表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二十二の事件:『思い出の彫刻家』篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/131

第八十一章『最も美しい嘘』


デジタル探偵シャドー:第八十一章『最も美しい嘘』


2025年8月10日、日曜日、午前8時26分。

医療刑務所を後にした、冴木の足は、真っ直ぐ警視庁へと向かっていた。


彼の、頭の中では時任錠が、残した一つの問いが、ぐるぐると渦巻いていた。


「最も愛され、そして、最も醜い汚点を持つ、人間」


その答えに、彼がたどり着くのに、時間はかからなかった。

日本国民なら、誰もが知る、その名前。

デビュー以来40年間、常にトップを、走り続ける、国民的な歌姫。


天宮あまみや さき。


その輝かしい経歴の中で、たった一つだけ、彼女を、今も苦しめ続ける、暗い影。

20歳の頃に、彼女自身が運転する車で、起こしてしまった、同乗者の親友を、死なせてしまった、あの悲惨な交通事故。


法的には、無罪となったが、世間の記憶には、今も、その「汚点」が、深く刻み込まれている。


「…シャドー」


自席に戻った冴木は、静かに指令を出す。


「ターゲットを、特定した。国民的歌手、天宮さきだ」

シャドー: 『…了解。監視対象を設定します』

冴木: 『彼女の過去、特にあの「事故」に関する、全てのデジタル・アーカイブ…新聞社、警察の記録、個人のブログ…その全てを、24時間監視下に置け。犯人は、必ずこの、最も醜い「傷」を、消しにやってくる。奴が、その「手術」を始めた瞬間を捉え、回線を逆探知するんだ』


それは広大な、インターネットの海に、一本の、釣り糸を垂れるような、気の遠くなる、賭けだった。


だが、冴木の直感は、確信していた。犯人は、必ずこの「餌」に食いつく、と。


そして、数日後。

その時は、静かに訪れた。


シャドー: 『…! 冴木、来たぞ!

大手新聞社の、過去記事データベースに、極めて、ステルス性の高い、不正アクセスを、確認!

ターゲットは、25年前の天宮さきの、交通事故の、記事だ!』


モニターに、当時の記事の原文が、映し出される。

すると、そのテキストが、まるで意思を、持ったかのように、リアルタイムで、書き換えられていく。


事故の原因が、彼女の不注意から、「対向車の無理な、追い越し」へと。


同乗者の死が、彼女のせいではなく、「彼女が、最後まで、庇い続けた結果」へと。

醜いゴシップ記事が、感動的な、悲劇の物語へと、「彫刻」されていく。


冴木: 『追え!シャドー!』

シャドー: 『…了解!回線を、逆探知!プロキシを、剥がしていく!一枚、二枚…七枚!…見えた!奴の、本当のIPアドレスが!』

シャドー: 『…特定完了!東京都文京区の、閑静な、住宅街にあるマンションの一室だ!』


冴木は、受話器を、掴んだ。


「突入班用意!…行くぞ!」


数十分後。

そのマンションの一室に、冴木たちは踏み込んだ。

部屋の中には、一人の初老の男が、静かに座っていた。元・国立国会図書館の、デジタルアーカイブ部門に、勤めていた司書だった男だ。

彼は驚くでもなく、ただモニターに映し出された、自らが完成させた「最も、美しい、嘘」の記事を、満足そうに眺めていた。


「…これで彼女も、ようやく救われる」


その、呟きを最後に。

哀しき思い出の彫刻家は、静かに逮捕された。

事件は、終わった。


だが、ネット上には、美しい嘘と、醜い真実が、混在したまま残されてしまった。

本当の「救済」とは、何だったのか。

その答えは、誰にもわからないまま。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