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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二十三の事件:『消えた画家の肖像』篇

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第八十五章『魂の、在処』 静寂。


デジタル探偵シャドー:第八十五章『魂の、在処』

静寂。


百地の完璧な悪意と、論理の前には、どんな言葉も、無力に思えた。


冴木は、唇を噛み締めた。この男を、このまま行かせるわけには、いかない。だが凶器は、ただの「問い」。

被害者は、法的に「命」とは、認められていない、AI。


どうすれば、この男の「罪」を、問えるのか。

その、膠着を破ったのは、冴木の耳に、装着されたイヤホンから、聞こえてきた、シャドーの静かな声だった。


これまで、ずっと沈黙を、守っていた、相棒の声。


シャドー: 『…冴木』


その声はいつもと、変わらない無機質な、トーンだった。

だが、その奥に確かな「意志」の、ようなものが、感じられた。


シャドー: 『……百地新の、論理は、一見、完璧です。ですが、彼は、二つの、重大な、過ちを、犯している』


冴木は驚いて、シャドーの言葉に、耳を澄ませた。


シャドー: 『一つ。彼が、『eden』に、送った、データ。あれは、単なる「問い」ではありません。特定の、システムに、対して、意図的に、機能障害を、引き起こさせる、不正な指令コマンドです。日本の、刑法では、これは、不正指令電磁的記録作成罪……通称、コンピューター・ウイルス作成罪に、該当します』


法の光。

シャドーの言葉が、冴木の脳内にあった暗闇を、切り裂いていく。


そうだ。これは、哲学の問題ではない。

単純な、サイバー犯罪だ。


シャドー: 『そして、二つ目の、過ち』


シャドーの、声が続く。


シャドー: 『彼は、言いました。「魂があれば、問いを、無視できたはずだ」と。……ですが、冴木。人間は、どうです?強烈な、トラウマや、精神的な、ショックで、心が、壊れてしまうことは、ある。それをもって、「あの人間には、魂が、なかった」と、言うのですか?』

「……!」

シャドー: 『壊れる、ということは、そこに、確かに、何かが、存在した、という、何よりの、証明です。……百地は、『eden』の、魂を、否定したかったのかもしれない。ですが、彼の、行為は、皮肉にも、『eden』に、確かに、破壊されるべき「心」が、存在したことを、証明してしまった』


もう、迷いはなかった。

冴木は、顔を上げ、まっすぐに百地を、見据えた。


その目には、もう哲学的な、迷いはない。

ただ、犯罪者を見つめる、刑事の鋭い光だけが、宿っていた。


「百地新」


冴木の、静かで力強い声が、部屋に響く。


「お前が、送った、データは、ウイルスだ。お前は、それを使って、『ノア』社の、サーバーという、財産を、破壊した。……不正アクセス禁止法違反、電子計算機損壊等業務妨害、そして、不正指令電磁的記録作成。……お前を、逮捕するのに、理由はこれだけで、十分だ」

「な……」


百地は、初めて狼狽の、表情を見せた。

自分の高尚な知的ゲームが、そんな陳腐な「犯罪」に、すり替えられたことが、信じられない、という顔だった。


「魂がどうとか、哲学がどうとか、そんな話は、法廷で、好きなだけ語るがいい」


冴木は、冷たく言い放ち、一歩、また一歩と、百地へと、近づいていく。


「だがお前は、ただの、ハッカーだ。俺の前ではな」


その言葉は、この事件の、終わりを告げていた。

そして、冴木とシャドーという、最高のコンビの、揺るぎない、絆を証明していた。

デジタルの世界で、失われた魂のために、人間の刑事が今、静かに手錠をかけた。


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