 特にひたむきで純粋そうなその瞳がダメだ。冒険者なんて、所詮はならず者の集まりなのだから。


「リセル、行こう」

 銀髪の少女は言った。悔しそうな瞳をする少年を引っ張り、ギルドの扉を出て行った。

 グレッグは安堵のため息を一つ吐き、ギルドの奥へと戻った。


 ※※※


「フィオ、どうして? 冒険者になれないと困るのに!」

「冒険者の心得を読んで知ってるの。見習いは一個依頼を受けてそれに合格しないといけないんだよ。私掲示板の依頼いくつか覚えてきた」

「え!? フィオ、いつの間に!? すごいね!」

「うん! 東の森でユーベルの草取ったり、グランナベリー籠一杯っていうのもあったよ」

「それくらいなら、僕たちにも出来そう!」

「うん、リセル、依頼受けちゃえばこっちのもんだよね!」

 二人はぎゅっと手を握り合った。一瞬落ちた気力がもう一度盛り返してきた。


「でも、ポーションは買えないけど……」

「10本は重いし、ちょうどよかったのかもよ? さ、次はここ、武器屋!」

「うん!」

 看板に剣が飾ってある店の前で、リセルは胸がどきどきとした。ついに、自分の武器が持てるのだ!



「あれがいい!」

 リセルは壁にかかっているピカピカの大剣を見て言った。大剣と同じくらいリセルの瞳も輝いている。

 14歳の少年の憧れを体現したような、美しくも立派な剣だった。

「おやおや、お目が高いね。こいつは良い品だよ」

「えー!無理でしょ!」

「何が無理なの!」

 店主の言葉を遮るようなフィオの言葉に、リセルは言い返した。

「あんな重いのリセルが振り回せるわけないじゃん!それより、こっちがいいわよ」

 フィオが小さなナイフのような物を手に取っている。なぜか先が二股に割れていた。


「ほらこれ、お肉とか刺して焼くのにもよさそうだし」

「やだよ! そんなカニフォークみたいなやつ!!」

「エエー!? でも、ほら、こうやって、こうするの便利だよ!」

 フィオは、こうやって、で肉をさし、こう、で火にくべる動作をする。


「そ、それ剣を選ぶときの動きじゃないでしょ!? 普通試し切りとかするんでしょ!!」

「でもでも! あの剣買うにはリセルお金足りないでしょ?」

「ぐっ…!」

「ほら、とりあえずこれにしようよ!便利だし。これだったら私も使うから、半分お金出してあげるよ」

「そんなのヤダ!フィオなんて嫌いだ!!」

 リセルは、そう言って武器屋を走り出た。


 ~~~


 リセルは、町はずれの河原に来た。この辺は人通りも少なくて、のどかな景色がトルネ村に少し似ている。やっぱり町は少し気疲れしてしまうのだ。


「せっかく冒険者になるのに……」

 ぐすっ。涙が出た。

 家族の中で一人家を出て、旅立たなければいけない。やっぱりそれは寂しくて、ワクワクとドキドキと、そういう物と一緒にならなければ、辛い事ではあった。

 初めて持つ自分の武器。それは一番リセルが憧れていたもので……。


 確かに、あの両手剣は自分一人では手が届かない金額だった。だけど、半額は出せたのだ。

 農家の自分の家とは違い、フィオの母は食堂兼酒場で手伝いをしてお金を稼いでいる。

 家業がない分、家の手伝いをしなくていいフィオは、母親と共に食堂や雑貨屋で働き、リセルよりたくさんお金を持っていた。


 いつものように、フィオが『私が半分出してあげる』って言ってくれれば……。

 そう考えて、リセルはハッ!とした。

「フィオと離れて一人で冒険したい、とか言っておいて、僕、全然だめだ」

 逆にフィオは、11歳で冒険者になると決めたリセルの為に、3年間もお小遣いを溜めてくれたのだ。

 ポーションも毒消しも、フィオがお金を出してくれた。

 よく考えたら合間をぬって『冒険者の心得』を読破してくれたのだって、すべてリセルの為なのだ。


「ちょっと変な子だけど……」

 いや、だいぶ変な子な気がするけど、悪い子じゃ全然ない。

 そう考えると、自由な左手が妙に寂しい気がするほどだった。


「リセル」

 声がかかった。


「フィオ……」

「ごめんねリセル」

 フィオは珍しく、しょんぼりした顔でやって来た。

 リセルの隣に座ると、いつものようにそっと手を繋ぎ、心配そうに顔を覗き込んでくる。

