第八十六章『忘れられた、商店街の、亡霊』
それは、最新の技術で、仕掛けられた、最も泥臭い「地上げ屋」の罠。忘れられた商店街で、刑事の「足」と、AIの「瞳」が、見えざる亡霊を、追い詰める。
デジタル探偵シャドー:第八十六章『忘れられた、商店街の、亡霊』
2025年10月7日、火曜日、午後11時3分。
大阪、新世界。
通天閣のネオンが、夜空をギラギラと照らす、そのすぐ足元。
まるで、昭和の時代から時間が、止まってしまったかのような、古いアーケード商店街が、ひっそりと、息を潜めている。
『新世界中央商店街』
錆びたシャッター。色褪せた看板。昼間でも薄暗いその場所は、もはや訪れる者も少ない。
だが、ここ数週間。
この忘れられた商店街で、奇妙な「亡霊」が、囁かれ始めていた。
深夜2時。
創業70年の、老舗喫茶店『エトランゼ』。
店主の老婆が、二階の住居で、眠りについていると、階下の店から、不意に音楽が、流れ出した。
大音量で鳴り響く、デキシーランド・ジャズ。
老婆が震えながら、店に降りてみると、犯人は誰もいない。ただ、数年前に孫が置いていった、スマートスピーカーだけが、楽しげに音楽を、奏でていた。
深夜3時。
向かいの、八百屋。
防犯カメラの映像が、勝手に店のSNSアカウントに、投稿された。
映っていたのは、上半身裸で腹を掻きながら、奇妙な寝言を呟く店主の姿。翌朝、近所の笑いものになった店主は、恥ずかしさのあまり、店を閉めてしまった。
些細で、悪質で、そしてどこか、ユーモラスですらある、嫌がらせ。
警察は
「機械の、誤作動でしょう」
「誰かの、イタズラですよ」
と、まともに、取り合わない。
だが、その「亡霊」の囁きは、確実に高齢の店主たちの、心を削り疲弊させていた。
「…もう、潮時なんかもしれんなぁ」
そんな、諦めの言葉が、商店街に、蔓延し始めた頃。
大阪府警の一室で、その奇妙な事件の報告書を、眺めている男がいた。冴木閃だ。
彼は、大規模なサイバーテロでも、凶悪なハッキング事件でもない、この取るに足らない「怪談話」に、なぜか心を惹かれていた。
(……おかしい)
彼の直感が、警告を発している。
(……なぜ、これほど執拗に、同じ場所ばかりを、狙う?まるで、そこにいる住民を、追い出したいかのようだ…)
彼は、シャドーに、静かに、命じた。
冴木: 『シャドー。この、新世界中央商店街。過去、一年間の、土地の売買記録と、近隣の再開発計画の情報を、全て洗い出せ』
シャドー: 『……了解。検索を開始します』
数分後。シャッターが閉まった、いくつかの店舗の土地が、ここ数ヶ月で、一斉にとある、一つの不動産開発会社に、買い上げられている、という事実が、浮かび上がった。
やはりこれは、ただの、亡霊騒ぎなどではない。
これは「立ち退き」を目的とした、現代の地上げ屋の仕業だ。
冴木: 『…決まりだな。シャドー、準備しろ』
シャドー: 『……何を、ですか?』
冴木は、ふっと口の端を、上げて笑った。
冴木: 『決まってるだろ。幽霊退治だよ』
こうして、冴木とシャドーの、最も人間臭い、捜査が、静かに始まった。




