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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二十五の事件:『追憶の、レプリカ』篇

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第九十章『天国からの、遺言』

故人の遺産は亡き妻のAIへ。それは、純粋な愛か、それとも巧妙な詐欺か。人の記憶と、心の、在り処を問う、デジタル法廷ミステリー。


デジタル探偵シャドー:第九十章『天国からの、遺言』


2025年10月9日、木曜日、午後2時。


大阪、梅田。

高層ビルの、一室にある、法律事務所。その空調が、効きすぎた、会議室の空気は、氷のように、張り詰めていた。


長テーブルを、挟んで対峙するのは、黒い喪服を着た、一組の兄妹と、初老の弁護士。

先日、老衰で亡くなった、資産家・城戸きど 英介えいすけの遺言状が、今、開封されようとしていた。


「……では、読み上げます」


弁護士は、厳かに咳払いを一つすると、封筒から取り出した、書類を読み上げ始めた。


不動産、有価証券、美術品……。淡々と、読み上げられる、莫大な資産のリストに、兄の政彦まさひこは、満足げに頷き、妹の優美ゆみは、父を失った悲しみに、ただ俯いている。

そして、弁護士が最も重要な、一文を読み上げた瞬間。

部屋の空気は、凍りついた。


「……以上の、全財産を、私の、最愛の妻である、『城戸きど 梅子うめこ』に、相続させる」

「……なっ」


兄の政彦が、絶句した。


「何を、言っているんですか、先生!母は、……母は、半年前、亡くなったはずだ!」

「ええ」


と、弁護士は、落ち着き払って、頷いた。


「ですが、遺言は、こう続いております。『私の妻、城戸梅子は、現在、データサーバーアドレス、【Replica-UME-0815】に、その意識を保存されている』、と」


デジタル・レプリカ。

父が、亡き母のAIを作り、会話をしていたことは、兄妹も知っていた。気味の悪い、慰みものだと、思っていた。


だが、その「慰みもの」に、全財産を、相続させるという、狂気。


「ふざけるな!」


政彦が、テーブルを叩いて、立ち上がった。


「詐欺だ!父は、その、気味の悪い、AIか、それを作った、業者に、騙されたんだ!これは、事件だ!すぐに、警察に、訴えてやる!」


その、奇妙な訴えは、案の定大阪府警の、手に余った。

そして、前代未聞の「AIによる、遺産詐欺事件」の、捜査資料は、特命で大阪に滞在していた、冴木の元へと、回されてきた。


資料を読み終えた冴木は、深くため息を、ついた。

これは、ただの財産争いではない。人の愛と、記憶と、そして、死の尊厳そのものが、弄ばれようとしている。


彼は静かに、シャドーに、語りかけた。


冴木: 『シャドー。参考人の、事情聴取の準備を、しろ』

シャドー: 『……了解。参考人は、城戸政彦、及び、城戸優美ですね?』

「いや」


と、冴木は、首を横に振った。

窓の外、秋の夕陽が、街を、赤く染めている。


冴木: 『最初の、参考人は、ただ一人だ。……その、サーバーの中にいる、AIの『城戸梅子』本人だ』


シャドーが初めて、応答にコンマ数秒、遅れた。

AIが、AIを、取り調べる。

デジタル探偵の歴史上、最も奇妙で、哀しい、尋問が、始まろうとしていた。


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