「ううん。もう大丈夫。僕こそ、飛び出してごめん」

 リセルが謝ると、フィオはいつものような笑顔を見せた。


 河原が赤く染まる。日が暮れ始めたようだ。

「携帯食料買えなかったな…。この街の方が東の森に近いから、朝に携帯食料を買ってから行こうか? あ、それからこれ、私からのプレゼント」

「え……?」

 照れたような顔をしたフィオから手渡されたのは、カニフォーク剣だった。


 リセルはグッと下唇を噛んだ。



 ※※※


「携帯食料も持ったし、水筒と、ポーションと、毒消しと、火おこしとロープ、コンパスと地図……」

「フィオ、お待たせー!」

「リセル遅いよ!どこで道草くってた……、その剣何?」


 リセルに、『用事があるから東の森の入り口で待ち合わせしよう』と言われて、別行動をした。

 今、待ち合わせの場所に現れたリセルは、背中に大剣を背負っている。しかし。

「明らかに走るスピード遅くなってるよね!?」

 はぁはぁはぁはぁ、と息を切らせてこちらに走るリセルはいつもよりはるかに辛そうだ。

 やっとフィオの元へとたどり着き、汗を拭う。


 フィオはその剣が、昨日リセルがキラキラした目で見ていた大剣だと気が付いた。

「え?どうやって買ったの?」

「……フィオのくれた剣返品したら買えた」

 てへぺろ。リセルは嬉しそうに舌を出した。

「プレゼント売り飛ばされる人間の気持ちって、こんな感じなんだね……」

 フィオは無表情で呟いた。



「だってあの剣、かっこ悪すぎでしょ!?カニフォーク欲しいならならカニフォーク買えばいいじゃん!」

「そこは、剣なのにカニフォークっていうのがいいっていうか……、いや、その剣、そもそも振れるの? 歩いてるだけでもう息上がってない!?」

 薬草を取りに東の森の奥へと歩くうちに、気が付くと、リセルの背が大剣に潰されるように傾いている。


 その時、フィオの足元にピョコンと小さなモノが飛び出てきた。

「あ、スライム! リセル、剣振れる?」

「う、うん、もちろん! よ、よいしょ、んーわぁぁ!」

 どん!!


 背中から外し持ち上げた大剣は、重力に負けるように地面に振り下ろされた。

 丁度その下にいた小さなスライムは攻撃を受けてはじけ、水分のようになって飛び散った。

 しかし、リセルの腕はもう上がらなかった。

「ど、どうしよう。フィオ、持てない……」

「振れないどころか持てないとかありえる……?」

 目に涙を浮かべるリセルに、呆然としたように、フィオは言った。



「ありがとうフィオ。なんでそんなに力持ちなの?」

「おかみさんってなんだかんだみんな力持ちだと思うの」

 フィオは知ったような顔で言った。

 大剣はフィオの背中に背負われている。小さいモンスターでレベル上げもしようと計画していたが、純粋に薬草を取って帰るのに変更だ。


 トコトコと目的地に向かって、いつものように手を繋いで歩く。

「冒険者証もらって~、依頼受けてお金溜まったら、この街出るよね。リセル、どこ行く? 私、海見てみたいなぁ」

「僕も見たい! 絶対行こう!」

 フィオはごそごそと地図を出し広げる。リセルとは違い、大剣を持つのにも余裕しゃくしゃくのようだ。

「じゃあ港町セイヴァンは外せないわよね。王都も行くでしょ? 商業都市アルセントもすごく大きな街みたいだし、ランメリアも綺麗なんだって~!水の都って言われてるみたい」

「僕、ヴァルストーンにも行ってみたい。ほら、冒険譚でもよく勇者があそこで武器揃えるじゃん」

「ヴァルストーンに行くなら、フレアヴェルも行きたいな。温泉があるんだって! お湯が沸き出るなんて神秘的だわよね?」

 二人で夢中になって地図を覗き込みながら、森の中をてくてくと歩いた。

『危険 この先グロウベアー目撃箇所』という看板の前を通り過ぎたことも気が付かずに。



「あれ、ユーベルの草かな?」

 リセルは、森の奥の少し開けた場所に生えている草を見て言った。風にユラユラと揺れる、少し背の高い草だ。

「あ、本当だ!リセル天才!」

 嬉しそうに言うフィオに、エヘヘ、と照れながらリセルはフィオの手を引いて目的の場所へと向かった。


 ぷちぷち、と草を取りながらフィオは言う。

「えへ、こんな依頼、簡単じゃんね~。これだったら私も冒険者になれちゃうかも!」

