第九十七章『バジリスクの、報酬』
デジタル探偵シャドー:第九十七章『バジリスクの、報酬』
2025年10月10日、金曜日、午後7時21分。
豊橋市内のホテルで、捜査資料を広げていた、冴木のイヤホンに、シャドーからの、入電があった。
農家組合の件から、わずか2時間。
シャドーは既に、次のターゲットの分厚い壁に、挑んでいた。
シャドー: 『……潜入に、成功しました。相手は、大手だけあって、手強かったですが』
冴木: 『……ご苦労。で、何か、掴めたか?』
シャドーが、挑んでいたのは、競合企業『バイオ・フューチャー』社の、メインサーバー。
そこは、独自の防衛AIが、24時間監視する、鉄壁の要塞だった。
シャドーは、正面からの攻撃を避け、防衛AIの思考パターンを、学習。そのAIが、システムの自己診断を、行うわずか0.03秒の隙間を縫って、幻のように、内部へと滑り込んだのだ。
シャドー: 『……社内の、全データを、スキャン。……冴木、面白いものを、見つけました。彼らの、公式な、会計記録とは、別に、使途不明の、資金を、プールしておくための、裏帳簿が、存在します』
冴木: 『……ほう。汚い、金か』
シャドー: 『はい。そして、その、裏帳簿から、一件の、奇妙な、支出が、ありました。一週間前。額にして、5000万円。匿名の、暗号資産ウォレットに、送金されています』
一週間前。それは、アグリネクスト社の、トマトが枯れる、ちょうど3日前のこと。
額もタイミングも、あまりにも符合しすぎる。
冴木: 『その、送金先のウォレットを、追えるか?』
シャドー: 『既に、追跡済みです。金の、流れは、複雑に、ロンダリングされていますが、最終的な、受け取り主は、ダークウェブで、活動する、ある、フリーの、ハッカーに、たどり着きました』
シャドーは、冴木の手元の端末に、一つのデータを、送った。
そこに、表示されていたのは、蛇のようにも見える、不気味な、紋章だけ。
シャドー: 『……コードネームは『バジリスク』。正体、国籍、性別、全て、不明。企業の、依頼を受け、産業妨害を、専門に、請け負う、デジタル世界の、傭兵です。IoT機器や、制御システムへの、攻撃を、得意とし、その、手口は、完璧で、痕跡を、一切、残さないことで、知られています』
そういうことか。
バイオ・フューチャー社は、自らの手を汚さず、外部の、プロの殺し屋を、雇ったのだ。
これなら、たとえ金の流れが、見つかっても「我々も、詐欺の被害者だ」と、言い逃れできる。
冴木の脳内で、事件の全貌が、クリアになった。
だが、同時に捜査は、振り出しに、戻ってしまった。
冴木: 『……つまり、犯人は、どこの誰かも、分からない、凄腕のゴーストだと?』
シャドー: 『……そうなります。ダークウェブの、住人である、彼を、現実世界で、特定するのは、極めて、困難です』
依頼主は、分かった。だが、実行犯は、霞の向こう。
このままでは、トカゲの尻尾切りで、終わってしまう。
冴木は、腕を組み、深く目を、閉じた。
完璧で、痕跡を残さないはずの、ゴースト。
だが、どんな完璧な、犯罪にも、必ず犯人が、残した「美学」や「プライド」という名の、綻びが、あるはずだ。
冴木: 『……シャドー。もう一度、アグリネクスト社の、サーバーに、入れ。……今度は、バグや、侵入経路じゃない。……犯人が、残した、「サイン」を、探すんだ』
ゴーストハントは、まだ終わらない。
むしろ、ここからが本当の、始まりだった。




