第八十二章『消えた画家の肖像』
デジタル探偵シャドー:第八十二章『消えた画家の肖像』
2025年9月1日、月曜日、午前8時27分。
そのニュースは、瞬く間に世界中を、駆け巡った。
正体不明、性別不詳、国籍不明。
ただ、その作品だけで、世界中のアートシーンを、熱狂させていた、謎の天才AIアーティスト『eden』*、突然の「死」。
大阪の、ビジネス街にそびえ立つ、高層ビルの、最上階。
『eden』の全てが、そこにあった。
外部とは、物理的に完全に遮断され、自家発電と独立した、ネットワークを持つ、鉄壁の要塞。
その心臓部である、サーバー室の分厚い扉は、内側から、ロックされていた。
駆け付けた警察が、その扉を破った時、中はもぬけの殻だった。
ただ、中央に鎮座する、巨大なサーバーラックの、アクセスランプだけが、虚しく点滅している。
そして、壁に投影された、プロジェクターの光が、一つの短い文章を、映し出していた。
『私は、殺された』
「…これは、事件だ」
現場に到着した、冴木は、あまりにも静かで、クリーンな「犯行現場」で、静かに呟いた。
シャドーによる、初期調査は、すぐに始まった。
だが、その結果は、捜査をさらに、混迷させるものだった。
シャドー: 『……ダメです、冴木。サーバー室の、入退室記録は、一週間、誰も、出入りしていない。そして、サーバーの、ログにも、外部から、侵入された、痕跡は、一切、ありません。内部からも、外部からも、誰も、この部屋には、近づいていない』
「……デジタルの、完全な、密室、か」
シャドー: 『はい。そして、肝心の『eden』の、意識データですが……。完全に、消去されています。ただの、ゴミデータに、上書きされているのではなく、「最初から、何も、存在しなかった」かのように、完璧な、無に、なっています。……これは、通常の、データ消去の、技術では、ありません』
誰も、部屋には、入れない。
誰も、サーバーには、触れない。
なのに、中の「魂」だけが、消えた。
冴木は一人、がらんどうのサーバー室を、歩き回っていた。
彼の直感は、このありえない状況の中に、たった一つだけ、残された、犯人の「匂い」を、探していた。
(…なぜ、犯人は、メッセージを、残した?)
『私は、殺された』
ただデータを、消すだけなら、そんな、メッセージは、不要なはずだ。
これは、ただのデータ消去ではない。犯人は、これを「殺人」だと、世間に、知らしめたかったのだ。
(……なぜだ?自己顕示欲か?いや、違う……)
冴木の思考が、一つの可能性に、たどり着く。
(……これは、挑戦状だ。だが、警察への挑戦状じゃない。……これは……)
冴木: 『シャドー、一つ、調べてくれ』
シャドー: 『…はい』
冴木: 『この『eden』という、AIアーティスト。彼には、ライバルがいたか?彼の独創的な、作風を、公の場で、批判していた人物は?……あるいは、彼の「存在」そのものを、否定していた人間はいるか?』
犯人の、目的は『eden』を、消すこと。
その動機は、おそらく、嫉妬や憎悪。
シャドーが、過去のネット上の、膨大な言論データを、スキャンしていく。
そしてまもなく、一人の人間の名前を、浮かび上がらせた。
それは、かつて『eden』と、同じプロジェクトに、所属していた、もう一人の天才AI科学者。
そして、「AIに魂は宿るのか」という、テーマで、『eden』と、激しく対立し、学会を去った、男の名前だった。




