第八十八章『ゴーストの、IPアドレス』
デジタル探偵シャドー:第八十八章『ゴーストの、IPアドレス』
喫茶店『エトランゼ』を出た冴木は、商店街のアーケードを歩きながら、シャドーに次の指令を、出す。
その声は、怒りによって、氷のように、冷たくなっていた。
冴木: 『シャドー。今名前が、挙がった、IT業者『未来システム』。サーバーの壁を、ぶち破れ。会社登記、役員リスト、従業員名簿、金の流れ。……全てのデータを、洗いざらい、引っこ抜くんだ』
シャドー: 『……承知しました。ただし、対象は民間企業です。強引な侵入は、こちらの痕跡を、残すリスクが……』
冴木: 『関係ない。やれ。……あのばあさんのため息を聞いたら、手荒な真似も、したくなった』
その言葉に含まれた、冴木の人間的な「怒り」を、理解したのか、シャドーは、わずかな間を、置いて静かに、応じた。
シャドー: 『……了解。ゴーストハント・プロトコルを、起動します』
シャドーの、意識が物理世界から、電脳空間へと、深く潜っていく。
それは、もはやハッキングというより、狩りだった。
ターゲット『未来システム』の、脆弱なファイアウォールは、シャドーの前には、紙同然だった。
内部に侵入したシャドーは、データの海を、凄まじい速度で、泳ぎ回る。
数分後。
商店街を抜け、大通りに向かって、歩いていた冴木の耳に、シャドーからの、第一報が届いた。
シャドー: 『……冴木。金の、流れを、掴みました。『未来システム』は、半年前、ペーパーカンパニーを、通じて、例の、不動産デベロッパーから、多額の、資金提供を、受けています。業務内容とは、不釣り合いな、金額です。これが、今回の、デジタル地上げの、報酬でしょう』
「……やはりな」
動機と、実行犯が、完全に繋がった。
シャドー: 『さらに、調査を、進めます。……見つけました。商店街の、各店舗に、仕掛けられた、バックドア。その、全ての、遠隔操作ログが、たった一つの、IPアドレスから、行われていることを、特定しました』
冴木: 『……!追跡できるか?』
シャドー: 『はい。現在、逆探知中。……出ました。大阪市内の、ワンルームマンションです。契約者は……元『未来システム』の、社員。一ヶ月前に、退社しています』
モニターに、一人の若い男の、顔写真が、映し出される。
年の頃は、20代半ば。少し神経質そうで、しかし、自分の能力に、自信を持っていそうな、表情。
氏名:小野寺 拓海
経歴:元『未来システム』所属。ネットワークエンジニア。
ついに、亡霊の正体が、判明した。
これは、組織的な犯行ではない。
不動産デベロッパーに、雇われた、この、小野寺という、若き天才が、たった一人で、行っていた「ゲーム」だったのだ。
「……そうか。お前が、亡霊くんか」
冴木は、その写真の顔を、睨みつけ、静かに呟いた。
「いいだろう。その、得意のデジタルな、おもちゃ箱を、俺がひっくり返してやる」
彼は、タクシーを止めると、シャドーが特定した、そのマンションの、住所を告げた。
狩りの、最終局面が、始まろうとしていた。




