第九十九章『盤上の、プロフェッサー』
デジタル探偵シャドー:第九十九章『盤上の、プロフェッサー』
2025年10月11日、土曜日、午前3時14分。
冴木の、指令は絶対だった。
『世界で、ただ一人の碁打ちを、探す』
その、無謀とも思える、命令を受け、シャドーは、思考のギアを、最大に上げた。
それは、歴史学、数学、情報工学、古典文学…。あらゆる分野の、データベースを横断し、そこに存在する、たった一つの特異点を探し出す、学術研究に近かった。
サイバーセキュリティの、国際会議の出席者リストと、囲碁の歴史に関する、学術論文の執筆者リストを、照合。
ダークウェブの、ハッカーたちが集う、フォーラムの、過去ログと、囲碁のプロ棋士の、対戦記録データベースを、比較。
何億、何十億という、膨大な情報の交差点から、シャドーは、ノイズを消し、線を結び、そしてついに……。
午前4時。夜が、最も深くなる、時間。
シャドーは、ついにたった一つの、名前を探し当てた。
シャドー: 『……冴木。見つけました。あなたの、探している、碁打ちです』
ホテルの、ベッドで仮眠を、取っていた、冴木は静かに、目を開けた。
手元の端末に、シャ-ドーから送られてきた、一枚の、顔写真が映し出される。
そこにいたのは、テロリストとは、程遠い細身で、柔和な表情をした、40代の大学教授だった。
氏名:石田 蓮
経歴:京都大学・情報科学研究科・教授。専門は、数学史、及び、ゲーム理論。
シャドー: 『石田教授は、10年前に、『本因坊道策の、棋譜に、おける、数学的、美しさについて』という、論文を、発表しています。そして、さらに、過去を、遡ると…』
シャドーは、もう一つのデータを、表示した。
それは、15年前に忽然と姿を消した、伝説的な、ホワイトハット・ハッカーの、情報だった。
あらゆる企業の、サーバーに侵入しては、その脆弱性を指摘し、一度も金銭を、要求することなく、消えていく、正体不明の天才。
そのハッカーが、使っていた、ハンドルネームは『ロゴス』。
シャドー: 『石田教授が、学生時代に、使っていた、ハンドルネームと、『ロゴス』の、名前が、一致します。……そして、決定的な、証拠として、かつて、『ロゴス』が、ハッカーの、フォーラムに、匿名で、投稿した、暗号化された、書き込みを、発見。解読したところ、彼は、企業の、セキュリティシステムの、欠陥を「本因坊道策の、悪手」に、例えて、論じていました』
間違いない。
大学教授・石田蓮こそが、伝説のハッカー『ロゴス』であり、そして、今回の産業スパイ『バジリスク』の、正体。
「……大学教授、か」
冴木は、その知的な顔を、見つめながら、静かに呟いた。
「最も厄介なゴーストは、白日の下に堂々と、姿を晒している、もんだ」
ゴーストの、正体は掴んだ。
だが、相手はもはや、単なるハッカーではない。
日本でも、有数の知性を持つ、怪物だ。
冴木は、不敵な笑みを、浮かべた。
最高のゲームが、始まろうとしていた。