「え?」

 リセルはフィオの言葉を不思議に思った。冒険者になるんじゃないの?

 フィオはそのまま言葉を続ける。

「なんで、こんなのが依頼になるんだろうね?草毟って取ってくるだけでしょ?」

「フィオ、知らないんだ。この草が生える付近は、グロウの実がなる木が多くて」

「グロウの実?」

 リセルは農家暮らしでこの辺の自然環境の事は結構把握している。

 フィオはお使いで森に行く、なんてことはあんまりしないのだろう。


「そうそう、グロウの実は人間は食べられないんだけど、グロウベアーっていう」

「何ベアー!?」

 突然、フィオが立ち上がった。膝の上からせっかく採ったユーベルの草がバラバラと落ちてしまう。

「フィオ?」

「べ、べ、べ」

 ぶるぶると指先をリセルの後ろに向ける。

 リセルが指先の方向を向くと、そこに黒々とした塊が居た。

「グロウベアー!!」

 リセルは悲鳴交じりに叫ぶと、フィオの手を取り、一目散に逃げ出した!


 フィオは足をもつれさせながらリセルに引きずられるようについてくる。

「フィオ、大丈夫!?」

「だ、大丈夫、あっ、リセル!!足元!!」

「え!?」

 リセルは木の根に足を引っかけて盛大に転んだ。

 ゴロンゴロンと転がり、止まったリセルに、フィオは駆け寄る。

「大丈夫!? リセル!?」

「だ、だいじょうぶぅ~」

 目が回ってしまったようでぐらぐらと頭を揺らすリセル。フィオが後ろを向くと、グロウベアーがこちらに猛スピードで駆けてくるのが見えた。

 このままでは、食べられてしまう!


 フィオは、すっくと立ちあがり、リセルを庇うように立った。

 そしておもむろに、大剣の柄に手を掛けると、それを投げた。

「ぬおりゃ!!」

「え!?」

『ぐぎゃぁぁあ!!』

 この世の者とは思えない、鳴き声がすぐそこから聞こえた。

 どだんどだんと地面を揺らす音。


「すごい!フィオ、グロウベアーに当てたんだ!逃げよう!」

 リセルが立ち上がると、今度はフィオがうずくまった。

「フィオ!?」

「う、腕が、抜けたぁぁ!」

 フィオはボロボロと涙を流している。リセルはその言葉にフィオの腕をまじまじと見た。

「え!? ついてるけど!?」

「ほんとに!? ついてる!?」

「うん!」

「違うわよ! 脱臼ってやつでしょ! あんまりにも痛いから取れたのかって思っちゃったわよ!」


『ぐぅがぁぁぁぁ!』

 うずくまる二人の後ろでグロウベアーの叫びがもう一度聞こえた。手負いで逃げて行ってくれればよかったのに!

「フィオ、君の武器を貸して!」

「え? 武器? 持ってないわよ」

「なんで武器買ってないの!?」

「え? だって、私、リセルの手伝いをするだけだもん」

「え…?」

 リセルはその言葉で、フィオは冒険者になるつもりがないのだ、ということに気が付いた。


「リセル、逃げて! 手伝おうと思ったのに、足手まといになんてなれない」

 フィオは痛みに青ざめた顔で言う。

「走って!リセルの足なら逃げ切れる!絶対!」

「いい!!」

 リセルはすっくと立ちあがった。


 いつも、リセルを傍で見ていてくれるフィオ。

 おせっかいだなと思うこともあるけれど、本当に、一番に、自分のことを考えてくれる。

 ニコニコと幸せそうにする顔に、いろんな時に救われてきたと今更ながら思うのだ。

(フィオの笑顔が見られなくなるなんて、そんなの絶対嫌だ)

 それは、冒険者になる為に家を出ることよりも、寂しい事なのだとリセルは思った。


「僕が食い止める!フィオは逃げて!」

 そう言うと、両手を広げてフィオを庇うように立ちはだかった。


「……ねぇ、リセル」

「フィオ!早く!」

 フィオは立ち上がると、リセルの隣をヨロヨロと抜けて、グロウベアーの傍による。

「これ、もう死んでない?」

「え……?」

 リセルはフィオの隣に行き、グロウベアーを確認した。頭に綺麗に剣が刺さっている。


「多分さ、すごい勢いでこのベアー走って来てたじゃない?そのせいで私の投げた剣深く刺さっちゃったんじゃないかな。相対速度が上がったっていうか……」

「すごーい!! フィオ!! グロウベアーやっつけたんだ!!」

「あたたたた!痛いー!!!」

 いつものように手を取り合ってぴょんぴょんとジャンプしようとするとフィオは顔を歪めて叫んだ。



 ※※※


 グレッグはいつもの通りギルドマスターの部屋の扉を開け、ギルドに入ってくる人間を観察しながら仕事をしていた。


 バン!!

 入り口の扉が勢いよく開かれた。


 駆けこんで来たのは、昨日の子供。金色の少年の方だった。

 はぁはぁと、肩で息をし、汗をぬぐいながら、叫ぶ。

「グロウベアーが、出て! フィオの腕が、抜けて……、助けて欲しいんです!」


「……なんだと」

 グレッグは立ち上がる。フィオとは昨日の銀髪の少女の事だろうか?

 グロウベアーは東の森で目撃情報があった危険な魔物だ。

 Cランクの討伐依頼だが、片田舎だとそんな人材さえもなかなかおらず、東の森での採集依頼さえも滞っている状態だったのだ。


「こっちです!」

 ギルドに居るメンバーに目配せを行い、グレッグは金髪の少年の後ろについて行った。

 ……しかし、ものすごく足が速い。

 まったく追いつけず、見失ってしまいそうになるのを金髪の少年が、こっちに向かって手を振りながら待つ、ということを繰り返した。

(あいつ、体が小さいと思ったら異常にすばしっこいのか!)

 どおりでグロウベアーと出会っても無事に逃げてこられたはずである。


「ここです!ここ!ここ!!」

 少年がぴょんぴょんと飛び跳ねる場所に、グレッグたちはようやく追いついた。

 凄惨な現場を想像していたグレッグは、暢気に木にもたれかかって座り込んでいるフィオという少女を見て拍子抜けした。

「……腕、ついてるじゃねぇか」


「リセル、大人呼んできてって言ったけどこの怖い人呼んで来たの?」

「だって、グロウベアーが出る森って看板があって、普通の人だと危ないかなって思って」

 グレッグはべしっと、リセルと呼ばれた少年の頭に手を乗せて聞いた。

「おい、無視すんな。何があったんだ?」

 グレッグは、安堵に胸を撫で下ろしつつ、ドスの利いた声で詰問した。


 ※※※


 このままでは荷物を持っては帰れないと言うフィオは、大急ぎで大人を呼んできてくれとリセルに頼んだ。

「リセルは身軽であれば、村で一番…ううん、町で一番足が速いもん。すぐ戻ってきてくれるよね?」

 おだてられたリセルは、ギルドマスターのグレッグ達を連れてきたが、説明不足だとすごく怒られた。


 でも、グレッグは大剣も、ユーベルの草も含めて荷物を持ってくれたし、倒したグロウベアーの素材の取り方も教えてくれたのだ。

 そして、フィオはその場でグレッグに腕を嵌めてもらえた。

 嵌めてもらうときも、その後もリセルの手を握りながら「いたくて死んじゃうぅぅぅ」と言ってずっと泣いていたが……。

 グレッグは「驚くほど根性がねぇ」と呆れていた。


 ※※※


「「こんにちはー!!」」

「おお、二人とも、また来たのかい?坊主には大剣は重かっただろう?」

 武器屋の店主はニヤニヤと笑って言った。

「はい……。返品って出来ますか?」

「どれどれ。お? 使ったのかい? まぁ、研ぎ代さえ貰えればいいよ」


「やったぁ!おじさんありがとう!」

 フィオは、右手を三角巾で吊りながらもぴょんぴょんと跳ねて、イテテと顔を歪めた。

 そのままトコトコと棚に歩み寄り、カニフォーク剣を手に取った。

「やっぱこれかなぁ?」

「絶対やだって!」

 フィオの手の中からリセルは剣を取り上げる。


「ハハハ!まぁそれもいいけど、坊主にはこれくらいがいいんじゃないか?」

 店主は、奥から片手剣を持ってきた。柄が長めで両手で持つことも出来そうだ。

「それに、これは……」

 カシャカシャと柄を操作すると、すぽリセル細く小さな剣が出てきた。

「あ!カニフォーク!!」

「そうそう、変わった造りだが嬢ちゃんも気に入るんじゃないかと思ってな」

 リセルは店主からキラキラした目で剣を受け取る。

 フィオは嬉しそうに「お得感ある~」とリセルの持つ片手剣をニコニコとした目で見つめた。

 リセルの空いた左手をフィオがそっと握る。

 二人は、これならいいね、と満足そうに笑いあった。


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